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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子

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5 関所を越えてですが


「助太刀、感謝する。旅の者だな。あの広大な魔物の地を越えてきたなら相当の手練れなのは間違いない。いらんもんも喚んだかもしれねぇがな」


 ヨキに顔も声もよく似た青年は魔物討伐にひと区切りついた頃、私たちの前に戻ってきた。私たちも私たちにできることをしたけれど、オユンの動揺はおさまらない。戦闘に戻ったラスやロディとは別行動に、怪我人の手助けに回ったけれどオユンはずっと表情が硬いままだった。けれどそれもこの惨状を前にしたなら無理もないと思われるものだろう。


 貴方に似た人の首を落としたからだ、なんてとてもじゃないけれど口には出せない。


「俺はリャン。此処の壁が破壊されたと聞きつけ、馳せ参じた。たまたま視察にきていてな」


 大剣の(きっさき)を地面に刺して固定しながら青年は名乗った。名前は当然ながらヨキとは違うらしい。リャンが現れてからはラスとリャンが競うように討伐数を稼ぎ、あっという間に鎮静した。その二人が今や役目を果たせない門の前に陣取り、魔物が近づきそうな気配があれば殺気を飛ばすおかげで私たちは大量の薬草を煎じる人たちの手伝いに走り回ることができる。攻撃の補助として魔法を使っていたロディは今度は怪我人へ回復魔法をかけており、てんてこ舞いだ。


「こちらこそありがとうございました。良かったらこれ、使ってください」


 ずっと戦い、砂埃も魔物の体液も多少は被ったのだろう。私はラスとリャンに顔を拭けるよう濡らした布を渡した。二人とも礼を言って受け取り、顔を拭う。


 私たちもそれぞれ自己紹介をした。オユンは青褪め消え入りそうな声だったけれど、しっかりとリャンの顔を見ていた。


「此処も急ぎ再建しなくちゃなんねぇな。いつまでも俺が守るわけにもいかねぇ」


 風通しが良くなった壁と崩れた物見の台へ視線をやってリャンは零す。瓦礫の山に今は比較的軽傷の兵が寄りかかり、手助けにきた住民が看病していた。全兵総出であたっても尚、押されていたのだろうことが全体の様子から窺えた。


「関所を通りにきたんだろう。ご覧の有り様だがな、物どかしゃ馬車も通れるようになる。罪人連れてるような奴が戦場に飛び込んでくるとは思っちゃいねぇ。仮に連れてたとしても許す功績だ」


 ヨキと同じ顔でそう言われると胸が痛んだ。けれど気弱さが見えたヨキとは違ってリャンは堂々としている。武術の才があるからだろうか。ヨキは身を守る術は一切なかった。盗人で、流刑の罪を負っていた。


「……なんだ、俺の顔に何かついてるか?」


 私たちは一斉に微妙な顔でもしたのかもしれない。流石にリャンは気づいた様子で尋ねてくる。私たちは思わず顔を見合わせ、話すかどうか顔色を窺った。こういう時に頼りになるロディが口を開く。


「すまないね。ボクらはキミによく似た青年に心当たりがあってね。あまりにも同じ顔だからどうしたものかと思っただけなんだ」


「俺に似ている?」


 リャンの言葉には不思議な響きがあった。キミにも心当たりがあるかい、とロディは穏やかな声で尋ねる。答えを引き出す声音だった。私にもリャンに思い当たる節があるのではと直観した。


「……少しな。確信はない」


 リャンは目を伏せた。けれどすぐに上げた時にはもう、上手に隠した後のようだった。これ以上探ろうと思っても難しそうだ。


「それはそうとお前たち、何処かに行くつもりで魔物の地を越えてきたんだろう。何処に行くつもりだったんだ?」


 リャンがあからさまに話題を変えた。ロディはそれについては何も言わず、この近くの村だねと返す。届け物があるんだと続けるそれに、ふむ、とリャンは束の間考える素振りを見せ、ついて行っても良いかと尋ねた。


「再建までいるのかと思ったよ」


 予想外の申し出に私は目を丸くしたけれど、ロディはあまり驚いていなさそうだ。でも意外には思ったのかそう返す言葉にリャンはコキリと首を鳴らしながら答えた。


「指示は出していく。優秀な人材がいるんでな、大丈夫だろう。いつ発つんだ?」


 私たちは再び顔を見合わせた。ロディの消耗が一番激しいだろうと思うけれど、まぁ一晩寝れば回復するよとロディは苦笑する。


「それなら明日の朝だな。この近くの村となるとユアンか。何もない村だ」


 そんなところに何の用で、とばかりにリャンが怪訝そうな顔を向けるから、はい、と私は頷いた。


「何もないと聞きました。でも其処に会わないといけない人がいるんです」


 何もないからヨキは盗みを働いた。食べるものさえないから盗んで、食べさせた。独り占めするのではなく、皆に。


 ──ナンテンでは民の誰もが飢えている。


「それからこの国のこと、よく見たいと思っていて」


 見たからといって何ができるわけでもない。それでも私は、彼が過ごした国を見なくてはならないと思う。


「ナンテンの国は広いぞ。思う存分に見てくれて構わんが、あの男はお前たちを追ってくるんじゃないのか? また此処にこられても迷惑だがな」


 エンキのことを言っているのはすぐに解った。リャンの目がエンキの飛んでいった空を見上げ、遠ざかっていた方向を見て目を細める。


「……エノトイースで食い止めてると思ったが……。セシーマリブリンの方からきたか、別の道でも開いたか、あるいはあのデカい鳥に乗って単身きたかだな」


「魔王軍が此処まできているんですか?」


 私の質問にリャンはいや、と否定の意味で首を振った。ナンテンもエノトイースほどではないけれど堅牢な守りが自慢なのだと言う。地形も天然の要塞となり、背の高い山々が侵入を阻むから進軍するなら道は限られる。けれど空からくるなら、対策のしようがないとも。


「とはいえ空からこられる魔物も限られるだろう。あのデカい鳥が何百もいると言うなら話は別だがな。今のところはそういう報告もない。これからもない保証にはならねぇけどな」


 ふ、と自嘲するように笑ってリャンはさて、と大剣を地面から引き抜いた。


「そろそろ砦の兵も動ける奴が出てきた頃だろ。旅人のお前たちにいつまでも此処を守らせるわけにもいかねぇからな。交代してもらおうぜ」


「正直なところ今すぐ倒れ込みたいからね。ありがたい申し出だ。受けない手はない」


 ロディが心底休みたそうな声で言うから私たちもリャンの後に続いた。



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