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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子
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1 関所へ向けてですが


 バルとドルマーを始めとして、集落の皆はオユンの出発を見送ってくれた。多くの食料と一緒に餞別をくれるからもらう私たちの方が恐縮したくらいだ。


「旅立つ義妹にこのくらいは必要だろう」


 バルはそう言って聞かず、ドルマーとオユンは二人で話をしていた。二人で挙げた手をパチンと合わせるとスッキリした表情でこちらに来る。


「人の得意はそれぞれだ。この子が生きやすい場所を見つけられるならそれで良い。何処へ行ってもアンタの故郷は此処なんだから、いつ帰ってきても良いよ」


 ドルマーはオユンにそう言い、オユンは冗談でしょとばかりに首を振った。


「出発前に帰る時のことなんて考えたくない。でもまぁ、此処が故郷なのは変わらないから、気が向いたら帰ってくる」


 素直じゃないオユンの物言いに、ドルマーはそれでも良いと笑った。ずっとドルマーがオユンを守ってきたのだろう、その関係も行き先が分かれることで変わる。これからオユンは自分のことは自分でやっていく必要があるけれど、今までだってそうだったのだから心配はない。


「何処を目指すんだ」


 バルに問われ、取り敢えずナンテンの関所を越えることを私は答える。行きたい場所がその先にあるのだと言えば、そうか、とバルはそれ以上は訊かなかった。


「世界は広いと聞く。お前が戻った時に土産話を沢山聞けることを楽しみにしているぞ、オユン」


 オユンは晴れやかな顔で頷いた。旅に出たいと言ったそれを叶えるために自分で二人を説得し、長を説得した。それだけの熱意を持っているオユンは色々なものを見るのだろう。


「ナンテンの関所は向こうの方角だ。真っ直ぐに行けば背の高い関所だ、すぐ判る。途中でトムに見つかるなよ」


 ということは以前倒したトムの縄張りを出るということなのだろう。トムの縄張りがどの程度のものかは判らないけれど、結構な距離があることが窺われた。とはいえ背の高い関所は離れていても目で見える距離にはあるのかもしれない。遮るものが少ない広大な土地だからこそ。


「それじゃ、行ってきます!」


 いつかの私と同じように生まれ故郷を離れて旅立つ少女を今度は仲間として迎え入れて、私たちは出発する。バルやドルマーを始め、集落の皆はしばらく其処に立っていた。ひとり、二人と日常に戻って行く中で二人は最後まで立っていたし、オユンはいつまでも馬車の幌から顔を出して腕を振っていた。私たちは誰ひとりとして指摘しなかったけれど。


 離れれば戻ることは容易ではない。特に移動する彼らと合流しようと思えば困難さは増すだろう。けれど関所のところから高くまで上がる煙玉を打ち上げる約束をしているのを私は聞いていたし、オユンもひとりで戻ってくるようなことはないはずだ。私たちと旅の途中でもし別れることがあっても他に信頼できて腕の立つ冒険者に頼むこともできる。


 ラスが見張りも兼ねて御者台に乗り、ロディとセシルと私は幌の中だ。ロディは地図を広げ、真剣な表情をしていた。


「バルは真っ直ぐに行けば関所はすぐに判るって言ってたけど、何か心配事?」


 私が尋ねればロディは視線を上げて目を細めた。胡散臭さは鳴りを潜めて、面倒見の良いお兄さんといった様相だ。


「思えば随分と遠くに来たなと思ってね。ほら、この辺り。この辺りがボクらの出身地なんだ」


 獣皮紙の地図を板の上に広げてロディは私にも見えるようにしてくれる。一点を指差して私は視線を向けた。司祭様に習ったモレア大陸が描かれた地図の、ビレ村があるよりもずっと西からロディたちはやってきたらしい。今は其処よりも遥か東へとやってきているとロディが反対の指で今は此処、と示す場所を見て私も思った。


「ビレ村に来る前にも色々と寄ったんでしょう?」


 まぁ、とロディは苦笑した。国境を跨いでも全てを巡ったわけではないから寄ったところしか知らないけど、と続けて。


「魔物には時折遭遇するけど、魔王軍としての動きや魔王そのものの動きが見えないなと思っていたんだ。こっちの方は知らない魔物も多いし、どういう指揮系統なのかなとも思ってね。人と同じで魔物もそれぞれ住む場所を選んでいるのかもしれないし、住みやすい場所というのはあるのかもしれないけど……それともボクらの先を行っている人がいるのかもしれないね」


「先を行っている人?」


 ロディの言わんとしていることが分からなくて首を傾げれば、そう、とロディは目を伏せた。口調は変わらず、声の調子も変わらず、けれどそのいずれも意識してそうしようとしたような微妙な色を私は感じ取る。


「ボクらと同じように魔王討伐を目指す冒険者がいて、出会(でくわ)す魔物を軒並み討伐しているとしたら。ボクらはその跡をついて行っているに過ぎないのかもしれない」


「……まさか」


 とは言ったものの、否定する材料はない。エノトイースを出てバルに会った時、旅の者は久しく通らないと言っていた。けれど移動する彼らとたまたま順路が重ならなかっただけということは考えられる。誰の力も借りずこの広大な土地を越え、ナンテンの関所を越えて行くとしたらそれは相当の手練れだろう。


「トムが彷徨(うろつ)くような場所を越えるなんて並大抵のことじゃない。あれは魔物使いの声も聞かない魔物だよ」


 話を聞いていたらしいセシルが口を挟んだ。そうだね、とロディは受け止める。でも、ない話じゃないだろう、と言えばセシルも否定する材料はないのかそれはまぁ、と目を逸らした。


「少なくともこの辺のトムは討伐されていなかったけど、それだってたまたま遭遇しなかったか、もっと強い魔物を討伐してトムの方が身を隠していたのかもしれない」


「トムより強い魔物なんて、この辺にはいないわ」


 オユンも話は聞いていたのか幌に顔を向けて口を出した。そうかい、とロディはこれも受け止める。あくまで可能性の話だと言って。


「いずれにせよナンテンの関所を越える時に門番に訊けば判ることだ。まずは関所を目指してこのまま進もうじゃないか」


 私たちより先にこちら側から関所を越えた旅人がいたかどうか。進む馬車の先、ラスが声をあげないならまだ何も見えないのだと理解しながらも、私は思わず前方へ視線を向けたのだった。



2025/04/20の午後:とんでもない誤字らを修正しました!寄ったはずが酔っ払ってました!危ない危ない!一週間ずっと酔わせっぱなしでしたがこれでアルコールは抜けたはず!笑

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