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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路

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24 二人の行く先が決まった日ですが


「本当かドルマー! オレと夫婦になってくれるか!」


「ちょ、ちょっと、声がデカいよ!」


 あくる朝、バルの大音量の声が響き渡って私は目を覚ました。慌てたドルマーの声が続いて事態を把握し、私は苦笑する。


「こんなめでたいことを黙ってなどいられるか! あぁ、嬉しい! 夢じゃないだろうか!」


 同じテントの中にいたラスと顔を見合わせ、私たちは外へ出る。同じような人たちがそれぞれのテントから顔を覗かせているのが見えた。


「きゃあ! ちょっと、降ろして!」


「ははは! 今なら空も駆けられそうだ!」


 ドルマーを抱き上げてバルが嬉しそうにこちらへ駆けてくる。足元には彼らの相棒であるスレンとゲレルが嬉しそうに飛び跳ねていた。バルの喜びが伝染したかのようだ。


「皆、聞いてくれ! ドルマーとオレは、夫婦になるぞ!」


「ちょっと、バル……っ!」


 バルの肩に手を置いたドルマーが慌てた様子で口を塞ごうとでもするように伸ばした手は間に合わず、バルの言葉は集落中に響き渡った。既にあらましを察していた面々がおめでとうと拍手をすればバルは満足そうに破顔する。少年のような弾ける笑顔は喜びに満ちていて見ているこちらも嬉しくなってくるようだ。


 口々におめでとうとお祝いの言葉がかけられ、ドルマーは真っ赤になっていた。バルはありがとうと顔をあちこちへ向けながら応じている。ラスを認めるとバルは小走りに駆けた。


「ありがとう、ドルマーに話をしてくれたそうだな」


 そのドルマーを抱えたままバルはラスに話しかける。あぁ、とラスは苦笑してドルマーを見、それからバルに視線を向けた。


「確かに話はしたけど、決めたのはドルマーさね。そして選ばれたのはあんただ。あんたのこれまでの関わり、在り方、そういうのが決めさせたのさ。これからも同じように在れば良い。お幸せに」


 ラスの言葉にバルは満面の笑みで頷き、ドルマーは両目を閉じていた。降ろしてもらえないならと何も見ないことを選択したらしい。


 準備を進めていた婚礼衣装は急いで仕上げられ、私の不恰好な花飾りが採用されることはなかった。宴の準備も含め、明日には婚礼の儀式が行われることになる。こういうのは早い方が良い、というのがこの集落の考えのようだ。


 オユンも率先して準備にかかりきりになり、私たちもできる準備は手伝う。セシルは面倒そうだったけれど、結婚式なんて初めて、と私が言うと少しだけ表情を緩めた。


「そんなに楽しみなんだ」


「私のいた村では見ることがなかったから。でも司祭様から、父や母から、話は聞いていたの。とても綺麗で、祝福に溢れて、誰もが幸せそうだって」


「ふぅん。そうなんだ」


 セシルは目を伏せて答える。微笑んだ表情は何処か遠い場所にいるようで、セシルにとっては違うのだろうかと思ったけれど手を伸ばすには脆さを感じて止めた。


「誰かと家族になるって、どういう感覚なんだろう。よく分からないな」


 ぽつりと零された言葉は返事を期待していないように聞こえた。ただ、零れた。そんな風だったから。


 セシルは自分がいた場所でも、親からも、きっと望んだようには扱われなかった。その心に寄り添ったのは魔物で、彼が心を許したのも魔物で。彼と一時期同じ時間を過ごしていたアマンダはどういう位置付けなのだろう。血の繋がりはなく、それでも世話をしたという。ほんの気紛れのようなことをセシルは言っていたことがあったけれど。それでも家族とは、違うのかもしれない。ウルスリーで彼女は別れも告げずにいなくなった。そうしてセシルは私たちと一緒にくることを選んだ。


 私も誰かと家族になったことはない。家族は最初から両親がいて、常に愛情を注いでくれた。その二人を失ってから私も家族はいない。他の誰かと家族になるという感覚は、私にも判らない。


 でも家族といた時の幸福を私は知っているから。いつか、セシルもその感覚を味わうことができれば良いと思う。


 いつか、勇者の“適性”が天職の人に会えたなら。私の旅は其処で終わるのだろう。ラスやロディとも其処で別れる。セシルはどうするだろう。セシルも彼らについていくだろうか。それとも、私と……?


 あるいはひとり旅に戻るかもしれない。でもその旅はこれまでとは違っているようにと願わずにはいられなかった。


 いつまでも同じ時間は流れない。私の生活が途端に一変したように。ラスやロディの旅が突然分かたれたように。セシルの道行が、変わったように。きっと私たちの旅路も、いつかは何処かで交わらなくなるのだろう。危険も多いし快適とは言えない道中もあるけれど、それでも確かに楽しい旅ではあったから。その時がきたら寂しくなるなと思う。


 最初から、期限付きの、条件付きの旅だった。私はそれを忘れてはならない。


「ライラー! ちょっと手伝ってー! 良ければセシルもー!」


「え、僕も必要?」


 遠くからオユンに呼ばれ、セシルはぎょっとした様子で眉を顰めた。私は苦笑して一緒に行こうとセシルを促す。お姉さんの頼みだから行くんだからね、とセシルはげんなりした様子だったけれど、自分で足を出した。


 それでも今は。一緒にいられる喜びを。


 いつかの未来よりも今日を見つめて私も足を出す。輝かしい明日がくると信じて。



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