23 女剣士の考え事ですが
「あぁ、邪魔したね」
「大丈夫よ」
木陰の下、集落の人に教えてもらった方法で糸を編む私に近づくまで気づかなかったのか、ラスが驚いたような声をあげた。珍しい、と思って私は微笑む。バフルのための歌は中断したけれどもうほとんど満足していたようだから不満は聞かれなかった。
「へぇ、器用だね。それは花飾り?」
ラスは私の手元を見て目を細めた。可愛いものが好きなラスなら私の不恰好な作品でもそう見えるのかと私は苦笑する。
「そうなの。沢山の糸の余った端っこの部分を繋いで、一本の糸じゃ出せない色味を出すんですって。それでこのくらいの小さな花飾りを作るの。衣服に縫い付けても可愛いのよ。上手にできたらドルマーの婚礼衣装にひとつくらいなら使ってくれるって約束してもらったの」
今はまだ集落の子の方が上手だけど、と笑えばラスは息を零した。隣に座っても良いか訊かれたからもちろんと歓迎した。ジャッドとコトは私の膝の上で色とりどりの幾つもの小さな糸玉を興味深そうに眺め、ちょいちょいと前脚を伸ばしては触ってじゃれている。
「ドルマーはまだ返事をしてないみたいだけど、もう準備してるのかい」
ラスは此処に滞在する集落の周りに魔物や獣が寄ってこないように見回りをしている。集落の魔物使いたちがするその仕事に針仕事よりは向いてるさと志願したのだ。護衛までしてもらったのにと遠慮を見せる集落に、何か仕事をと頼んだ格好になる。足を痛めたバルはロディの魔法で良くなっていたけれど、それを理由にしたらしい。私たちの仕事は確かに終わったけれど、ドルマーがどう返事をするのか見届けたい気持ちがあるのだと思う。誰も出発しようと言い出さないから私たちはまだ集落に身を寄せていた。
「いずれは使うだろうからって。アールズの糸、ツァガーンの衣を織れるかもしれない糸、とっても白くて綺麗なの。あれで早く作ってみたいっていう気持ちの方が作り手たちの本音だと思うけど」
糸取りから何から、集落の戦わない女衆たちは真剣な目を輝かせて楽しそうに作業していた。見学していた私に方法を教え、作り方まで教えてくれた。私はそれを習って練習中だ。
「ラスは考え事?」
「……似合わないことにね」
少し躊躇ったように答えるラスに、そんなことないわ、と私は答えた。体を動かすラスは難しいことを考えるのはロディの役割と思っている節があるけれど、ラスだって沢山考えている。特に戦闘での状況判断が目立つけれど、冷静に周囲を見てこれまでの経験とも照らし合わせながら起こり得る可能性を瞬時に判じられるのはラスがちゃんと考えているからだ。それに私は知っている。
「貴女はいつだって周りを見て人の気持ちを考えてくれてる。フォーワイトでロディの様子を気をつけて見るように言ってくれたのもラスだったし、私にとってラスは頼りになるお姉さん、なのよ」
「あんたみたいに可愛い妹が大人になってからできるなんて思ってなかったよ、ライラ」
ラスは驚いたような表情を浮かべてから、あはは、と楽しそうに笑った。そのまま木漏れ日を見上げ、ふぅ、とひとつ息を吐く。
「……ライラはスノーファイに向かっている時に恋を素敵なものだと言ってたね」
ハンナを学校へ送るために向かった街の道中、女の子だけの学園であることが話題に登った時だと私は思い出す。そうね、と頷く私にラスは視線を向けた。優しい眼差しに木漏れ日が降ってとても綺麗だ。
「ライラは恋をしたことがある?」
「ないわ。村には歳の近い人がいなかったし、旅に出てからもそういうことを考えることがなかったから。あれ、もしかしてラス、恋をしてるの?」
目を輝かせた私にラスは苦笑した。父の語る詩の中には恋の歌もあったし、父と母は恋をして結ばれたと聞いた。歌はどれもキラキラしていて、楽しそうにその頃を思い出す二人の表情が嬉しそうで、恋って素敵なもの、と私は思っている。シクスタット学園の学園祭で私も少し関わった劇の演目は歌姫と女騎士が手を取り合う物語だった。それを考えた生徒たちは恋の話に興味津々で、私は驚いてしまったけれど。
もし、ラスが恋をしているならそれは素敵なことだ。ラスの話が聞けるのかと思ってわくわくした私にラスは少し目を逸らした。
「恋、なんて甘酸っぱいものじゃないけど。子どもの時の他愛もない約束さ。向こうが今もそのつもりがあるかなんて判らないくらい昔のね。魔王討伐を叶えて帰ってきたら、とあたしは言ったんだ。子どもの時からもうモーブもロディも魔王討伐に行くのはほとんど決まってたからね」
“適性”があったばっかりにモーブもロディも、村からそれを期待されたことを思い出して私の胸には影が差した。ラスやキニ、ハルンたちがついて行ったのは彼らを気にかけたからだろう。その道も今は別れてしまったけれど、ラスはこうして旅を続けている。
「そいつはあたしらの旅には着いてこなかった。冒険者向きの“適性”がなかったからね。でもあたしらが持っていく最初の武器を作るっていう約束でさ、子どもの頃から親方に弟子入りして励んでた」
「素敵な話ね」
私の返事にラスは微笑んだ。深い愛情が感じられて私も何だか嬉しくなる。まぁ、とラスは目を閉じて笑った。
「未熟者の作る武器だ。鈍でね。流石に剣を打つまではいかなかったから小刀を持たせてもらったけど、何回か使う内に刃こぼれした。研いでも使えるようにはならなかった。刃が薄くなってね。簡単に折れちゃったんだ」
「残念だわ」
眉を下げる私にラスはまた笑った。でもきっと、ラスはそれをまだ持っている。そんな気がした。
「道は分かれることもある。同じ場所にいられないならどうしたって一緒にはいられない。でも、同じ場所にいるなら選べる。あんたはどうするって、この話をしてドルマーをせっついてきたところさ。でもそれが良かったかどうか考えててね」
はぁ、と息を吐いてラスはまた木漏れ日を見上げる。お節介だと思いながらもせずにはいられなかった。そう見えたのはラスの表情が言うほど悔いてはいなかったからかもしれない。
「自分を見ているようで、もどかしかったのかもしれないなって思ったのさ。あたしが選んだのは旅に出る道だ。あの時もし旅に出なかったならどうしてたかなってね」
それの是非を答える資格は私にはないけれど、ひとつだけ言えることがある。だから私もラスから視線を外して、もしそうだったなら、と返した。
「私はラスに会えてないのね。そう考えると不思議」
「……ああ、本当だ。あんたに会えたなら、あの時の選択は間違えてなんかないさね」
ラスの言葉に温かさを感じながら同時に私は、ラスがまだその人のことを想っているのだと知ったのだった。
2025/03/23の夜:ドヒャー!剣士って書いたつもりで騎士って書いてましたタイトル!誰のこと!?って気づいて修正済みです!失礼しました!まぁライラにとっては騎士みたいな人ではあるんですよ?でも職業的には剣士なのでね!




