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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路

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20 逃走の道中ですが


 ジャッドが唸った。隠し部屋を出てからは自分の足で歩いていたジャッドが毛を逆立て、裂けた口から子猫なりに低い唸り声をあげて上部を警戒している。私はジャッドの視線を追い、息を呑んだ。


「──蜘蛛が!」


 音もなく忍び寄っていたのはあの大きな蜘蛛たちだ。巣がある場所で襲われた時よりは少ないものの数はいる。私の掌ほどの大きさもある蜘蛛たちが天井から垂らした糸で再び迫っていた。


「ライラ!」


 オユンの悲鳴に似た声で私は咄嗟に身を屈めた。頭上でヒュンと音をさせて蜘蛛の鋏角が振るわれ、私は再度自分の首がまだ体と繋がっているかを確かめる羽目になった。松明を持つオユンと低い位置で糸を集めるバルはまだ狙われていない。無防備に立っていた私が狙われるのは当然と言える。


「行こう! 糸は持てるだけ持った! 悪いが蜘蛛(アールズ)たち、少しばかりもらって行くぞ! 俺は糸繰りのことは判らないが、良い糸になりそうだ!」


 バルは伝わるかも判らないのに蜘蛛にそう礼を言うとオユンと私に目配せして駆け出した。灯りを持っているオユンが慌てて後に続き、私もジャッドに呼びかけるとその背中を追った。蜘蛛たちはカシャカシャと毛むくじゃらの脚を合わせ、怒りとも威嚇ともつかない主張を見せる。後を追ってくるのを確かめて私は前方を走る二人に伝えた。


「追ってくるわ!」


「狩り担当の個体なんだろう! 油断するな! 網など張らなくても狩れる手段があるかもしれない!」


「どうしてそんな怖いこと今言うのよ!」


 オユンの文句にバルは笑った。噛まれてから言ったんじゃ遅いじゃないかと。


「……っ。姉さんなら思いつくのかもしれないけど! あたしは! 戦わないんだから知らないの!」


 戦闘に参加しない、する術のないオユンがそう言うのはもしかしたら、勇気が要ったことだったかもしれない。そんな躊躇いが見えた言葉に、けれどバルは何でもないことのように返す。


「大丈夫だ、これから知っていけば良い! 俺も、ドルマーも! 教えてやれる! 外に出ないお前が対処法を知っているのは重要だ! 知識は身を守るからな!」


 お前は賢いから大丈夫だろう、とバルは続けた。言い返さないオユンにはどう聞こえただろう。先頭を走るバルにオユンの表情は見えない。もちろん、彼らの後ろを走る私にも。


 魔物と寄り添い力を借りながら生きる彼らの生活は、脅威となり得る魔物といかに距離を取れるかが重要だ。危険な魔物がいないか警戒し、対処にあたる。そのために相棒の魔物と走り回り、警備し、絆を深めていくのだろう。そうすることができないオユンは集落の中で守られる存在だ。でも、バルの言うように戦う人からその考え方を教わったなら、集落の中からでも其処に住む人を守れるようになるかもしれない。


「……今は逃げるしかないみたいだけど」


 オユンの精一杯に尖った声が照れ隠しなのは私にも判った。バルは手が塞がっていて笛を吹くことはできないし、興奮しているだろう蜘蛛たちに届くか試すには余裕がない。元々が魔物を傷つけずに生きる彼らだから、撃退方法を持っているわけでもなかった。


 バフルと蜘蛛の糸の相性は悪いという話だけれど、蜘蛛を弾くくらいならまた力を貸してくれないだろうか。要は捕まらなければ良いのだから。


「バフル!」


「なんだ、随分と呼ぶではないか。きっちりと礼は弾んでもらうぞ」


 振り返って私は足を止めた。少し先でオユンとバルの足も止まる音がする。戦う術のない私が立ち向かおうとしているように見えるだろう。逃げる時間を稼ぐためにもこれは必要だ。


「声で喜んでるのは判ってる。貴方にお礼をできるように力を貸して!」


 は、とバフルは笑ったようだった。承知した、という声の後に水流が蜘蛛目掛けて迸る。飛沫がこちらにも跳ねて私は思わず腕で顔を庇った。


「ライラ、上!」


 オユンの焦った声につられるようにして顔を上げた私は目の前に蜘蛛の鋏が迫っているのを認めた。間に合わない──そう感じるほど近くに。


「!」


 灰色の影が横切って、蜘蛛に体当たりして弾き飛ばした。ゲレル、とバルの驚いた声がする。とするなら、その近くには。


「大丈夫⁉︎」


 ドルマーがいる。(はぐ)れてぶりの声が後ろから聞こえて私は振り向く前から安堵した。こちらに駆けてくる足音は二人分だ。


「お姉さん、走れる?」


「殿はあたしが引き受ける。皆で固まった方が良い」


「セシル……! ラス……!」


 無事だったのね、と言いたいのを堪えて私は差し出されたセシルの手を掴んだ。無事だから此処にいるのだから、再会を喜ぶのはこの危機を脱した後だ。振り返ればバルにはスレンが擦り寄り、油断なく周囲を窺うドルマーと杖を構えたロディがその向こうに立っていた。この洞窟で逸れた全員がやっと再会したと知って私は安堵の息を吐く。


「松明を!」


 ラスが声を張り上げ、オユンは驚いた様子でこちらを見た。セシルが手を伸ばし、オユンは思わずといった様子で松明を渡す。セシルはそれを私に差し出した。


「お姉さんが持ってラスを援護して。生きてるなら火は怖がる」


 大丈夫、とセシルは微笑んだ。オユンは一番安全な場所にいると言って。


 先頭のドルマーも松明を持ち、ロディは火の魔法を扱える。体当たりして着地したゲレルはさっさとドルマーの近くへ戻ってその後ろにオユン、バルとスレンが続く。セシルがその後に私の手を引いて続き、引っ張られるようにして私も足を出した。ラスは剣を構え、近づかないよう蜘蛛たちを牽制していた。私はラスの頭上や死角になる横から蜘蛛が襲ってこないかを松明を(かざ)しながら警戒した。


 ラスの勢いと剣捌きに蜘蛛たちも迂闊には近づけない様子だ。人間ひとりでもこの蜘蛛たちにはご馳走になるだろう。それがこれだけ集まっているのだから逃したくない気持ちは解る。だからといって私たちも捕まるわけにはいかず、ひたすら逃げた。


 途中で崩れた道もロディが風の魔法で援護してくれながら進む。普段なら有り得ないような高さと距離を跳んで、私は思わず悲鳴をあげてロディに笑われた。


「凄いな、ネズミが避けてる。お姉さんたち何か持ってきた?」


 出入り口付近に近づいたのだろう。行きは飛びかかってきたネズミたちの姿を見るようになったけれど、一目散に逃げ出し行き止まりに当たれば壁に身を寄せ固まる様子は行きとは随分と違う。セシルが訝るのも納得で、心当たりのある私は大きく頷いた。


「見つけたのよ、ツァガーンの衣を作るために必要な糸を」


「……糸……? それで蜘蛛たちが追いかけてきてるの?」


 それだけで察したらしいセシルがやれやれと首を振るけれど、出口はすぐ其処だ。広い外の方が戦いやすいだろう。そう判断して私たちは眩しい外へと休まずに駆け抜けた。



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