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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路
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17 最下層での再会ですが


 温かで柔らかな、それともゴツゴツとした、二人の手だ。私の伸ばした手を左右で同時に掴み、向こう側に引っ張ってくれる。糸の繭のような膜を通る間、私は両目を閉じて息を詰めた。蜘蛛たちが這い回り迫る音がすぐ近くでする。それをバフルの水が阻んでくれているようだ。


 早く、と私は体重を預けて糸の間を通り抜けようとする。ジャッドの爪が食い込む力が強くなった気がした。そうだ、この子たちの息ができる時間が約束されている間に。


「──ぷはっ」


 抵抗感が消え、向こう側に出たと分かった。数歩、勢いをつけたせいで足がもつれそうになる。それを支えてくれたのは細い少女の体で。


「ライラ! 大丈夫?」


「……オユン……!」


 伏せていた目を上げて顔を確かめればオユンの心配そうな表情が飛び込んできた。泥や汚れがついてはいるけれど大きな怪我はしていないようだ。髪飾りの花も綺麗に咲いている。使っていないか、あるいは既に魔力を込めた後かもしれないけれど、まだ使える状態に変わりはない。良かった、と私は安堵の息を零した。


「コトとジャッドも……無事ね、良かった」


 腕に抱えた小さな体を確かめて私はこれも息を吐く。それぞれめぇー、にー、と応えるような声があがって無事を主張していた。


「なぁに、新顔が増えてるのね」


 オユンの意外そうな声に被せるように、オユン、と鋭い声が飛んだ。私たちは揃って声がした方へ視線を向ける。其処には松明を持ったバルが険しい顔をして立っていた。


「早く離れた方が良い。こっちだ!」


 そうだ、まだ蜘蛛から逃れたわけではない。人ひとりが通り抜けられる穴ができたなら蜘蛛たちだって通り抜けられる。慌てて駆け出す私とオユンのいた場所に蜘蛛が群がった。出入り口に程近い場所で蜘蛛たちは鋏を打ち鳴らし、糸を吐いた。それから逃れるために走ってやはりバフルが最後にはあしらうように水で弾いてくれる。


「はぁ、はぁ、此処まで、くれば……」


 オユンが上がった息を整えながらそう呟いた。通り抜けた先は通路で生き物の呼吸はなんとなく感じるものの今のところは敵意を露わにして襲ってくる様子はない。私は二人にお礼を言った。


「ありがとう。それと二人が無事で良かった。スレンがひとりで戻ってきた時は本当に驚いたんだから」


 私は二人に此処へ来た経緯を説明する。二人は二人で顔を見合わせ、話しても良いかと目で会話しているようだった。頷いたオユンを確かめてからバルが口を開く。


「お前の仲間たちとは(はぐ)れてしまった。ネズミたちの巣穴を抜けた後にはコウモリの魔物が襲ってきてな……昔より魔物が増えたように感じる。ロディの魔法があったおかげで楽に進ませてもらったが、二層くらいまで進んだ先で足場が崩れてオユンが落ちた」


「あたしだけじゃないわ。皆の足元が崩れるのを見たし。あたしが立ってた場所が真っ先に崩れただけ」


 オユンが口を尖らせながら訂正するのをバルは苦笑して受け入れ、そうだな、と肯定した。其処でバルたちはラスとロディと逸れたらしい。バルは真っ先にオユンを助けようと飛び出したのだろうと、どちらも言わないけれど私は思った。けれどそれできっと良かった。オユンひとりではこの洞窟は恐ろしかっただろうから。


「着地の時に足を痛めてな。移動は支障ないが岩壁を登るのは危険だと判断した。スレンも怪我をしていたが、彼女だけならひとりで戻れると思ったんだ。手当をありがとう」


 バルの言葉に私はかぶりを振った。当然のことをしただけだったし、ドルマーがくるまで何も喋らなかったらしいことも伝えた。


「ドルマーも来てるわ。今はセシルと一緒にいるはずよ。二人なら滅多なことはないと思う。何処かで合流できると思って進んでたらさっきの蜘蛛がいる場所に出て……後は二人が助けてくれた通りなの。此処がマナンの洞窟のどの辺りなのか、二人なら判る?」


 私が尋ねればバルが頷いた。此処は最下層だ、と静かに告げる。え、と私は驚きの声をあげた。


「此処が……?」


「多分、としか言えないが。これ以上深く潜る先があるかというとないだろうからな。既に地中深い。ツァガーンの衣があるならこの辺りのはずだと思う。だが先ほどのように道が塞がれている場合のことは想定していなかった。そういう行っていない先の道はあるかもしれない」


 二人の話では蜘蛛の糸で覆われていたあの場所もこちら側から見れば土壁とあまり大差なかったようだ。それだけ出入りがなかったことの証左なのか、あるいは巧妙に隠す術に長けているかのどちらかだろう。威嚇のための叫び声が聞こえ、突然私の手が壁を突き抜けてきたものだから驚いたと二人は笑って言う。


 こんな場所で相棒とも離れ、碌な武器もない状態で彷徨って二人の絆が強まったのだろうか。笑う様子に私は内心で驚きながらも良い傾向だと感じた。オユンもきっとドルマーと同じようにバルに対して誤解がある。バルはドルマーを好きなだけで、その妹であるオユンのことも守るために追ってきたならそれが何よりの答えだ。オユンにもきっとドルマーが感じたような姿が見えたことだろう。


 魔物使いの集落で、魔物と共にある生活で自分には魔物使いの“適性”がないと診断されたなら。きっと見える世界は多少なりとも歪むだろう。“適性”のなさは自分で選んだわけではないのに、欲しくとも手に入らないものなのに。周りにはどう見えるだろうと窺い、肩身の狭い思いをしながら生きてきただろうオユンの目にはどう、映っていただろう。その歪みが正され在るがままの姿が見えたなら。


 大切な家族がその手を取ろうとするのをきっと、祝福できるようになるのだろうと私は二人を見て感じた。


「皆が合流を考えて先に進んだならいずれはこの最下層に辿り着く。それを待っても良いとは思っている。何せこちらは丸腰だ。対抗手段がない。だが場所の探索だけは目星をつけるために行っても良いとは思う。そう話して移動しているところだったんだ。今後もその方針で構わないか?」


 移動することで魔物との遭遇率は高まるだろう。けれど、ひとつところに留まることで迫り来る魔物に気づかない恐れもある。どちらを選んでも知らない場所なら危険度はあまり変わらないだろう。


 異論はなく、私もそれに賛成だと頷いた。



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