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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路
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16 音もなく這い寄るものですが

2025/01/26の夕方:誤字らを召喚していたので修正しました! 読みやすくなっていれば幸いです!


 闇の中を這いずるような音だった。それもひとつ二つではない。大勢の、蠢く音。それは天井の方からしている。


 此処は何かの巣なのだろうか。もしもそうだとするなら私はその中に飛び込んできた愚かな餌、なのではないか。


「……っ」


 ランタンを掲げるか迷った。普段この洞窟に光はないだろう。出入り口に近い場所、あるいは崩れる等して光が差し込むような場所でなければ。此処は広くて、そして暗い。ランタン以外に光が差し込むようなことはほとんどないのであれば、この光はどう映るだろう。そもそも視力に頼って生活している保証もない。けれどいくら何でも明暗くらいは判別できるだろうから、異物が這入り込んできたのはとっくに察しているはずだ。


 それでも様子を窺うのみで排除も捕縛もしないのであれば、其処に意味はある。あるいは、取るに足らない存在と捉えているか。


 いずれにしてもこのまま此処でただ立っているわけにはいかない。出口を探さなくてはいけないし、移動するならランタンは揺れる。少し掲げただけで襲い掛かられるような距離でもないだろう。


 それでも間隔を空けるために足を少しずつ動かした。四方をぐるりと岩壁が囲う此処は、少しばかり天井が高い。闇が深い天井に何かいるのは蠢く音からも明白だ。小さなランタンひとつで照らせる範囲は狭い。精々が足元と僅かばかりの先だけ。それでも何もないよりは確かに私の寄る辺だった。


 壁から離れて中央へ進み出る。落ちた先である此処まで人が入ることはないのだろう。天井で蠢くもの以外の生き物が来るかも判らない。地面は当然整備などされておらず、ゴツゴツとしていて歩きにくかった。死角になる突起も地面から迫り出しているものの、身を隠すには心許ない。私と同じ大きさでは隠れられずとも、コトやジャッドなら問題ないだろう。其処に脅威が潜んでいればバフルの水の膜が弾いてくれるのを期待するしかなかった。


 無防備と知りつつ中央へ進み出たのは天井で蠢くものが壁を這ってくると予感したからだ。真っ直ぐに落ちてこられても、高さがある分きっと回避はできる。ランタンを掲げるのはその後の方が良いように思った。反対に壁にあるだろう他へ通じる道は見つけにくくなるけれど、壁に沿うようにぐるりと歩くのは時間もかかる。中央へ進み出ても端は見えないほど広いなら端から端はもっと見えないし、それなら危険が少ない方へ進むのは生き物としての本能だろう。コトやジャッドが止めないならあながち間違えてもいないはずだ。


 中央、と思われる場所で私は足を止める。見える範囲に出入り口はない。かといって霞を食べているのでなければ天井で蠢くものたちも食事をするはずだ。天井に道があるなら私に知ることはできないけれど、私が通ってきた道以外にないとすれば壁を登らなくてはいけなくなる。落ちてきた高さを思えばそれは避けたかった。


 そっと、ランタンを掲げる。暗い空洞の中で何かがきらりと光を反射した。


「?」


 こんな場所に、岩肌以外のものがある。そちらへランタンを向け、進もうとして私は思わず足を止めた。コトが尻尾を丸めて縮こまり、ジャッドは尻尾を逆立てて威嚇する。来る、と察して私は頭上を仰いだ。


「──!」


 鋏、否、脚。私は足元のジャッドを抱え、その場を逃げ出す。ヒュン、と空気を切り裂くように聞こえたその音は私がいた場所を薙ぎ払い、そのまま突っ立っていたなら私の喉は掻き切られていただろう。音もなく忍び寄るその体は、けれども動けば音を立てる。ほんの僅かな音だとしても静寂が満ち響く構造をするこの場所なら、私の耳にも音は届いた。


「ほぅ、蜘蛛か。数に圧されるな」


 バフルの声がしたけれど、私は返せない。圧されるなと言われても、圧倒的な差は縮まらないのだから。


 頭上から数えるのも面倒なほどの蜘蛛が糸を垂らしながら降りてくる。そうでなくても壁を這うもの、既に降りてきて地面を進むもの、様々だ。真っ黒な体はこの暗い洞窟では有利に働くだろう。ランタンだけでは、あるいはバフルの水だけでは捌ききれないかもしれない。


 一匹一匹の体は蜘蛛にしては大きい。私の掌くらいはある。そんなのが両手両足の指では足りない数迫っていて、こちらを狙っているのだ。対して私にできることは多くない。何匹いるか定かではないものの、このまま手をこまねいていても光明は見えないだろう。すぐに脱出しなくては。


「バフル! 通路の場所は判る? 此処を出るわ!」


「そのまま前方だ。だが塞がれているな。突っ込めば通り抜けられるかもしれんぞ」


「それって餌になってしまわない?」


 それでも他に道がないのならと私は駆け出した。蜘蛛の糸が塞いだ通路はどの程度の厚みや強度があるか判らないし調べている余裕はない。通路に向かって走る私を察したか、それとも巣の一部だからなのか、蜘蛛が集まってきた。バフル、と頼めば植物の根を追い払った時のようにバフルが水を放出した。勢いが弱いのは私のお願いを聞いてくれたからなのだろう。


「あの糸との相性はすこぶる悪い。元より水を弾くようにできている」


 蜘蛛は弾いても出入り口を塞ぐ糸はびくともしない。私は眉根を寄せる。片手でジャッドを支え、空いた方の手を出入り口を覆う糸へと突き入れた。粘性のある糸が纏わりつく。それでも出入り口の向こうも広いのか、手の先は空を掴んだ。私の腕が通り抜けられる程度の厚みなら、破っていける。問題はそれを許される時間があるかということだけれど。


「ジャッド、コト、少しの間だけ我慢して! このまま突っ切るわよ!」


 なるべく蜘蛛の糸が絡んで呼吸を圧迫しないようにジャッドを支える手で空間を作るようにすれば、コトがその間に滑り込んだ。ジャッドもコトも両目をぎゅっと閉じて私のローブを強く掴む。ジャッドの爪が食い込んでいる気がしたけれど命がかかっている今、そんなことは些細な痛みだった。


「わああああ!」


 どれだけの意味があるか判らないけれど私も威嚇のために大声をあげ、それから大きく息を吸って真っ白な繭のようになっている糸へ向かって勢いをつけ突っ込む。バフルの水の膜が直接に糸と触れるのを防いでくれているようだったけれど膜から出た手はその糸の感触を確かに覚えた。


 さらさらとして滑らかで、それでいて粘ついて。此処を通り抜けても蜘蛛は追ってくるかもしれない。それどころか此処を抜けても別の脅威が待ち構えているのかも。それでも、此処で立ち止まれば肉を貪り食われるのは火を見るよりも明らかだったから。


 何か、掴めるものでもあれば。そう藻搔く私の手を、向こう側から掴むものがあった。



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