14 作戦の立て直しですが
思ったよりも短い時間の落下で、けれど私が水に入ることはなかった。バフルの水の膜が衝突の勢いを殺し、その反動とバフルの手助けで岸の端に足をつける。
「わ、わわっ」
そのまま転ばないように私は両手足を振り回して川から離れる。おかげで濡れず、ランタンが消えることもなかった。コトは私の肩に振り落とされまいとばかりに掴まり、私の動きが落ち着けばめぇーと抗議するように鳴く。ごめんごめん、と私は無意識にコトを撫でようと手を伸ばした。ふさふさ尻尾が頬を擦って、やっと大きく息を吸った。
「ありがとう、バフル」
バフルは答えなかったけれど満足そうな様子が伝わってくる。私は上を仰いで落ちてきた場所に残したセシルとドルマーの姿を探した。遠くにドルマーが持っていると思しき松明のゆらめきが見えた。
「セシル! ドルマー! 聞こえる?」
出した声は震えていた。まだ恐怖の実感には至っていないけれど、体はしっかりと命の危うさを感じていたようだ。ぶるり、と体が主張するように震えたけれどそれを知るのはコトだけだろう。声は届かない。よじ登るのも無理そうだ。私は手に持ったランタンを左右に揺らし、無事を知らせた。ドルマーの松明も応えるように揺れる。
「合流できる道を探さなくちゃ」
いくら山育ちと言ってもこの岩壁を登るのは無理だ。逃げる中で落ちる直前に見た光景を思い出す。ネズミの大群から逃げ出して最後尾を走っていた私の足元が突如崩れた。道なりに続いていた洞窟の、少し広くなった空間をネズミたちは塒にしているのだろう。其処から次へ続く道の先はまた細くなっていたけれど空間の広さは変わらず、けれどその下には川が流れていた。
あの場所でセシルとドルマーが留まれるということはネズミに追われていないからだ。とするなら私の立った場所は崩落したのかもしれない。ネズミたちでは渡れないような距離が開いた。壁を這い下りて距離が短くなったところで跳び移らないのだろうか。それとも今まさにその最中で、音もなく忍び寄っているのか。
から、と頭上から土の欠片が降ってくる音がして私は息を呑む。何かが近寄っている気配がする。まさかネズミが此処まで降りてきたのだろうか。
一歩思わず後退り、掲げたランタンをその姿を捉えるためにより高く掲げる。きら、と暗闇に双眸が反射するのが見えた。もうすぐ其処まで来ている。早く逃げ出さなくては──。
踵を返そうとしたところで、にー、という鳴き声が聞こえたから踏み留まった。きらりと光った双眸が足元目がけて跳んでくる。すり、と足元に寄ったのは美しい緑の目をしたふわふわの獣だった。
「ジャッド! 降りてきたの?」
驚いた私が足元のジャッドと頭上のドルマーの松明との距離を測るために頭を上下させると、ジャッドはもう一度にーと鳴く。何だか誇らしげに聞こえた気がして私は息を零した。
「心配して来てくれたの? ありがとう、ジャッド。貴方ひとりなら上に戻れるんだろうけど、私は戻れないから。先に進んで合流する道を探さないと」
しゃがみこんで顎の下をカリカリと掻きながら話しかければジャッドは分かっているんだかいないんだか判らない表情と声でにーと気持ち良さそうに鳴いた。ごろごろと喉を鳴らす音までする。幸せそうな様子にこちらまで微笑ましい気持ちになるけれど、周りは真っ暗で進む先も判らない。合流できる道があるかも定かではなく、このまま彷徨えば待っている未来はひとつだけだ。加えて魔物もいるだろう。バフルの力しか対抗手段がないから、バフルが力を貸してくれなくなれば終わりだ。
「皆、力を貸してね」
私の言葉は祈りに似ていた。
「さて、それじゃぁ」
どちらに行こうか。私はランタンを掲げながら周囲を確かめる。右手には川が流れている。ランタンの灯りでは向こう側までは見通せないけれど、洞窟内の広さで考えても恐らく向こうに岸はなく、壁があるだけだろう。横道があれば判らないけれど進むにはいずれにせよ川に入らなければいけない。こんな場所で服を濡らすわけにはいかない。ロディもいないからすぐに乾かすことはできないし、体力も体温も奪われる。弱ったところを魔物に襲われては本末転倒だ。
とするなら、と私は左手にランタンを動かした。岩肌の壁面が、それでも道らしきものを形造りながら続いている。行き止まりだと川の流れに身を任せる外ないけれど、行けるところまでは陸を行った方が良い。見回した限りで動物や魔物の糞は落ちていない。水場だから喉を潤わせに来ている生き物はいそうだけれど、この辺を縄張りにはしていないのだろう。
「バフル、また私たちに膜を張ってほしいの。何か来たなら教えて。急に襲われたなら殺さない程度に弾いて。此処から出て落ち着いたら、また沢山歌うから」
バフルに頼めば、承諾と共に再び水の膜が張られた。これである程度は安全だ。バフルの機転なら石や毒などで遠くから狙われても対処してくれるだろう。後から求められる歌や時間は変わりそうだけれど、生きていればそれに応えることはいくらでもできる。今はとにかく、生きて誰かと合流しなくては。
ランタンを掲げ、周囲に警戒して注意を張り巡らせながら私は洞窟の奥へと進み出した。




