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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路
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11 準備ですが


 ドルマーは集落の皆と一緒に訪れた。私を見てからスレンを捉えた彼女の目が不安そうに揺れる。スレンだけが戻った意味をドルマーはどう考えるだろう。


「ドルマー」


 呼びかけた私にドルマーは笑おうとした。失敗していたけれど私は気付かなかった振りをする。頷いた私に彼女は一瞬だけ目を伏せ、次に上げた時には切り替えた表情を見せた。長くバルと共に前線に立ち、危険を避けるために力を尽くしてきた人の表情だと思う。


「お姉さん、ドルマーならスレンの言葉を引き出せるはずだよ。僕には話してくれなかったからね」


 馬を陣の中に戻したセシルが私にだけ聞こえる声で告げる。え、と私がセシルに視線を向けるとセシルは微笑んだ。


「よく訓練されてる。他の魔物使いに声をかけられてもひと言も漏らさない。主人の危機かもしれなくても、頼る相手は選んでるってことだよ」


 魔物使いの“適性”が“天職”なら魔物の言葉も分かるという。事実セシルもリアムも、解って会話しているような様子を見せることがあった。けれどスレンはセシルに心を開いていない。頼るべき仲間と認めてはいないとセシルは言っている。だからドルマーを呼びに行ったのだろう。


 スレンはドルマーが近づいたら起き上がった。到着時から顔は上げていたけれど立ち上がって洞窟へ戻ろうとしているみたいだ。待ちなって、とドルマーがスレンを宥める。怪我の調子を見、スレンの言葉に耳を傾けているのか頷いて相槌を打っていたドルマーがスレンの顎を撫でると私を向いた。


「ライラ、この子の手当てをありがとう。食事も世話してもらったみたいだね。休んだおかげで動けそうだ。オユンが足を踏み外して(はぐ)れたらしくてね……バルもスレンも勿論アンタの仲間も穴に飛び込んで追ったけど見つかっていない。それどころか魔物と遭遇して撒く際に全員と逸れた。バルは怪我はしていないけど、スレンがその時に引っ掻かれて傷を負った……血の匂いをさせていたら弱った手負いの獲物がいると思われて付け狙われる。だからスレンは戻った。でもバルはスレンなしでマナンの洞窟にいる。これからアタシ、スレンと一緒に洞窟へ向かうよ」


 ゲレル、とドルマーが呼ぶと灰色の狼が陣の向こうに現れた。陣の中には入って来られない様子なのはロディが陣を描いた時にはいなかったからなのだろう。スレンによく似ている狼だった。


「アタシの相棒さ。スレンの姉妹でもある。アタシの言うことをよく聞くんだ。アンタたちはどうする?」


「ついて行っても良い?」


「お姉さん」


 ドルマーが尋ねなくても頼もうと思っていた。私の言葉にセシルが驚いた声をあげる。


「解ってる。私じゃ役に立たないどころか足を引っ張るかもしれないって。でもロディやラスが動けなくなっていたら困るもの。セシルもついてきてくれたら心強いのだけど」


 縋るように目を向ければセシルは観念したように息を吐いた。はぁ、と呆れたような視線をセシルは洞窟へ向ける。


「お姉さんは言い出したら聞かないから……それに、あれだけ腕に覚えがある二人が動けなくなっている状態なら、一大事すぎるよ。ドルマーや集落に面倒はかけられない」


 仲間だから、とは続けられなかったけれどそう思っているからこその言葉に聞こえて私は笑顔で頷いた。ありがとう、と言えばセシルは別にと顔を背けた。


「アンタたちの馬は残る皆に見ていてもらう。あまり大人数で行っても身動き取れないだろうからこのくらいの人数が良いところだろう。悪いけど、オユンとバルを優先させてもらうよ」


 ドルマーの言葉に私とセシルは頷く。ロディもラスも自分で魔物を退ける力を持つ人たちだ。単独で逸れたとしても対処できるだろう。けれどオユンとバルは。オユンには髪飾りを渡したけれどあれも二回目以降は壊れてしまえば使えない。スレンのいないバルには笛があるけれどあれがどれだけ機能するか判らない。笛は居場所を知らせることにもなりかねないからだ。集落を襲った時のトムのように笛の音に耳を貸さない素振りが見られればバルの身は危うくなる。


「それじゃあすぐにでも出発したい。ドルジに話を通してきたら行くよ。準備は?」


「良いわ」


「その子らも連れてくの? はは、モールだなんていつの間に仲良くなったんだい。子どもの愛玩動物と同じだよ。戦いには向かないけど」


 私について行こうとするコトとジャッドを見てドルマーが息を零した。特にジャッドを見て目を細める。セシルと同じ見解なら事実ジャッドには戦闘力はないのだろう。けれどついて行くつもりで私の足元に擦り寄っているのだろうから説得は難しい。下手に置いて行って後からついてこられても大変だ。


「昨晩よ。ついてくるつもりがあるなら一緒に行くわ。コトとも色々な場所に行ったの。私よりよっぽど咄嗟の判断には優れている子たちだと思う」


「アンタがそう言うならそうなんだろうさ。それなら全員で行こうか」


 ドルマーが私の決意に頷いてくれるから、私も頷いた。馬の世話を頼むために私もドルマーについて集落の長ドルジへ挨拶へ向かう。中で不測の事態が起きていることを説明し、ドルマーが様子を見に行くと告げた。バルやトムを下したラスとロディを持ってしてもマナンの洞窟が攻略できない場所であるなら其処には何が潜んでいるか判らない。充分に気をつけるようにと激励をもらって私たちは承諾に頷いた。


 あまり時間を空けない方が良いと判るから私たちはすぐ出発する。スレンとゲレルには挨拶させてもらって、絶対にオユンとバルを見つけようと話しかけたらペロリと舌でそれぞれに左右から頬を舐められた。


 私はランタンに火を入れ、ドルマーは大きな松明を持った。洞窟へ一歩入れば陽の光は滅多なことでは入らない。ロディのように火の魔法が使えれば良いけれど私たちはそうではないから、灯りがなければ足元さえ見えなくなるだろう。もしかすると洞窟内で逸れている皆は灯りひとつ持たず暗闇に神経をすり減らしているかもしれない。早く行ってあげなくては。


 コトは私の肩に乗り、ジャッドは地面を歩いた。子猫の目なら僅かな灯りでも見えるものがあるだろうか。


「何かいたら教えてね、ジャッド」


 そう声をかけたらジャッドはにーと高く鳴いた。


 先頭をスレン、ドルマーとゲレル、私とセシルの順に二人ずつ並んで洞窟へ入る。天然の洞窟が時間をかけて魔物たちにとって住み良いようになっていったのだろう雰囲気が窺われた。ひんやりとして空気が奥から漂ってくるような気がする。腕試しにくるのは何歳くらいの頃なのだろう。此処に相棒とだけで入っていくことを思うと緊張した。


「行くよ」


 ドルマーの声に従って私は洞窟の奥へと更に進んだ。



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