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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路
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5 出発の見送りですが


 翌朝、日の出と共に起き出した皆と朝食を囲んでから出発した。目的地に着くまで私とセシルは仮眠を取る。ガタゴトと揺れる馬車に身を任せ数時間の休息を取った。起こされたのはマナンの洞窟が見える、少し離れた岩場だ。


「ライラ、セシル。もう少し休ませてあげたいのは山々だけど、起きて」


 ラスに揺り起こされて私は瞼を開いた。目を擦りながら起き上がってもう着いたのかと尋ねればラスは肯定する。


「どのくらいの探窟になるか分からないからね。アンタたちも充分に注意して待ってて」


 日の差さない洞窟に潜っていくなら一日の感覚は鈍っていくだろう。一週間ほどは保つ食料を持って行ってほしいと伝えればラスは息を零した。私たちの会話を聞いていたらしいロディが後を引き継ぐ。


「深さが判らない洞窟だ。どれだけ待っても十日。それを過ぎたら集落に身を寄せると良い。縞岩という場所で落ち合うことになっているし、バルがもしもの時のために長のドルジに話は通してくれているよ。彼らもひと月ほどは縞岩の辺りに滞在するようだ。それを過ぎて戻ってこないならドルマーは様子を見に行くと言うだろうけど、ボクらの食料が保たない。運良く獣でも見つかれば良いけど」


 ロディは言葉を切った。何も出ないから丘のいくつかは越えられる魔物がいるのだろうと私も思う。あるいは出ても争奪戦になってしまって力の弱い魔物は丘を越えざるを得ないのかもしれない。いずれにせよ、あまり長居しない方が良い環境ではあるのだろう。


「獣避け、魔物避けの魔法はかけていくけれど、万能じゃないから二人とも注意するんだよ」


 ロディにお礼を言って私は馬車から降りた。ロディは杖で地面に大きな陣を描き出す。山が近いとバルが言っていたようにこれまで通ってきた道よりも木陰になる木がある場所だ。水辺の近さも感じるが、それはその分他の生き物も訪れることと同義でロディが魔法陣を描いているのはそうした理由もあるのだろう。


「お姉さんのことは何があっても守るけど」


 セシルの棘のある声にロディが苦笑した。


「疑っていないよ。けどキミだって休息が必要だろう? その間ライラがひとりで起きていても大丈夫なようにしておかないと」


「あ、その、バフルもいてくれるし多分、大丈夫だと思うけど」


 立て続けでは難しくとも追い返すくらいならバフルも協力してくれると思う。そう思うから声を上げれば今度はラスまで笑った。


「別に悪い意味じゃないんだ。ただ心配なだけ。心配くらいさせてって言ったらアンタは迷惑?」


 私は驚いて否定の意味で首を振った。そんなこと、あるはずがない。むしろ迷惑をかけているのは自分ではないかと思っていたから皆の向けてくれる想いが眩しくさえ感じた。


「ありがとう……気をつけて行ってきてね」


 受け入れて、私も同じ心配を返せばラスとロディは微笑んだ。セシルは息を吐いたけれど彼も負担は少ない方が良いだろう。反論することはなかった。


「オユン」


 私は身支度を整えているオユンに声をかけた。洞窟に潜るからと外套を纏う彼女は私を見て頬を緩める。けれど緊張している様子が表れていた。少し引き攣った口角に気づかない振りをして私は探検の無事を祈る。


「何事もなくツァガーンの衣が見つかりますように。怪我しないで戻ってきてね」


 オユンは私の手を取って握った。温かな手は微かに震えているけれど、オユンは意識して頬を上げているようだ。油断すればすぐにまた引き攣るのだろうその微笑みに私も不安そうな表情をしていてはいけないと言われているような気がして、微笑む。


「必ず見極めてくる。ライラ、あなたも無事でいて。待っていてね」


 誰とも(はぐ)れないようにね、と私はオユンに念を押す。きっと三人はバラバラになっても魔物と応戦できるけれど、オユンにその術はない。私は思い立って髪飾りを外した。パロッコがくれた、優れものの髪飾りだ。何度も私を助けてくれた。此処に残る私よりきっと、彼女にこそ必要だろう。


「私にできることはこのくらいだけど、貴女を守ってくれるわ。空気中の魔力を集めても戻るし、自分の魔力を注いでも良いみたい。ロディが言うにはいつかは壊れるものだけど、一度は貴女を守ってくれる。本当に気をつけて」


 オユンは驚いた様子で私を見つめ、それから少しだけ視線を外した。んん、と小さな咳払いの後にお礼の言葉が届く。自分の身を自分で守る集落の女性に心配しすぎただろうかと思ったけれど、気持ちは届いたようだ。彼女の頬が少し赤いのはそういう気恥ずかしさかもしれない。


「ライラの心配の仕方、姉さんに少し似てるわ。少しだけね。姉さんは強いからあたしを守らないといけないものだと思ってる。戦えないあたしは弱いから。でも、違うのかも。ライラはあたしを弱いって思っていないもの。戦えないのはあなたも同じ。戦い方に違いはあるけど、自分なりの戦い方がある人。そんなあなたが姉さんと同じような心配の仕方をするなら……あたし、勘違いをしてるのかもしれない」


 オユンはちらりとバルの方へ視線をやった。バルはラスと何かを話している。こちらの視線には気がついていない様子だ。


「あたしがいると姉さんは自分の思うように生きられないとか、バルはそんな姉さんの何を解っているのかとか、二人ともあたしを邪魔に思ってるんじゃないかとか……思っていたことは沢山あるの。でも、あなたを見てると何だか……勘違いだったんじゃないかって思うことがある。バルを見極めて、戻ったら姉さんをもう一度ちゃんと見ようと思うわ」


 それは彼女が初めて零した言葉だったのだろうと私は思う。あの限られた人しかいない場所で彼女が想いを零せたことがどれだけあっただろう。両親を喪った私がその後、誰に想いを零し聞いてもらおうとしただろうことを思い出すと何だか覚えがある気がした。周りは聞いてくれようとしただろう。けれどどうにもできないことを零しても──意味がない、と知っているからこそ。


「うん、行ってらっしゃい、オユン」


 見送る私の言葉にオユンは笑う。その顔が何だか晴れやかに見えたのはきっと、私の気のせいではないのだろうと思った。



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