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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
13章 朝露の別れ路
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4 焚き火の傍ですが


「マナンの洞窟に馬車は入れるの?」


 夕食後、セシルの問いにバルは否定の意味で首を振った。それなら、とセシルはラスとロディを見る。


「火の番は僕とお姉さんがするべきだと思う。洞窟には四人で行くことになる。他の魔物に襲われないように馬を見ないとならないし、危険な場所にお姉さんを連れてはいけない」


 セシルの説明にラスとロディも頷いた。私も異論はない。セシルの表現は優しいけれど、要は身を守る術のない私は足手纏い、という話だ。同じように闘う術のないオユンが行くから私たちは護衛にと仕事を頼まれた。ラスとロディが護衛には適任だろう。私まで守ってもらっていたのでは二人の負担は大きいし、誰かが怪我をしかねない。


「皆が戻ってくるまで馬もお姉さんも僕が守る。安心して行ってきてよ」


 反対する者はなく、話は纏まった。洞窟探索をする面々は支度を整えると早々に横になり、私とセシルは寝ずの番として火を絶やさないために焚き火の側に並んで座る。ぱち、ぱち、と音をさせながら弾ける炎は真っ黒な空へ煙を昇らせる。広がる満点の星空は焚き火の前では細やかだけれど、火のない夜を進もうと思えば大切な道標になるだろう。


「僕じゃ心許ないかもしれないけど、安心して。お姉さんは絶対に守るから」


 セシルがぽつりと言葉を落とす。寝息が聞こえるようになってから落とされたから、誰にも聞かれたくなかったのかもしれない。けれど私に向けられた言葉に答えないわけにはいかなくて、ありがとう、と私は微笑んだ。


「心許ないなんてそんなこと思ってないわ。私こそこの髪飾りと、バフルがいないと自分では何もできないし守ってもらってばかり。折角、舞踏を教えてもらったんだけどな」


 あぁ、とセシルは私に視線を向けた。嵐のような色の目が炎の灯りを受けてキラキラと美しく輝いている。揺れる炎の陰影でか、それともあの頃よりは心落ち着ける場所になったのか、セシルは穏やかな表情を浮かべていた。


「前に聞いたことある。前もこうやって、火の番を一緒にしたことがあったよね」


 旅を続けていれば野営をするのはよくあることで、眠っている時が一番無防備になる瞬間を狙われては堪らないから夜は交代で誰かが必ず起きている。けれどひとりでは眠気に勝てずうっかり眠ってしまうことがあるかもしれないから、二人一組が基本だ。セシルとはもう何度も組んでいる。その時に話したことがあった。


「誰かと火の番をするなんて、あんまりなかったから。お姉さんが話してくれたことは全部覚えておきたいんだ」


 セシルは近くの枝を焚き火に放り込む。ひとりで旅をしていたセシルが火の番をする必要があったかは分からないけれど、常に契約している魔物がいたわけではないのだろう。育ててくれたアマンダと旅をしていた時はどうだったのだろう。けれどそれを尋ねるにはアマンダとの良くも悪くもなかった関係性が窺われたことから躊躇いもあった。


「お姉さんは……僕には勇者の冒険譚を話してくれないね」


「え」


 膝を抱えたセシルの言葉はほとんど掻き消えそうなほど小さかったけれど、隣にいた私には聞こえた。敢えて避けていたその話題にセシルから触れられて私は驚いてしまった。


 思わずセシルをじっと見たけれど、彼の視線は私からは外れていて戻されることはない。けれど膝を抱えた姿の幼さに、抱えきれずに零れたのを感じて私は正直に答えることにした。


「その、嫌がるんじゃないかと思って……」


 人々に語られるなら勇敢な様子と、手痛い失敗からの教訓だ。勇者様の話は崇められ、讃えるものばかりが残る。勇者様が一緒に畑を耕し実りを喜び収穫を手伝うような話は、魔王討伐に向けて旅をする人には難しい。なかったとは言わないけれど、恐らくはきっと旅に出る前の様子だろう。魔物に苦しめられ悲鳴をあげる人々のところに現れては鮮やかに解決する──そういう逸話が残るのは当然で、裏を返せば魔物退治の物語だ。魔物を大切に思うセシルがそんな話を聞きたがるとは思えなかった。


「……うん、お姉さんが僕のことを考えてくれたのは解ってる。それを責めるつもりもないんだ。だからこれは僕の八つ当たり」


「八つ当たり……」


 自分でそうと分かりながら口にできるセシルは、そういう強さを持っているのだと思う。セシルに対して何を話して良いか分からないから、セシルが話してくれる内容をいつも聞いてばかりだった。セシルはもしかしたら、もっと何かを話したいと思っていたのかもしれないのに。


「ロディが」


「ロディ?」


 思いがけない名前が出てきて私は首を傾げた。交代制だから相性が良くなさそうとは思いつつ、いつまでも二人の組み合わせを避けるわけにもいかない。セシルとロディが火の番をすることもあった。最初は心配で聞き耳を立てていても横になってしまえば疲れた体は眠りに落ちる。朝目覚めて馬車が吹き飛んだり戦闘の跡が見られないことから適度な距離感で過ごしたのだなと思えばあまり気にしなくもなっていた。ウルスリーを出てから此処まで結構な時間を一緒に過ごしてきたし、危険を助けたこともある。お互いに思うところはあっても旅の仲間として認めているのだろうと思っていた。


「ロディが自慢するんだ。まだお姉さんから勇者の冒険譚を聞いていないのかって。ロディが聞いたばかりの話を僕にしようとしてくる。ロディの口から聞くくらいなら、お姉さんから直接聞きたい」


「え、あー……ロディはその、勇者様の冒険譚が好きだから……」


 セシルとは対照的にロディは冒険譚を聞きたがった。ねだられるから私も自分の知っている話が尽きそうなくらい語っている。そろそろ話す内容がなくなりそうだと言えばロディは私の勉強に付き合ってくれるようになっていて、冒険譚は五回に一回、という程度になっているけれど。


「今日からしばらくお姉さんと二人だ。時間はたっぷりあるから、お姉さんが知ってる勇者の冒険譚を教えてよ。約束」


 セシルがこれまでに結んだ約束はどれだけあっただろう。そのうちどれだけ守られただろう。それを思うと私はその程度のことで良いのなら、と応じたくなる。実際、大した手間ではないし聞きたいと言ってくれるなら歌うだけだ。


「それじゃ早速、今日から聞かせて。お姉さんの話したい順番で良いから」


 ぱちぱちと焚き火が爆ぜる音の中、私は小声でセシルに勇者様の冒険譚を語り聞かせた。この夜がいつまでも続きそうなほど静かに、耳を傾けるセシルに向けて。



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