3 目的地前の野営ですが
体力温存のため、馬車はあまり速度を出さずに先頭を行くバルに続いた。バルの乗る馬の横を相棒である狼のスレンがついて行く。産んだ子どもの育児のためバルとは行動を共にしていなかったようだけれど、流石にマナンの洞窟となると連れて行かざるを得ないらしい。バルによく懐いた忠誠心の強そうな美しい灰色の毛並みを持つ狼だった。
「集落の皆は動物の方から選ばれる。バルや姉さんは産まれるその日から動物の方が待ってたって。外で何時間でも待って、産声と同時に遠吠えが響いたって語り草なの」
バルとスレンの様子を馬車の中から眺めていた私にオユンが教えてくれる。魔物使いの“適性”が恐らく天職なのだろう二人はそんな凄い逸話を持つほどなのだと私は驚いた。そしてきっとオユンは、そんなドルマーと比較されていた。流石に産まれるその日とはいかずともいずれは選ばれる日がくるはずだと、信じていたのだろう。
「姉さんの二年後にバルが産まれて、八年経ってあたしが産まれて。才がない子なんて集落にはいない。あたしの分まで姉さんとバルが持ってったんだろうって大人たちは言ったけど、あたしきっと、……ううん、何でもない」
オユンは何かを言いかけてやめる。風を読めるあたしが御者台には必要なんじゃないかしら、とセシルに声をかけて不要と断られていた。私はその彼女にかける言葉を持たず、幌の中へ視線を移す。
ラスは武器の手入れを丹念に行い、ロディは壁に背を預けて目を閉じながら座っている。魔物や獣を避ける魔法をかけてくれているけれど、トムとの戦闘からあまりゆっくり休める時間はなかった。疲れているのかもしれない。
この地へ足を踏み入れてから色々なことが起こりすぎた。気持ちが落ち着いてすることもないとなれば誰かと話す気力も湧いてこず、私もロディに倣って体を休めることにした。マナンの洞窟へ行ってオユンの護衛をする、ツァガーンの衣を探す、という目的はあっても到着までの時間にできることはない。私も体力を回復させた方が良いだろう。
ガラガラと回る馬車の車輪に揺られ、けれど旅に慣れた体はこの振動でも苦ではない。うつらうつらとしながらも、車輪の進む音、ラスが刃を研ぐ音、そういった音は耳に入って私は体を休めた。
南に向かったとはいえ長距離を行くわけでもない。気温の低さはあまり変わらず、けれど西にも向かっているから陽の光は長く幌に差し込んだ。赤く、赤く、広大な土地を照らして夕陽は沈んで行く。陽が落ち切る前に野営の準備を、とバルが周囲に魔物の気配がない場所を選んで足を止めた。ずっとあった揺れがなくなって私は夢現から覚める。
「此処から先は山に近づくから道が険しくなるんだ。ただ、マナンの洞窟はその手前にある。丘を二つ越えれば見えるだろう。動物たちは丘のひとつなら簡単に越えてくるからな。今夜は此処で夜を明かし、明日の朝発つ。昼前には余裕を持って到着する予定だ」
バルの説明に私たちは頷いた。周囲に薪にできそうな枝は落ちていないけれどバルが少し走って取ってきてくれるというから任せる。ロディは魔物避けの結界を張る準備に勤しみ、ラスは魔物の位置把握のためロディについて行った。セシルが馬車の馬を世話してくれるから、私とオユンとで夕食の準備を始める。
「昨日は火の側だったし気にならなかったかもしれないけど、夜は冷えるの。だから此処の料理は煮込みものがほとんど。水辺は少ないから飲み水自体は水瓶に溜めた雨水が基本だし貴重なんだけど、家畜の新鮮なミルクとかで栄養も摂りながら体を温めるのよ」
オユンに教わりながら分けてもらった食料で足が早そうなものから使っていくことにする。家畜も家族だし一緒に移動する彼らと同じように家畜だって歳を重ねていく。そして大体が人間よりも何倍もの速度で老いて行くからお祝い事がなくても、誰をもてなすわけでなくても潰さなくてはならないこともある。古い肉は硬くなるし味も落ちるからだ。役目を終え、選ばれた家畜は食糧となって人の命を繋ぐ。塩漬けにして保存されたそれを、私たちは分けてもらっていた。
バルが拾い集めてきた枝にロディが魔法で火をつけ、ミルクをベースに塩漬けにしたお肉と野菜を切って煮込む。スレンは自分で獲物を狩ってきたらしく、バルがスレン用に捌いた。
「オユンは料理も説明も上手なのね。此処で生きていくのに必要な物事が何か解っているから説明もできるし、理に適っているから覚えやすいわ」
私が思ったことを口にすれば、オユンは驚いた目を私に向けた。そんな反応をされると思っていなかったから私も驚いた顔をしてしまう。揺れる瞳に浮かんだのはそれだけではなさそうだけれど、その名前を見つける前にオユンは顔を逸らしてしまった。
「こ、こんなの、此処で暮らしていれば自然と身につくことよ。褒められるようなことじゃない」
「でもほら、美味しい。貴女が料理上手なのは疑いようのない事実だわ」
ぐつぐつと音を立てるとろりと美味しそうな煮込みスープは良い匂いがしていて、味見をした私がにっこり笑うとオユンは益々顔を背けてしまった。大袈裟なのよ、とオユンは怒った声で言ったけれど声にはどちらかと言うと困惑が滲んでいるように聞こえた。
「やぁ、良い匂いだ。そろそろ腹ペコで倒れてしまいそうだよ。何か手伝うことはあるかな?」
ロディののんびりした声に私はあれこれと頼む。マナンの洞窟までもう少しというところで行われた野営は、温かくて、美味しくて、今日あった悲しいことを優しく拭ってくれるかのようだった。
2024/10/27の夕方:軽微な誤字を修正しました! 見たはずなんだけどなぁ!?という気持ち…ん? となりつつもまぁ、いけなくもないか…? と思ってしまいそうな誤字らを召喚していました。とはいえニュアンスが違ってしまうので修正した次第です。引っ掛かりなく読みやすくなっていれば幸い!
 




