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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身
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21 葛藤ですが


「残念だけどライラ……あなたの話が本当ならあの人の首を落とさなきゃ」


 オユンの言葉に私は恐れ(おのの)いた。オユンはまるで簡単なことのように、家畜を締める話でもするように、そう口にする。つらそうではあるし、心を痛めている様子もであるけれど、そうするのが当然であるかのように。


「首……って、でも、あの人はまだ生きて……」


 私が何とか紡いだ言葉もオユンは否定の意味で首を振る。


「トムの毒を注がれた時点で体は死んでるわ。動いているのはトムの毒によるもの。そうやって情けをかけているとやられる。気持ちは分かるけど、首を落とさないと。取り返しがつかなくなる前に」


 オユンが(きびす)を返して小走りで駆けていく。私はそれを追わなくてはと思うのに、足が竦んだように動かなかった。


 ヨキが、もう生きてはいないとオユンは言う。トムの毒を注がれた時点で、つまりは私たちが助けた時点でヨキは死んでしまっていて。彼が動くのも、話すのも、それはトムの毒によるもので。それはまるで、彼の意志ではないのだと言われているようで。


 そう、なのだろうか。あの怯えた様子も、これからどうしていったら良いのかと悩む様子も、何もかも。昨夜の、話でさえも。其処に彼の意志は、想いは、ひとつもないと言えるのだろうか。


 ──僕を待っている人がいて……渡してほしい物がある。


 彼が託した想いさえ、彼の意志ではないと。


 私はヨキに渡された小さな銀の輪を思う。彼はその村に心残りがあるのだ。何度か其処で彼の帰りを待っている人がいると口にしていた。それが、彼の意志でなくて何なのだろう。


「待って……、待って、オユン!」


 私は遠くなった彼女の背を追って走り出す。止めなくては。首を落としてしまったら、それこそきっと全てが終わってしまう。他に手立てがあるかもしれないその可能性が潰えてしまう。可能性を消してしまった後には試すことさえできなくなるから。


 オユンにはヨキが何処にいるかを伝えていない。それに彼女は何も持っていない。首を落とすにも道具が必要だ。きっと私が辿り着く方が速い。


 私は誰にも見られていないことを確かめながらヨキのいるテントに向かい、布を捲った。ヨキは私が出てきた時のまま地面に転がり、痛みにかそれとも言葉を失ってか、変わらずに呻いている。


「ヨキさん、ヨキさん、ロディを連れては来られなくて……ごめんなさい。でも、でも貴方を助けたいって思ってます。オユンに貴方がトムに襲われたって言ってしまったけど、オユンが此処に来ても守りますから。貴方は」


 死ななくても良い、そう言いたいのにどうすれば良いかなんて何も分かっていないから私は口を噤んだ。オユンの方がトムのこと、トムの毒のことには詳しいだろう。毒を注がれた時点でもう体は生き物としての機能を止めてしまうのなら、手立てはないのかもしれない。首を落とす方がこの集落のためにも、ともすれば呻いているヨキにとっても良いのかもしれない。オユンだって集落を守りたいと思っているはずだ。私はこの集落に留まる予定はなくて、一時的に身を寄せているに過ぎない。そんな旅人が集落を危険に晒しているとすれば。


 自分の行動が正しいことなのか、全然判らない。間違えているのは私の方かもしれない。此処で生きている人、此処で生きていく人の知識や価値観と私の知識や価値観が合わない時、優先されるべきはどちらなのだろう。


 それでも私は、この状態のヨキさんが生きていると言えるのか、それとも動いているのに死んでいると言うべきなのか判らなくても、オユンに誰かを傷つけるような行動を取ってほしいとも思っていない。それがバルであろうとドルマーであろうと、もちろん一緒に旅をする皆の誰であっても。


「……見つけた」


「!」


 背後の出入り口が捲られ、光が差し込む。オユンの声が遅れて届いて私は咄嗟に振り返った。地面に転がり呻いているヨキを隠すように。


「退けて、ライラ。トムの獲物は首を落とさないといけないの」


 オユンの手には家畜の首を落とす時に使われるのだろう刃物が握られている。大振りの肉切り用のナイフだ。外の光を受けて鈍く光っている。あんなのを一閃されたら人の首など簡単に落ちるだろう。


「で、でも、オユン……ヨキさんはもしかしたらまだ助けられるかも……」


 私の言葉にオユンは眉根を寄せた。かぶりを振って悲しそうに表情を変えて。


「無理よ。今までこの集落でトムの獲物を助けようとしなかったと思う? どんなことをしたってトムの毒を取り除くことはできなかった。訪れた旅の人の情報や荷物に期待したこともあった。でも、どうにもならなかった。それにそれを試す前に獲物は先に死んでしまうの。体が先に死んでるんだもの。動かなくなって、腐って……そのくせ苦しそうな声はあげるから、首を落とすしかないの。そうする方が獲物だって苦しい思いをしないで済む。そう、信じてる」


 私はオユンの言葉を聞きながら、後ろで呻いているヨキの声に苦しみの色が滲んでいるのを感じ取っていた。オユンの言うこともその通りだと思う。助けたいと、傷つけてほしくないと願う私のこれは勝手な、ただ時間だけ消費していく先延ばしであって具体的な対処ではない。ただ苦しい時間が長引くだけの悪手なのかもしれない。


 ──家畜なら躊躇わないのに、妹だと躊躇うの?


 セシルの問いが耳の奥に蘇った。私もトムの獲物が家畜だったなら、首を落とすべきと思っただろう。胸は痛めても此処まで必死に止めはしなかったかもしれない。同じヒトの形をしているから、躊躇うのだろうか。


 冷静な部分では首を落とすべきというオユンに賛成しているのに、感情がそれを否定する。私はどちらも選べないまま、オユンを見つめて言葉を探した。



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