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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
12章 瞬きの現し身
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19 取り残されたものですが


「ラス!」


「解ってる!」


 ロディの声にすぐ反応したのはラスだった。二人は一緒にいた時間が長いこともあってか息が合う。前衛に出るラスをロディが魔法で援護する。そのやり方をずっと続けてきたと誰が見ても分かるだろう。


「セシル、アンタは馬車を走らせ続けて。集落の中で逃げ遅れた人がいないか、怪我をした人がいないか、そっちを頼むよ」


「分かったよ」


 ラスに託された仕事にセシルは渋々といった様子で頷いた。手綱を緩めないセシルの操る馬車からラスとロディは飛び出していく。ラスはともかくロディは危ないのでは、と思った私が止める間もなかった。いて、とロディの悲鳴が案の定聞こえたけれど大した痛みではないらしい。降り立った其処が戦場だとロディだって言われずとも理解している。すぐに立ち上がると駆け出すラスの後に続いて走った。


「ドルマー、貴女はどうするの?」


 速度を上げる馬車に付いて行くか留まるか悩む素振りを見せたドルマーに私は馬車の上から声をかける。魔物使いの彼女と共に戦う魔物は此処にはいない。行くよ、とドルマーはすぐに決めて集落の方へ一緒に向かう。集落を守るにしても違うことを優先するにしても、ラスやロディのように此処で離脱して戦いに行けるわけではない。


 集落へ近づきながら私は考えた。オユンは確かに私たちと一緒にいて、トムは私たちが集落へ着くより先に辿り着いている。とするなら、トムはオユンを追ってきたのではない、ということだ。それは即ち、集落にトムを導く目印となる獲物がいる、ということでもあって。


 家畜は今朝、改めていた。トムの獲物となった家畜はいないと判じられ、それでも尚トムが襲っているなら。集落にトムの獲物が紛れ込んでいるのは間違いない。問題はそれが……誰か、という点だ。


 きっとドルマーもオユンも解っている。私でさえその可能性に思い至るのだから。集落の誰かがトムの毒牙に晒され、餌場へ案内する道標と化した。その人を見つけ出し、そうして決断しなくてはならない。その人を、どうするのかを。


 ──集落のことを思うならその場で首を落とした方が良い。連れて帰ればトムは集落を追ってくる。


 ドルマーの覚悟が耳に蘇る。誰かが匿ったのだろうか。それとも単に、気づいていないだけということもあるだろうか。実際に、獲物になっている人は。自分がそうと知っていて集落にいるのか、知らずにいるのか。


 考えて私は首を振った。恐ろしくて考えたくなかった。そうと知っていても、知らなくても、そんな残酷なこと。


 馬車とドルマーの馬はほとんど同時に集落へ辿り着いた。ドルマーの姿を見て集落の人々の顔が明るくなる。馬を任せてドルマーはすぐ前線へ走った。バルの手助けをするのだろうと私は思う。私が前線へ行っても役に立てることはない。ラスとロディなら任せて問題ないだろう。ラスが言っていたように追い返すのは難しいかもしれないけれど。


「オユン!」


 私は馬車から降りながら青い顔をしているオユンに声をかけた。彼女は何故声をかけられたか判らない様子で私を見る。私はあえて微笑んで、彼女に教えを乞うた。


「私は戦闘で役に立たないから、避難誘導や怪我人の手当てに回りたいわ。トムが来た時、貴女は中心地で子どもたちの面倒を見ていたわね。貴女にもできることがあるんじゃないかと思うの。というより、貴女から私にもできること、教えてほしいのよ」


 魔物使いの“適性”がなくてもオユンはこの集落で生きてきた。魔物に襲われたことだって一度や二度ではないはずだ。事実、昨夜見た彼女は落ち着いていた。それは彼女が彼女なりに自分でできることを知り、それに従事していたからに外ならない。それは彼女の望んだ姿とは違うかもしれないけれど。


「逃げ遅れた人を探して中央に連れてくれば良いの? 他のところで守りを固めている人はいる?」


 魔物が単独で襲ってくるとは限らない。襲われている場所にバルやドルマーは集まって戦力を集中させるだろう。その隙を狙われては堪らないと死角がないよう他の魔物使いが目を光らせていることも予想できた。その人を逃げ遅れた人と判断するのは避けたかった。


「……白いフードを被っているのがそう。傍にいる魔物は味方だから、襲われているわけじゃないわ」


 オユンは間を開けながらも結局は教えてくれた。ありがとう、と答えた私は付いてこようとするセシルに向き直る。んぐ、とセシルは私の表情を見て自分は此処に残れと言われるのを先に察した様子で言葉を飲み込んだ。


「セシル、お願いね。万が一ということもあるから、中央にいる人たちを貴方が守ってあげて」


「無謀なことはしないでよ、お姉さん」


 私の頼みを断りたいのに断らないセシルに再度お礼を言って私は頷く。それじゃ行ってくる、と踵を返して駆け出した私は逃げ遅れた人がいないか、怪我をしている人がいないか、集落のテントを確認しながら走った。


 オユンが言った通り集落を囲うように白いフードを被った人が周囲を警戒しているのが遠目にも見えた。傍に狼のような大きさの魔物が控えている。普段は羊が(はぐ)れないように見守る役割をこなしているけれど、いざという時には人間を助けてくれる良き相棒のようだ。この様子なら外からの侵入は心配しなくても良いだろう。


「誰かいますかー! 皆、中央に集まってますー! 手助けが必要な人はいますかー!」


 声をかけながら、テントの中まで断って捲りながら、私は集落の中を駆ける。テントを畳んでいる最中に襲われたのか、人が隠れているとは思なさそうなテントも多い。それでも一応は子どもが隠れているかもしれないからと律儀に捲って声をかけた。


 端の方まで来て、昨夜泊まったテントはまだ片付けられていないのを確かめる。まぁまずは自分達の生活拠点となるテントが先だろうと私も思うから後回しにされるのは納得だった。それに他のテントとは違って簡易的だし、組み立てやすいようにできているのかもしれない。


「誰かいますかー!」


 声をかけてテントを捲る。薄暗い中で、びくりと怯えた様子で体が震えるのが見えて私は目を止めた。


「ヨキさん!」


 膝を抱えるようにして蹲っていたのはヨキだった。誰を頼って良いか判らず、此処から出てこられなかったのかもしれない。知り合いもいないのだ、無理もないと思って私はテントに足を踏み入れる。


「トムが襲ってきてるんです。一応、此処は遠いですけど……皆で中央に避難してるんです。一緒に行きましょう」


 手を差し伸べて、怯えた様子のヨキに私は語りかけた。揺らぐ瞳をこちらに向けたヨキの目が、薄暗い中で金色に光ったように見えた。


「バルもドルマーも、ラスもロディもいますからきっと大丈夫。ほら、立ってください」


 差し伸べた手にヨキが恐る恐る手を伸ばした。重なったその手が冷たくて、私は驚く。氷のように冷たい。まだ寒さも感じるとはいえ、あまりにも冷たすぎる。


「──」


 ヨキが開いた口から出た声は、言葉の形を成していなかった。



2024/08/25の夕方:すみません予定より一時間オーバーしました!あと五分!みたいなところから筆がノっちゃって…気づいたら予定時間になっても書いてて「あちゃーもう30秒も過ぎてるアルよーむりむりネー」ということで一時間遅らせました…いつも見切り発車なのでちゃんと規定内に収まるかドキドキしながら書いてる。

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