【5人全員】短編は難しい・1
冬・百武紗弥菜の部屋。午後7時00分。
「はい、みんなお待たせしました~。カレー鍋ができあがったよ」
割烹着姿の鮭延薫が、鍋つかみを両手にはめて、熱々の土鍋をみんなが待つほうに持ってきた。
「おおーっ、さっすが薫さん! あたしの胃袋を絶対ガッツリガッチリわしづかみだよっ!!」
目をきらめかせ、赤井真央は薫に好意の視線を送る。
「ホントおいしそうね。自分でスパイスを配合したんでしょ? かおさん、うちの店に来てくださいよ~」
ご丁寧に自分の両手を絡ませ、祈りを捧げるように籾井香夏は哀願して見せた。
薫は苦笑しながら茶碗をテーブルの上に置く。
「ふふふ、もう香夏ちゃんったら……薫を殺す気なの? 寝る時間ぐらい欲しいわよ?」
「眼が本気ですね。いえ、善処でいいんです善処で」
「ならば、よろしい」
「でも実際問題、薫さんは働き過ぎだと思いますよ」
百武紗弥菜がコップを並べながら、心配事を口にする。
「そーそー。アタシらのコックさんが倒れちゃったら、チョー困るってゆーか。おなかペコペコちゃんで餓死なんて、したくないしー」
立原未波も少なからず気にかけている様子である。
「みなみん、心配してるようで自分のことを心配してるよね?」
「え? そ、そんなことあるわけないじゃん。なんで、そーゆーことゆーの?」
「声に動揺が見られるんだけどさ。どれ、大きく開いた胸元に手を突っ込んでみようかしら?」
「ゴメンゴメン、アタシの言い方が悪かった。かおるんはみんなのママだよ」
「ママか……ママね……」
薫はうわ言のように同じ単語をつぶやき出す。紗弥菜はため息をついた。
「まったく、未波が失言するから薫さんの意識が半分飛んでるじゃない」
「うっそー? ゴメンね、かおるん」
「き、気にしなくていいのよ。さ、食べましょ食べましょ」
割烹着と三角巾を取って横に置きつつ、薫は未波と紗弥菜を促しながら自分も座る。
すでに真央と香夏が気を利かせたのか、個々の茶碗に取り分け終えていた。
「あ、いっけなーい。冷蔵庫からマイマヨを持ってこないと!」
真央が冷蔵庫ヘ向かう。香夏は思わず眉をひそめた。
「まっち、アンタいずれ病気になるよ」
「そのときはそのときで看病よろしく!」
「私がするのか。べつにいいけど」
戻ってきた真央が、緩みっぱなしの表情で茶碗の上に万能調味料をかけようとする。
がしっ
「ひぃっ!?」
「せめてひと口食べて味わってからかけてね?」
穏やかな顔をしている薫だが、手はギリギリと真央の手首を握っていた。
「薫さん、な、中身が絶対出かけてますよ?」
「中身ィ~?」
一段と強く握られる真央の手首。鼻先が触れ合いそうなぐらいに、薫は顔を近づけてきた。目をすがめて真央の目を見つめる。
「なんのことかしら?」
「……ご、ごめんなさいっ」
「わかればいいのよ」
真央の手首を開放し、薫は元の位置に座り直した。
「姉御、現役の保母さんなんだから、しっかりいただきますしないと!」
「未波、うるさい。仕方ないわね……みなさん手を合わせてください」
みんなが素直に手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますっ」
みんなが食べ始めた。
すっからかんの胃袋に、カレー鍋が心地良く沁み渡る
もちろん真央は嬉々として、ひと口食べてからマヨネーズを自分の茶碗にぶちまけた。
何か言いたげな薫の強い視線を避けていた真央だったが、あることを思い出した。
「あっ……明日までの課題やってなかった!!」
真央は自分のカバンをあさる。
「……今度はなんの課題?」
隣に座る香夏がおかわりをよそいながら訊く。クシャクシャになったレジュメを見ながら、真央は答える。
「文学部のゼミらしい短編小説を1本書いてこいってやつ」
「文学部ってそんなことするんだ」
「あ、でもでも、テーマも文体もなんでもいいって言ったから、余裕っちゃ余裕だね!」
「聞いてないねー」
「何が?」
「なんでもなーい」
「で、さ」
黙って聞いていた紗弥菜が、口の端を歪めた。
「小説に関してなんでも中途半端なアンタが、なんで余裕なんて言えるのかな?」
「ねー。真央っちが今まで書いた短編なんて、数えるくらいしかないっしょ?」
未波もおかわりをよそって、ウスターソースをさっとかけながら便乗する。
「うぅ……お願いします、お願いしますよぉ~……一応、大学では猫かぶってるんで、そこのとこも考えてみなさん、ひとつ」
みんなの白眼視が真央にズブズブと突き刺さる。それを振り払うかのように、今まで以上に声を張り上げた。
「その代わりといってはなんですが! バイト代が入ったら、すごくおいしいって評判のシュークリームを買ってきますので!!」
ウィンクして見せる真央。薫は味覚が完全崩壊している真央の言葉が信じられなかった。
「それはだれが言ってたの?」
「バイト仲間が言ってました!」
「ならばよし!」
「あーあ、薫さんは超甘党だからなぁ……」
紗弥菜が面倒事に嘆くそばで、未波が俄然張り切り出す。
「最初からそーいえばいいの。短編が得意なアタシにかかれば、チョチョイの」
「未波だけが書くと、ゼミのみんなどころか教授もドン引きするから、ダメ!」
「うぇー……バッドエンド至上主義の何が悪いのか、アタシにはわかんなーい。チョーベリバー」
「とりあえず」
薫が手を叩いてみんなの注意を引きつける。
「食事を済ませてからじゃないと薫、怒っちゃいますからね♪」
満面の笑みで指の骨を鳴らす薫。みんなは素直に、
「はい……」
と、答えるのだった。




