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第32話 企むガノックス

「っ」


 俺は咄嗟に女の腕を掴む。……が、


「なっ!?」


 女の身体は溶けるように影へと吸い込まれる。


「影魔法かっ!?」


 影を操る魔法だ。

 とっくの昔に使い手は途絶えたと聞いたが……まさか。


「気を付けろユアリっ! そこらの影に潜んでるぞっ!」

「う、うんっ!」


 俺たちは影を警戒しながら周囲を探る。


「……ユアリっ!」

「はっ!?」


 ユアリの背後。

 そこに女の姿が……。


「やあああっ!!」


 剣を抜いたユアリが振り返りざまに女を斬りつける。

 女はそのまま退くが……。


「って、えっ?」


 女の身体はすぐに再生する。


 やはり死者英雄か。

 曇りで太陽が出ていない。

 それで現れたってことか。


「すぐ冥界へ帰してやるっ!」


 俺は葬送術を展開。

 女を棺へ納めようとするが……。


「お待ちください」

「なに?」


 女はナイフを懐へ収め、俺の顔をじっと見つめた。


「お許しください。あなたが葬送術師かどうか確かめさせていただきました」

「……どういうことだ?」


 棺を残したまま俺は問う。


「あなたと敵対するつもりはありません。お願いがあるのです」

「お願い? 死者が俺にか?」

「はい」


 なにやら深刻そうな表情だ。

 これは演技か? 俺を罠にでも嵌めるつもりの。


「わたしはエイリス。ご存じの通り冥王によって現世へ戻った死者です」

「ふーん。けどさ、お願いがあるんだったら普通に声かけたらいいじゃん。攻撃してこなくてもさー」

「申し訳ありません。実力も少し見たかったので」

「それがそのお願いにも関係あるのか?」

「はい」


 死者が一体、俺にどんな願いを?


 罠か真実か。

 ともかく話だけでも聞いてみようと思う。


「シルバン様を……救っていただきたいのです」

「シルバンを?」


 シルバンを救ってほしい。

 それだけ聞いても意図はさっぱりだった。


「なんでシルバンを?」

「はい。あの御方はかつてイーメリアス様とともに魔王と戦った戦士でした。今もそのときの忠誠を守り、イーメリアス様の騎士として仕えております」

「シルバンはイーメリアスに魅了されて従ってるんじゃないのか?」

「はい」


 イーメリアス様の配下は皆、奴に魅了されていると思っていた。

 しかしどうやら必ずしもそうというわけではないようだ。


「ただ正義のため、魔王を倒すためにイーメリアス様の騎士になりました。しかし今は全生者へ死を与え、死の無い世界を作るという冥王の考えに賛同してしまい……」

「……あなたはシルバンとどういう関係なんだ? ただの知り合いってわけじゃなさそうだけど」

「許嫁でした。けど、わたしたちの住んでいた村が魔王軍に襲われて、そこでわたしは命を落としました」

「それでシルバンは魔王と戦うイーメリアスの仲間になったのか」


 死者英雄にもいろいろと複雑な過去があるようだ。


「シルバン様はそのときのことを強く悔やんでおります。それゆえ、死の無い世界を作るために生者を殺戮するという冥王の考えに賛同してしまっているのでしょう。本来は心優しい人なのです。わたしの死があの人を狂わせてしまった」

「ならあなたがシルバンを止めればいい。あなたの言うことなら聞くはずだ」

「シルバン様は一途な御方です。一度決めれば考えを変えたりはしません。例えそれが間違いだとしても、突き進んでしまう御方なのです」


 確かにそういうタイプには見えた。

 頑固者と言うか、不器用な奴ってことか。


「俺にどうしろと言うんだ?」

「簡単です。あの御方をあなたの力で冥界へ帰してあげてください。シルバン様に悪事を犯させないためにはもうそれしかありません」

「あなたはそれでいいのか?」

「わたしも冥界へ戻ります。そして永遠にシルバン様と冥界で過ごしましょう」


 そう答えるエイリス。


 確証は無い。

 しかし彼女の言葉は真実なような気がした。


「これ以上、シルバン様に悪事を重ねさせたくはありません。どうか早々に、あの御方を冥界へ帰してあげてほしいのです」

「つまり3日後の戦いでってことか?」

「それがもっとも早い方法になると思います」

「……」


 罠かもしれない。

 けど、真実なら彼女の希望をかなえてあげたいとも思う。


「信じていただけないかもしれません。けど、信じていただきたいです」


 真剣な眼差しを向けられる。

 それに対して俺は……。


「……約束はできない。けど、あなたが望む結果にはしたいと思う」

「ありがとうございます」


 エイリスはそう答えて微笑む。

 そして影へと潜み、どこかへと気配を消した。



 ―――ガノックス視点―――



「ふん」


 上空から葬送術使いを見下ろしていた僕は鼻を鳴らす。


「シルバンめ、くだらないことを」


 奴はイーメリアス様への忠誠が弱い。

 いつか余計なことをするのではと思っていたが。


「あれはシルバンの女か。イーメリアス様の美しさには微塵も及ぼないあんな女に現を抜かすとは。所詮は戦うことしか能の無い無骨な男。愚かなものだ」


 しかし女を使って葬送術使いを1対1の場へ引きずり出すとは考えたものだ。シルバンは一騎当千の猛者。1対1ならば負けは無いだろう。


 葬送術使いがいなくなればイーメリアス様もご安心される。


 だがシルバンに手柄を取られるのはおもしろくない。

 どうにかして僕の手柄にもできないものか……。


「うん?」


 葬送術使いの側へ女が寄り添っている。


「あれは……あいつの女か」


 そのときいいことを思いつく。


 あの女を利用してみよう。


 あの女を利用すればシルバンの勝率を上げることができる。

 そうすれば僕の手柄ということにもできる。


 そう考えた僕は女を見下ろしながらほくそ笑んだ。



 ―――ユアリ視点―――



「なにをニコニコ笑っとるんじゃお前は?」


 夜。

 4人で夕食を食べている場で、ちびっ子魔王がわたしを見て言った。


「別にニコニコなんてしてないけどー」

「してるわ。笑いながら食べるな気持ち悪いのう」

「なによー。中身おじいさんなそっちのほうが気持ち悪いじゃん」

「わしゃ昔から心は乙女じゃ」


 そっちのほうが気持ち悪くね?


 しかし嬉しそうなのでそれは言わなかった。


「なにか良いことあったんですねー」


 アーラスに言われてわたしは微笑む。


「まあちょっとね。ねーおじさん」

「そうなの?」

「またまた照れちゃってー」

「て、照れてなんか……」


 そう言いながらどこか照れたような顔をするおじさん。

 そんな表情を少しかわいいと思った。


「まあなんでもよいがの。シルバンとの戦いには警戒するんじゃぞ」

「わかりました」


 おじさんはそう答える。


 おじさんは強い。

 だから勝つと思う。

 けどやっぱり心配。

 何事も起こらなければいいんだけど……。


 夕食を終え、わたしたちはそれぞれの部屋へ。

 わたしはベッドへ潜り込み、目を瞑った。


「おじさん、わたしのこと好きなのかな?」


 いやいや今はそんなことよりシルバンとのことだ。

 そっちを考えなきゃ。


「まあわたしが考えてどうなることでもないけど……」


 ただ心配するだけ。

 それ以外は無かった。


「ん?」


 部屋に誰かの足音が。


 もしかしておじさん?

 夜這いに来たとか?


 ドキドキしながらわたしはベッドの中で待つ。


 ……しかし足音を聞いて思う。


 おじさんのものとは違うような。


 そんな気がしたわたしは布団の中からその人物を覗く。


「はっ!?」


 瞬間、わたしは枕元の剣を握ってベッドから飛び出す。

 そこにいたのは死者英雄でイーメリアスの配下、ガノックスであった。

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