1.日常
黒いキャンピングカーが、街にあるショッピングモールの駐車場に停まっていた。 その内部には、三人の異国人が乗っていた。
「アールグレイ、俺が頼んでいたものは買ってきてくれたか」
カモミールが聞いた。
明るい茶色の短髪に細い目をしたアジア系の少年だ。目つきが悪いせいで常に機嫌が悪そうに見えるが、外見だけだ。
アールグレイと呼ばれた人物は、紙袋の中身をがさがさと音を立てながら確認するのを一旦中断して、顔を上げた。
肩で切りそろえた黒髪の隙間から、隠れていた顔が覗く。冷たい目に、白いというより青白い肌をした、長身痩躯の若者だ。
「何それ?」
「おい、俺はメモを渡しただろ。忘れないように携帯でも連絡を入れた」
「メモはもらった覚えがない」
「いや、確実に渡した」
「知らない」
「携帯見てみろよ。絶対に連絡したからな。メモをなくすのは織り込み済みなんだよ」
アールグレイは、携帯を取り出して確認する。
「ああ、確かに」
「で、買ってきてくれたんだろうな、USBメモリを」
「もちろん、カモミール」
アールグレイは笑みを浮かべる。普段、仕事の際に、依頼人に向ける笑顔だ。
「忘れた」
「は? お前、何してんだよ。じゃあ、何でダージリンが渡した小遣いがほとんどなくなってるんだよ、ああ?」
二人の言い争いを、少し離れた場所から、真顔のまま、黙ってダージリンは聞いている。プラチナブロンドのショートカットの下に覗く顔は、ギリシャ彫刻のように整っており、人間離れしている。
ダージリンは、無表情で、車内の整理をしている。誰も手伝ってくれないので、一人で黙々と作業を続けていた。
アールグレイとカモミールの会話は続く。
「結構な大金だったよな。絶対に余るはずだろ?」
「余らないよ。今日私たちがショッピングモールに行ったのは都合がよかったね。何しろ、特売をやっていたんだから」
「ああ? 特売?」
「そうだよ」
アールグレイが大きく頷いた。
「なんと、角材が半額だったんだ」
カモミールの目が点になる。それから、こめかみに青筋を立て、車内を指さす。
「これはお前の無駄遣いのせいだったんだなっ」
カモミールは、キャンピングカー内部を支配しつつある角材を指さして怒鳴る。
角材は、キャンピングカーの内部を支配しつつある。
ダージリンは、その角材を整理しているが、一向に終わる気配がない。アールグレイとカモミールに助けを求めるでもなく、ダージリンは無表情のまま、静かに角材を部屋の隅にきれいに並べる作業を続ける。
「俺たちは建築業者じゃねえんだ。角材なんかどこで使うんだよ」
「安いときに買っておかないと、後でほしいときに損じゃないか」
「それは、必要なもののときだけに当てはまる論理だ。安ければ何でもかんでも買えばいいってもんじゃないんだよっ」
カモミールは、アールグレイを指さしながら、ダージリンにかみつく。
「何でお前が隣についていながら、アールグレイを止めなかった!」
ダージリンが、無表情で頭を下げる。
「アールグレイを尊重しました」
「尊重するとこが間違ってるんだよっ」
カモミールは、額を押さえてその場にあった椅子に腰を下ろす。
疲れる。
そもそも、自分がキャンピングカーのガソリンを入れに行っている間に二人で買い物に行かせたのが間違いだった。カモミールは一人で反省する。時間効率を考えるのではなかった。完全にカモミールの判断ミスだ。
アールグレイは、金銭感覚がおかしいし、ダージリンは押し切られると弱い。自分がしっかりしなければ。普段の仕事では二人が頼りになるのに、日常生活は壊滅的に送れない二人なのだ。
だから、こうして旅をしているのだ。
三人は、どこに行く当てもなく世界中を旅していた。それぞれ、国籍も年齢も違う、不思議な集まり。三人は、別に家族でも友達でも親戚でもなんでもなかった。ただその場にいるから、一緒に旅をしているだけだ。一人で旅をするよりも、三人の方が経済的であり、役割分担がしやすかったのであり、必然的な理由など何一つなかった。究極的には、旅ではなくてもよかったくらいだ。
しかし、現実に三人は旅をしている。それだけは事実だ。
カモミールが肩を落とす。
「後で返品しに行かないと……」
「僕がしておきましょう」
ダージリンがカモミールに言うと、カモミールが顔を上げる。
「駄目だ。それはアールグレイにさせろ。面倒事を引き起こした人間が責任を取るべきだ」
「私は返品しないよ。せっかく安く買えたんだ。いつか使うときのために残しておこう」
「旅人に備蓄なんか必要ないだろ。必要なときに必要な分だけ買えばいいんだからな」
「カモミールが旅人を語っているの、ちょっと面白いね」
「話逸らすな! 俺たちは角材と旅をしてるんじゃないっ」
「すみません、カモミール」
携帯を操作していたダージリンが画面から顔を上げる。
「ダージリンが謝る必要はない」
「いえ、そうではなく」
ダージリンの方を、カモミールが振り返る。
「角材は返品不可です」
「ああ?」
カモミールが眉を吊り上げるのとは逆に、アールグレイが顔を綻ばせる。
「よかった」
「よくねえよっ。お前、半額に踊らされて、店の在庫処分の良いカモにされただけじゃねえか!」
「いや、私にも利益があったんだから、純粋なカモではないよ」
ダージリンは無表情で頷いた。
「半分カモですね」
「もう黙れ」
かくして、角材と旅をすることになった三人。
カモミールがようやく怒りを収めて、ダージリンを向く。
「アールグレイの散財のせいで、俺たちの生活は余計苦しくなった。ダージリン、何か仕事は入っていないか」
「ただいま探します」
ダージリンは、角材を整理する手を止めて、携帯を操作し始める。
「近くにいいものがあれば、すぐに取りかかろう」
「私は散財なんかしていないよ」
カモミールはアールグレイを無視する。
「最近はあまりきちんと働いていなかったからな。少し大きめの案件でもいい」
「角材を使う仕事を見つければいいんじゃないかな」
カモミールはアールグレイを無視する。
「何か見つかったか」
「はい」
ダージリンは、携帯をカモミールとアールグレイに向ける。
三人は、仕事の依頼引き受けをメールで行っている。担当はダージリンだ。ダージリンの正確な情報把握と、丁寧な文面は、依頼人に好印象を与えるのだ。
「見えないから読んでくれるか」
角材が邪魔でその場から動けないアールグレイが、ダージリンに頼む。
「読み上げます」
ダージリンが携帯を自分の方へと戻して、口を開いた。
「初めまして。
皆さんのご活躍は影ながら拝聴しております。用心棒や代行といった仕事を引き受けてくださるということです。
今回の依頼ですが、私は正体不明の暗殺者に狙われています。皆様には、私を助けていただきたいのです。詳しいことをここに書くと危険かもしれません。面談で詳細をお伝えします。
お待ちしております。
ラッセル」
物騒な内容のメールにも、三人は顔色一つ変えない。慣れているのだ。このような依頼は日常茶飯事だった。
「どこだ」
カモミールが短く聞く。
「ここからだと、一時間ほどの地域です。町から少し離れた場所ですね」
ダージリンは、何も参照することなく、住所の名称だけを見て答える。
ダージリンは、大量に届いていた依頼のメールから、現在位置に最も近い依頼を選んだのだった。メールの整理は常にしてあった。場所と緊急性とメールの送信日時。それらを分類し、すぐに仕事に取りかかれる準備ができていたのだ。
カモミールは頷いた。
「よし、それでいこう。アールグレイもそれでいいか」
「いいよ。今日は体調も悪くない」
アールグレイの気分がいい日は、それほど多くはない。働ける日に働いておかなければ、すぐに生活が苦しくなってしまう。働かないくせに、収入以上の支出をする人間がいるからだ。
カモミールは頷き、ダージリンに向き直る。
「じゃあ、ダージリン、返信よろしく」
「承知しました」
「俺が運転する」
カモミールは、そのまま運転席へと向かった。アールグレイが動かないことは分かっていたからだ。ダージリンはすでに仕事をしている。
「カモミールの携帯に地図を送ります」
「ああ、悪いな」
一歩踏み出したカモミールが運転席に向かおうとして、角材に邪魔される。
「アールグレイ!」
「何」
アールグレイがきょとんとして訊ねる。何事かを考えていたようだ。カモミールとダージリンが話している間、上の空だったのかもしれない。
「角材をどうにかしろっ。目的地に着くまでに」
「はいはい」
ダージリンがカモミールが運転席に行くまでの道を空けてくれた。運転席に怒りながら消えていくカモミールを、二人は見送った。
ダージリンは、角材のせいで動けなくなっているアールグレイも救出する。
「ねえ、ダージリン」
角材の拘束から解き放たれたアールグレイが、脚を伸ばしながら口を開く。
「はい」
「今回の事件、現式が関係しているかもしれない」
ダージリンは思い出す。
それは、一般の言葉ではない。なぜなら、一般の世界では、そんなものは存在すら知られていないからだ。
存在を秘匿された存在。
アールグレイの直感は、当たるときもあれば、当たらないときもある。つまり、今の時点では、現式が事件に関わってくるかどうかは分からない。
ダージリンは無表情だ。顔は、感情を忘れてしまったかのように動かない。
「しかし、僕たちは現式を使えません」
アールグレイは答えない。
三人とも、現式を使えない。世界にいる多くの人間が現式を使えないとされている。現式を使える人間の方が少数だというのが、共通見解だ。
「この依頼、断りますか」
ダージリンは、まだ依頼人に依頼引き受けのメールを送信していない。カモミールを説得すれば、依頼を受けない選択も可能だ。
しかし、アールグレイは微笑む。
「いや、受けよう」
今日のように調子がいいときばかりではない。どれだけ危険が少なくても、仕事をしたくないときに引き受ける事件は危ない。注意力も散漫になってしまうだろうから。
それに、世界中を回っていれば、いつかは現式関連の案件にも出会うことになるとは思っていた。今までも、現式関連の依頼を受けたことは何度もある。ただ、三人で旅をするようになってからは、今回が初めてかもしれない。
ダージリンは頷いた。
「承知しました」




