第二話「花弁の断片化」
今回は第一章を別の視点から見た作品となっております。
「ううっ・・・ ああっ・・・!」
「晶、俺がいるからな。」
妊娠した晶は、仕事をやめ家で暮らすことになった。
どういう仕組みなのかは分からないが、陣痛やつわりはやってくるらしい。
しかも、元々体に備わっていない機能なので、女性のそれよりも辛いという。
でも、晶なら耐えてくれると信じていた。
彼の精神は強いから。
二人での疎まれる生活に俺は何度も挫けそうになったが、晶は弱音一つ言わなかった。
一番辛い今は、弱音一つくらい言ってほしいものだが。
「そろそろ何か食べたほうがいいんじゃないか?」
「いや、気持ち悪くて・・・」
「フルーツでもなんでもいいから。リンゴ、小さく切ってくるぞ。」
「ありがとね。」
どんどん辛さが増していく晶の生活。
そんな生活にも晶は必死に耐え、俺はそれを必死に助けた。
俺の仕事も晶に寄り添うためにフリーのライターになり、収入が減ったため貯金を崩して生活することになった。
子供の名前は「さくら」に決まった。
俺の遺伝子は無いとはいえ、咲人と晶の子供なのだ。
母の名前は「桜の木」ではなくちゃんとした名前があると思っているので、「さくと」と「あきら」を混ぜてさくらにしたのだ。
桜のように美しい娘が産まれますように。
やがて妊娠から十か月が経過し、晶はついに出産をする時が来る。
裏組織の車で裏病院に運ばれる晶。
俺はお守りとして母である桜の木の枝を一本貰い、お守りとして持ってきた。
母の祈りが届けばいいな、という考えである。
病室に入る俺。
枯れた声で叫びながら痛みに耐える晶。
そして晶の絶叫が止まった。
「患者が気絶しました!!これ以上続けると患者が命を落としかねません!帝王切開しましょう!」
組織にそぐわない優しそうな女性だが、今はとても緊迫した表情をしている。
「ちょっと待ってください!晶は耐えられます!医学的には大丈夫なんですよね!?」
晶の体なら帝王切開無しで子供を埋めると説明を聞いていたのだ。
「牧野さん、医学に例外はつきものです。臨機応変に対応していかなければいけません。」
晶は言った。俺は絶対に産むと。
ここで諦めるのか・・・?
「先生、晶のような体の帝王切開の経験は?」
「ありません。でも、帝王切開をしたほうが野伊さんの命が助かる可能性と思います。」
「聞きましたよ。男性の人工子宮による出産の帝王切開の方法は確立されていないこと。」
男性の人工子宮の帝王切開の技術は確立されていないので、帝王切開のほうが子供や晶の命の危険が高いのだ。
裏組織の医者の人体改造の構造への理解はまだ浅く、手術の失敗で子供を殺してしまう事例が多いと聞いた。
この晶の状態を見ると、この医者の気持ちも分からなくもないが。
「私の腕を信じてください!」
「信じられません。僕が信じるのは晶です。」
俺は気を失った晶の元へ行き、彼に桜の枝をやさしくかざす。
牧野家の桜には、他の植物と交信できるという逸話がある。お腹の中のさくらに届け、この想い。
晶のお腹が一瞬動いた気がした。
「はっ!うああああぁぁぁぁあ!!!!」
「晶、目を覚ましたか!もう少しだ、もう少しだからな・・・!」
野伊の掠れた絶叫に負けぬように、医者が大きな声で言う。
「今更無痛出産に切り替えるのは不可能ですよ!出産時の痛みはさらに強いものです!本当に産むんですね!?」
「はい!お願いします!」
俺はただ祈った。ただただ・・・。
――――― 一時間半後
「さくらちゃん、ほら泣いて。」
先生がさくらのお尻を軽くたたく。
「お、おぎゃああぁぁ!あああ!」
「さくら・・・ 自分の娘がこんなに可愛いものだとは。先生、障碍とかは無いんですね?」
「はい、脳も体も健康です。私もびっくりですよ。」
これが、我が子・・・
出産という奇跡を超えた俺と晶の奇跡。
我が子の健気な姿は、言葉では表せないほどの感動だった。
「さくら・・・ 産まれたんだね・・・ 抱いてもいいかな・・・」
晶は力が抜けきった体で放心しながら言った。
「野伊さん、無理しないでください。後で抱くことはできますから、今は見るだけで我慢です。」
「なら、僕が抱きます。ああ、なんて可愛らしいんだ・・・」
二人は望んだとおりさくらを生んだ。さくらも生まれることを望んでいた。
それから晶は子育てに専念し、俺が金を稼ぐことになった。
出産後の検査やワクチン等も闇の組織に依頼した。
本来は隠し子のための組織なので、ものすごい金額がかかるが、それを稼げるだけの力が俺にはあった。
俺は既にエリートライターで、しかもキャスターを兼ねたハイブリッドなのでたくさんの金を稼ぐことができる。
裏組織にも魔術のビジネスがはびこっている世界、いくらでも稼ぐあてはあるのだ。
魔術に秀でているものがたくさん金を稼げる世界。
逆に魔術を書くことも発動することもできない人は、ほとんどが貧困層である。
かつて大昔に行われた魔女狩りは、格差に怒った貧民たちによる革命と言われている。
最初のころは苦労しながらもなんとかやっていけた。
ほとんど晶のおかげである。
気難しい赤子という存在をあやすことができるのは、晶の得意分野だからとしか言いようがない。
問題はさくらの自我ができてからだ。
子育ては二人ではなく、三人で乗り超えていく試練だということを俺たちはしっかりと思い知らされる。
さくらの存在を国に認めてもらうのは難しい。
拾い子ということにすればなんとかなるかもしれないが、研究のことが公にバレてしまったら何もかもおしまいだ。
裏組織で動いている俺たちなら余計、深いところまで探られるに違いない。
戸籍を得ることもできないので、保育園や幼稚園、学校にはいけない。
だから近所の人と遊ばせ、生きるための最低限の知識は二人で教えることにした。
でも男同士の家庭は世間に認められなかった。
親達が子供に余計なことを教えるせいで、純粋な子供たちまで悪い思想に染まっていく。
そして、さくらは疎まれる子となった。
そんなさくらを助けたのは母である桜の木。
桜の木が六歳のさくらに魔術を教えたのである。
最初はさくらが魔術で何をしだすか分からず恐れていた俺と晶だったが、さくらはなんと人助けを始めたのだ。
見たこともない強力な魔術を瞬時に発動するさくら。
こんなすごい魔術は初めて見た。しかもそれを発動しているのは六歳の我が子なのだ。
恐れはやがて誇りに変わり、さくらに自由に人助けをさせることにした。
「人助けのさくら」は有名になったが、周りの人はありがたく思うどころか、さくらを怖がり余計避けることとなった。
まさかここまで恩を仇で返されるとは思っていなかった。
それでもさくらは諦めなかった。
だから俺たちも諦めなかった。
今日は、さくらが遠くに人助けをしに行ってしまった。
流石に不安になったので、さくらを探すことにした。
今日の仕事は片付いているので、俺と晶で雑談でもしながら探していた。
「さくら、こんなところに居たのか。いくら魔術が使えるからって、一人で勝手にこんな遠いところまで来るんじゃない。」
「さくとお父さん、ごめんなさい・・・」
「あら、すいません。」
さくらと、その隣にいる黒髪の少女。
恐らく、さくらが彼女を助けたのだろう。
「気にしなくていいんです。この子、すぐどっかほっつき歩いては人を助けてるんで・・・」
「隣にいる方は?とても仲が良さそうね。兄弟って感じでもないけど・・・」
なかなか勘がいい少女だ。
もしかしたらキャスターかもしれない。
キャスターは勘がいいという統計があるのだ。
勘がいい人はキャスター、では全くないのだが。
そしてハイブリッドである俺も勘には自信があった。
基本的に、俺たちの関係はあまり隠したくはない。
恥じるものではないと思っているからだ。
恥じていては周りと同じで、何も変わらないからだ。
それにこの少女、理解がありそうだ。
「彼は、僕の恋人です。」
「初めまして、野伊晶です。」
「さくとお父さん、なんで言っちゃうの・・・?」
「さくら、これは何も恥ずかしいことじゃないんだ。皆の理解が足りないだけ。」
さくらもいずれ分かってくれる時が来ると信じている。
「やだ・・・ ひろみに嫌われちゃう・・・!」
「私の思った通りね。そう、なにも恥じることじゃない。私は女性が好きなのよ。」
「まさか・・・ さくらを誘拐する気!?」
晶はいつもこんな冗談を言う。
こういう冗談も言える世界にしたいという思想もあるのだろうが、この少女に果たしてそれが伝わるのかどうか・・・。
「私はひろみについていきたい」
それから浩美はさくらの遊び相手になり、俺たちもたまに浩美と顔を合わせて話す仲になった。
これでしばらくは安泰だと思った。
さくらは前より笑顔で、とても幸せそうになった。
でも浩美という女、どんどん俺たちから遠ざかっていく。
そしてさくらがどんどん浩美側になっていく。
浩美に出会って三年、ついに浩美はさくらを連れ去って逃げようとした。
「私はさくらをあなたたちの家から奪うわ。さくらもそれを望んでいる。」
何を考えているのか分からないが、まあ少女の家出のような感覚なのだろうと思った。
でもさすがに許すわけにはいかない。
「仲良くやっていけると思ったんだけどな。流石にそれは許さない。」
「追ってくるなら、この刀で相手するわよ。」
やれやれ、狂暴な女だこと。
まあ、俺たちはこの程度の喧嘩で怪我人を出すような素人ではない。
魔術界の喧嘩は激しく、魔術という武器を持っている以上、魔術での戦いに発展しかねない。
しかもこの女、刃物を持っている。
所持が許されているとはいえ、人に向けてふるったら即逮捕だ。
とはいえ、拳で語り合わないとこの女は満足しないだろう。
一度痛い目を見るといい。
「そんな刀一本で何ができるってんだ。さくらだってまだ攻撃魔術は未熟だろう。」
「咲人、この女ただもんじゃないよ。あの刃、一本に見えるけど魔術の見えない刃がもう二本はある。」
ほう、半端ものを自称していたが、俺の目を騙すとはなかなかやるじゃないか。
「みんなやめて!ひろみも、たたかうなんてやめよう?」
「ごめんね、さくら・・・ さくら、最後に聞くよ。本当に家出して大丈夫なんだね?」
「うん、ひろみとなら大丈夫。」
それがただの子供の家出ならいいのだが、さくらが浩美側になっていった事実があるため、少し恐れていたのだ。
「魔術も中途半端な十七のガキにさくらを預けることはできないな。お前はさくらを本当に幸せにできるのか?」
「あなたたちはさくらを幸せにできたの?出来る限りのことを本当に尽くしたの?」
「ああ、もちろんだ。」
俺たちはぶれずに俺たちの理念を貫き通してきた。
そして、その理念に沿って全力を尽くしてきた。
晶だって相当努力してくれたのだ。
「なら、なんでそんな若さでさくらを産んだわけ?あなたたちがもっと大人で経験をたくさん積んでいれば、もっと良い結果になってたわよ。」
「くっ・・・」
全く持って正論だ。
『いつかって、もう作る準備しようよ!咲人は十四歳だけど頭いいし、大人びてるし。お金は僕が稼げる。』
これは晶のせいではない。俺たち二人の問題だ。
そして、ずっと俺の中で引っかかっていたもの。
「いきましょう、さくら。」
「うん。どこまでもひろみについていくよ。」
まずい、後悔を感じていたところの不意を突かれた。
このままでは逃げられてしまう。
俺たちなら傷をつけずに止めることができる。
この女だけならな。
「晶、危ない!」
比較的柔らかい素材でできた棒状の武器が降ってくる。
怪我もなく体術ですべて防いだが、足止めされるには十分のものだった。
さくらが戦闘のための魔術を使ったのだ。
さくらがこんな魔術を使うのは初めて。
間違いない、今回のさくらは本気だ。
俺たちは浩美とさくらを止めきれずに逃がしてしまった。
さくらのことについて詳しい俺たちなら、本気を出せば止められたかもしれない。
それでも逃がしてしまったということは、俺たちはその時本気じゃなかったのかもしれない。
これは俺たちの弱さの塊。
俺たちは、浩美という人物にどこか期待を寄せていたのだ・・・。
のちにさくらを逃がしてしまったのはいい方向に向いた。
だが、別の視点から見れば最悪な方向に向いたともいえる未来が待っているのであった・・・。
どの視点から見ても納得できる内容を書くのはとても難しいです。
でも、それはどの物語を書くうえでも必須なことなんだと思いました。




