1 運命の乙女
本日9/24 コミカライズ「事故チューだったのに!」2巻発売します。
宣伝せねば!! と書き上げた、事故チューしてないけど事故っているヒロインのお話です。
推しの勇者が死んだ――……。
だからせめて、教会に安置されている間に、手向けの花を贈りたいと願った一ファン。
それが私……村娘のポム。
(だったはずなんですけどねぇええええええ――――!?)
豪奢な窓辺。豪奢なカーテン。豪奢な椅子にすっぽり腰掛けた私は、両手を組んで祈るような前頭姿勢で冷や汗を流していた。
全身の震えが止まらない。ガックガクだ。用意された紅茶にも手が付けられない。持った瞬間零して高級な絨毯を汚してしまう気がする。間違いない。やらかす。
外も内も変わらない泥だらけの床なら気にしないが、一目見ただけで輝く絨毯に紅茶を零すなど想像しただけで漏らしそうだ。ダメだ余計に汚い。泥のついた靴での入室だって頭破裂しそうになるくらい心苦しかったのに、なんて想像しているのだ。
ちなみに、恐れ多くて爪先立ちになっている。なるべく接触面積を小さくしようと必死だ。
そんな小心者の私が何故、こんな豪奢な部屋に……VIP控え室にいるのか。
(私が聞きたい!! なんで!?)
頭を抱え、床に爪先が着かないように縮まり、ソファに座りながら団子虫のように丸まる。
(冷静に……冷静にならなくちゃ。その為に事態の把握を……一体何が、何が起こったの……!)
ガクガク震えながら、私はここに辿り着くまで何があったのか、必死に思い返していた。
今日は、私の推し、勇者ランキング第一位の勇者様の、告別式。
私は恐れ多くも、推しに一輪の花を、手向けに来ただけだった――……のに。
(なのに、なんで……亡くなったはずのアルト様とその相棒が、この部屋にいるわけ――!?)
恐怖で丸まる、私の対面に。
ニッコニコの勇者アルトと、げっそりした顔の相棒ノワールが、ソファに座っていた。
この世界には、わらわらと魔王が存在する。
人間と同じように魔族が集落を作り、その頂点に魔王が立つ。集落でひっそり暮す魔王もいるが、中には人間を狩って回る魔王もいる。
人間より小規模な統治で、けれど甚大な被害をもたらす魔王。
その魔王を倒すのが勇者だ。
そして勇者も、たくさんの魔王に比例してたくさんいた。
勇者になるのは簡単だ。一度でも魔王を倒せた者が勇者として認められ、国からの支援を得て、次の魔王討伐が可能となる。
しかし如何せん、どちらも数が多い。
魔王がいるのだから勇者を減らすわけにはいかない。しかし勇者の支援資金もこのままでは底をついてしまう。
勇者を支援するために、国は民衆に勇者のブロマイドやアクリル。グッズ販売をはじめた。
なんでやねん。
さらにランキング……討伐数や壊滅した村への支援数、人気数を集計して、各町村に元気に張り出した。
なにしとんねん。
冷静に考えると、国も迷走、疲れていたのね……となるが、ランキングを始めてから、勇者達の士気がぐんぐん上がった。
何故なら民衆、しっかり踊らされて、助けてくれた勇者や討伐数の多い勇者をすっかり応援する態勢に入り、グッズ購入に意欲的になったからだ。
グッズが売れれば勇者への支援金も増える。
支援金が増えれば勇者も装備を調え、村々への施しもできる。
まさかのWin-Winが成立したのだ。
結果として、長年魔王と勇者の戦いは続き……今現在、すっかり当たり前になった勇者アイドル制度。
それは国の外れにぽつんとある村に棲む私、ポムも熱狂するほど、当たり前に根付いていた。
私は流行病で家族を失った、どこにでもいる貧民だった。貧民でも、グッズが買えなくても、心でずっと応援して推している勇者が存在した。
その最推しが、アルト・ブランシェ様。
ランキング堂々一位―……穢れなき純白の騎士、アルト様だ。
雪のように透き通る真っ白な肌、血のような赤い唇、そして夜闇のように艶やかな黒髪……常に汚れ一つない白銀の甲冑とマントを身に纏い、聖剣で戦う二十代の若き勇者だ。
黙って立っているだけで後光が差して見えるほどの美貌……その神々しさから、老若男女関係なく一瞬で魅了される、まさしく世界一美しい勇者だ。
そんな神々しい姿でありながら、性格は純粋で無邪気。おおらかで寛容な性格をしており、声を掛けられるといつも笑顔で神ファンサしてくれる。むしろ黙って立っている一瞬の方が珍しい。
そしてもちろん、勇者として求められる実力も本物だ。
彼が勇者デビューしてから討伐した魔王の数、22人。下位の勇者が1年で1人倒せれば上等と言われる中で、脅威の実力者だった。当然救われた村も多く、私の住む村もその一つだ。
と言うか実際助けられたからこそ激推しなのだ。
それまでは「推し活? なにそれ生活舐めてんの?」などと思っていたが、価値観が変わった。あれは推す。
どれだけ泥臭く戦っても、ファンサの時は必ず甲冑は綺麗なままだった。それだけだと実は戦っていない問題が発生するが、彼の戦闘シーンは目撃済み。なので、戦っていないなどあり得ない。
それなのに甲冑が綺麗だということは、ファンサ前にしっかり甲冑を磨いて戦いの痕跡を消しているという事。
ファンの前では綺麗な自分でいようと努力しているのだ。
推しのいじらしさ、尊い。
私は貧困でグッズを買えない代わりに、その輝かしい姿を脳裏に刻み、日々美化しながら拝み倒していた。
グッズが買えないからこそ、いつ見ても綺麗な姿の推し、とても助かる。想像しやすくて。
努力する推しに肖り、掃除には常に気を遣ったし身なりにも気を付けた。貧しいからって手抜きするのは怠惰と活を入れて、自力でヘチマ水に辿り着き、村の娘達にも勧めた結果、ちょっとした小金持ちに進化できた。推し様々である。
なんてひっそり推し活を続けていたのだが、そこに届いたのが衝撃的な訃報。
『勇者ランキング一位、アルト・ブランシェ死亡』
誤報でもドッキリでもなく事実と知った瞬間、私の世界の空から太陽がいなくなり雷雨で埋め尽くされ大地に亀裂が走り悲しみの渦で全てがごちゃごちゃにかき混ぜられ数日間の記憶を失った。気付いたときには全財産を抱え、遺体が安置されている教会に向けてガタガタ揺れる馬車の荷台で膝を抱えていた。全て無意識だった。
推しの死が信じられなくて、認めたくなくて、私は事実確認のために生まれてこの方十九年、一度も出たことのなかった村を飛び出していた。
そして辿り着いた教会で知った残酷な事実。
私と似たような経緯で教会に押しかけた信者達の咽び泣く声を耳にして、やっと現実だと脳が理解した。
私は泣いた。おおんおおんと不細工な声を上げて泣いた。
顔から出せる物全部出して泣いたが、まったく恥ずかしくなかった。何故なら周囲に私と同じ顔をした人間が、それこそ老若男女関係なくひしめいていたからだ。
ランキング一位の勇者の人気は本物だった。
それからすぐ教会の人が現れて、お悔やみの言葉とせっかく来たのだからと、一人一輪ずつ手向けの花を贈ることが許された。
例外中の例外だが、それだけ人が集まって暴動が起きそうな空気を感じたのだろう。誰もが泣きながら花を手に、急遽、告別式が行われた。
私も白い花を片手に、その行列に並んだ。
そして私の順番がやって来た、その時に。
教会に辿り着くまで一睡もせず、休みなく馬車に揺られてきた疲労と、推しの死を実感した精神的苦痛で……膝から力が抜けた。
こう、がくっと、前のめりに。
私の順番がやって来て、推しが眠る棺の前までやってきていた私は……頭から、推しの棺に突っ込んだ。
(ほぎゃーー――――ッ!!)
心の中で盛大に悲鳴を上げ、周囲のざわめきから逃れるように身を起こそうとして。
(おぎょぇーーーーーッ!!)
手を置いた場所が悪かったのか、そのまま棺と一緒に台座からひっくり返って床に転がった。
推しの遺体と一緒に。
推しが地面に転がった。
(あぎゃ――――――ッ!!)
なんたる罰当たり。
なんたる罰当たりッ!!
「申し訳ございません切腹でお詫びします介錯はいりませぇんん……!?」
倒れて手を着いた時、ぐしゃりと何か潰れた。柔らかくて、林檎の香りがする。手元を見ると棺の中の花があちこちに散らばっていた。
ファンが手向けた花。それすらもひっくり返し、潰してしまった。天蓋突破する罪悪感に、立ち上がることなくその場で土下座する。もう切腹で詫びるしかないと覚悟を決めて。
「ケホッ」
小さく咳が聞こえた。
続いて響いた高い悲鳴に、ぎょっと顔を上げる。
そして、ぱっちりとした黒い目と、目が合った。
――雪のように透き通った白い肌。血のように赤い唇。夜闇のように艶やかな黒髪……と同じ色をした、星々の輝く黒い目と。
ぱっちりバッチリ、目が合った。
「……君は、誰?」
「!? ……!?!?」
しかも喋った。
――先程まで、棺桶で眠っていたはずの勇者の遺体が……何事もなかったかのように、起き上がり言葉を発したのである!
そうと理解した瞬間、目撃者となったファンは悲鳴を上げた――歓喜で。
「アルト様! アルト様! アルト様が生き返ったぁあああああ!!」
「奇跡だ! さすがアルト様、奇跡を起こす勇者様!」
「違うわキスよ! あの子がキスしたのよ!」
「真実の愛だ……真実の愛が、勇者を死の淵から呼び戻したんだ!」
「ば、バンザイ! 勇者アルトと奇跡の乙女万歳!!」
ばんざーいっ! ばんざーい!!
わっと誰もが手にした花を宙に放り投げ、大喜び。
空から降ってくる白い花がポテポテ当たって痛い。
呆然と周囲を見渡し、自分に何が起こったのか理解したらしい勇者アルトは……目を輝かせて、私の手を取った。
「君が助けてくれたのか! ありがとう! つまり、君こそが俺の運命の乙女だ!」
「ぎゃぴ――――――!!」
私は悲鳴を上げた。濁った高音で叫んだ。
「ちが、ちがちがちがちがががががっ」
「血が?」
「ちがーう!! 私は運命の乙女なんかじゃなーい!!」
悲鳴を上げた私は恐れ多くもアルト様の手を振り払い、教会の出口に向かって走った。あ、待って! と推しの声がしたが聞こえない。あれは私にむけてではない。
何故なら、何故なら。
「推しに認知されるなんて違うー!!」
間違えた。
「キスじゃなくて頭突き!! あれ頭突きですからぁ――――ッ!!」
叫び、教会の外へ飛び立とうとした私は。
勇者の相棒、ノワール様に秒で捕まった。
事故っている……。




