第一話 副長任命
みなさんこんにちは、詩乃丸です
今回から新作を開始します
今作のコンセプトは「宇宙×潜水艦」のSFです
「現代潜水艦の戦いを宇宙に持ってくるとしたらどうなるんだろう?」と考察し、出来上がった作品になります
どうぞ楽しんでいってください
西暦2507年10月3日
惑星セレスティア 軌道上居住地 士官候補生寮
約8時間の睡眠時間を経て、士官候補生のアリシア・セレスは起床時刻を鳴らすアラームを鳴る前に止めた。
士官として起床時刻は体に染み付いていたのか、特段ひどい眠気などはなく、そのまますんなり起きれた。
窓を開け、軌道上居住地の反射された太陽光を部屋に入れる。
士官学校から与えられた個室を裸足で歩き、下着の上から軍の制服を羽織る。上質な白いブラウスに、上質な青と金色の刺繍が目立つ上着。
それは地球のある太陽系から約数千光年離れた『たて・ケンタウロス腕』の領域に存在する恒星間国家、アルヴィオン王国の正規軍の制服だった。
「……よし」
アリシアは誰に言うでもなく、鏡に映る制服姿の自分を見ながら身を引き締めた。
ショートで纏められた黒い髪に、可もなく不可もない背丈。
しかし相変わらず、華奢な体だと思った。齢16歳にもなるのに体付きは良くならない。軍人の端くれなので体力は相応についているつもりだが、これでは将来の予後が心配に思う。
まあしかし、自身の歩む事になる王国軍の艦隊勤務ではそのような体力作りも必要ないのかもしれない。
アリシアは自分をそう安心させ、余計な邪念を振り払い、今日一日を始める事にした。
数分後
惑星セレスティア 王立宇宙軍星系軍港
眼下に広がるアルヴィオン王国の第二居住惑星セレスティアは、豊かな水が惑星の82%を占める海洋惑星だ。
宇宙から見るとその青さが際立つ。あの青い惑星はかつての地球に迫る美しさだが、海の色が若干水色に近いのは物質的な特徴だった。
そしてこの軌道上居住地は、セレスティアの土地不足を補う目的で作られたコロニーだ。ここには民間人含め、多くの人々が住んでいる。
アリシアは艦隊司令長官の執務室に呼び出され、左手にセレスティアが見える窓の大きな執務室の一室に失礼していた。
「配属先が決まったのですか」
その言葉に対し、王立宇宙軍第二艦隊司令長官のルゲイ・テオドールから端末にデータを渡されたアリシアは、驚き半分の気持ちでその文面を確認した。
ルゲイ司令長官はその問いに対し、静かに頷く。
「そうだ。これまでは配属先の新造艦の就役が遅れていたため任官が数ヶ月保留になっていたが、このたび受け入れ先の準備が整ったため、正式に任官となる」
「では、私の役職も決まっているのですか?」
「次のページを見てみろ」
アリシアは腕に巻きつけたホロ端末内の書類データをめくった。
乗組員達の配属先の名簿の中に、『王立宇宙軍・深層試験潜航艦〈エデン〉副長:アリシア・セレス』と言う文字が入っている。
その文面に目を疑った。
「私が……副長?」
「そうだ」
「失礼ですが、私に務まるでしょうか……?」
「務まる」
「そうでしょうか……」
「史上最高の成績を叩き出した第94期生の首席がそれを言うかね?謙遜も行きすぎると反感を買うぞ」
「し、失礼しました……」
「いい。まあ今回の案件は船だけでなく、艦長以下乗組員達も特殊だからな。若い候補生達を纏めつつ、艦長の意見を聞けるのは君しかいない」
ルゲイにそう言われ、アリシアは再び名簿に目を下ろした。
乗組員のうち、司令室要員の面々は見知った名前だった。自分の同期の面子ばかり、だとすると全体的に若い。
ただ見知った顔の同期達がいるなら、それを見知った顔の私がまとめる必要がある。そう言いたいのだろう。
問題は、艦長の名前に見覚えがない事だった。艦長の欄には『レイ・アルスター大佐』とだけ書かれている。
「アルスター……」
アリシアはその名前に聞き覚えがあったので、思わず呟いた。
「今回君が配属する潜航艦の中で、数少ない正規の軍人だ。君に求められるのは彼の意見を聞き、候補生達にそれを伝えるものだ」
「つまり潤滑油……」
「そう捉えてもらっても構わない」
「船が特殊、というのは?」
「それについてだが──」
ルゲイ司令官は一呼吸置き、手元のホロ端末の電源を入れ、素早く操作し始めた。
「見ろ。これが君の乗る船の概略図だ」
「これは……」
「見てわかるだろう? 潜航艦というだけでも特殊だが、この船は普通の潜航艦とも一線を画している」
ルゲイの端末から投影された立体映像を見て、アリシアはしばらく言葉を失った。
知ってはいたが、映し出されている艦影は彼女が士官学校で見慣れてきた通常の宇宙艦艇とは大きく異なっていた。
細長く、黒い。
砲塔もなければ、宇宙軍艦艇にありがちな複雑な外部構造もほとんど見当たらない。
まるで巨大な魚か、あるいは遥か昔、地球の海を航行していたという潜水艦をそのまま宇宙へ持ち込んだような姿だった。
そして何より目を引くのは、船体各所を取り囲む三つの巨大な環状構造物だった。
「アルクビエレ・リング……」
アリシアの呟きに、ルゲイは頷いた。
「知っての通り、現代の一般的な宇宙船ではほとんど見なくなった代物だ」
人類が亜空間航行を実用化した初期の頃、宇宙船はこの巨大なリング状構造物によって自艦の周囲に現実領域を作り出し、それを維持したまま亜空間へ侵入していた。
だが、それはあまりに大掛かりで高コストだった。
やがて技術が進歩すると、艦そのものを前進させ続けることで因果状態を安定させる、より簡便な航走方式が普及した。
現在の客船も貨物船も、そして大半の軍艦もそうだ。
それらは亜空間に入れば、止まらない。
いや、正確には『止まれない』構造をしている。
「通常艦艇は亜空間内で最低維持遷移率を下回れば、現実性を保てなくなります」
アリシアは士官学校で習った知識を思い返しながら答えた。
「最悪の場合、強制的に通常空間へ弾き出される……ですよね?」
「その通り」
ルゲイが満足そうに頷く。
「つまり通常艦にとって亜空間とは、通路だ。どれほど広大でも、基本的には入って、進んで、出るだけの場所に過ぎない」
そこでルゲイは、立体映像のリング部分を指で拡大した。
「だが潜航艦は違う。こいつらは捨てられたはずの古いリング技術を使い、自分の周囲の現実性を強制的に固定する」
「だから……待ち伏せできる」
「そうだ」
その一言で、アリシアにも潜航艦という艦種の異様さが改めて理解できた。
亜空間の中で停止する。それだけなら聞こえは単純だった。だが、通常艦艇からすれば、それは海中で魚が泳ぐような話ではない。
例えるなら、急流の中で流されることなく、その場に留まり続けるようなものだ。
しかも、停止してしまえば亜空間で存在が露見する原因である『航跡』もほとんど残らない。
亜空間の暗闇のどこかに潜み、ワープ中の敵が通過するのを待つ。そして近づいてきたところへ光子魚雷を撃ち込む。
それが潜航艦だった。
「ただな。こいつはそれだけではない」
ルゲイは表示を切り替えた。
今度は亜空間の深度、すなわち『レイヤー』を表す簡略図が現れる。
レイヤー1から3までの領域。
そして、その下。
「通常の現用潜航艦が安定して活動できるのは、概ねレイヤー3までだ」
「はい」
「それより下は?」
「理論上存在する深層領域。レイヤー4以深は現実保持の負荷が急激に増大するため、実用艦の航行例は極めて少ない……と習いました」
「正しい」
ルゲイはそこで、少しだけ口元を歪めた。
「だが〈エデン〉は、その『極めて少ない』例を量産するための試験艦じゃない」
アリシアは顔を上げた。
「では?」
「もっと下へ行くための船だ」
一瞬、彼の言っている言葉の意味を理解できなかった。
「……下?」
「レイヤー5だよ」
ルゲイは淡々と言った。
レイヤー5とは、理論上存在すると言われているレイヤー4領域のさらに下だ。
先ほど述べた通り、レイヤー4の段階で現実の保持に掛かる負荷は急激に増大する。
そのためレイヤー5とは、未だ人類が到達するどころか、観測したことすらもない未知の領域である。
「そして最終的には、そこを領域として活動する」
その領域を、この船は領域として活動しようとしている。
アリシアは不気味に思い、再び艦の立体映像を見た。先ほどまで単に不格好に見えていた巨大なリングが、急に別のものに見え始める。
通常艦には不要で、現用潜航艦にすら必要以上の数のリング。それほど巨大な装置を、この艦は三本も背負っている。
「そんなことが可能なんですか?」
「だから試験する」
「……なるほど」
非常に軍人らしい答えだった。
だが、問題はそれだけではない。
アリシアはもう一度乗員名簿へ目を落とす。
そこに記された艦長の『レイ・アルスター大佐』という名前。
「アルスターということは……」
「気づいたか」
「エマ・アルスター博士と関係が?」
「実子だ」
「……やっぱり」
アリシアは小さく息を吐いた。
エマ・アルスター。
亜空間理論を多少なりとも学んだ人間なら、その名前を知らない者は少ない。
一般向けの著書でも知られているが、本来は深層亜空間研究の権威だった人物である。
「レイ・アルスター大佐は、博士の研究を継いだ物理学者だ」
「軍人ではなく?」
「軍籍は持っている。だが本人に聞けば、十中八九『物理学者だ』と答えるだろう」
「それで潜航艦の艦長を?」
「〈エデン〉そのものが、彼の理論を基にしている」
そこでようやく、アリシアは先ほどの言葉の意味を理解した。
──数少ない正規の軍人。
つまり、この艦は普通の軍艦ではない。
技術者、研究者、若い士官候補生、そして物理学者の艦長。
いわば巨大な実験室を、そのまま軍艦に仕立てたような船なのだ。
「……だから私が必要だと」
「そういうことだ」
ルゲイは椅子へ深く腰掛け直した。
「アルスター大佐は優秀だ。私が保証する。少なくとも理論と操艦に関して、王国軍で彼以上の人間はそういない」
「ずいぶん高い評価ですね」
「問題は、それ以外が壊滅的なことだ」
「……はい?」
「人間に説明するのが下手だ」
ルゲイは真顔だった。
「本人の頭の中では十段階先まで結論が出ている。だが、それを一段目から順番に説明するという発想がない」
「それ、艦長としてかなり問題なのでは……」
「だから君を副長にした」
あまりにも迷いのない返答に、アリシアは何も言えなくなった。
「君の成績を評価したのはもちろんだ。だがそれだけではない。教官たちの報告書を読ませてもらった」
「……何と?」
「『自分が正しいと判断した場合、上級者相手でも遠慮なく意見する』」
「…………」
「『ただし反抗的なのではなく、相手の意見を理解した上で反論する傾向あり』」
「司令、それ以上は結構です」
「まだあるぞ」
「結構です」
思わず少し強い口調になった。
ルゲイは小さく笑った。
「まあ、そういうところだ」
アリシアはため息を押し殺した。
どうやら自分が思っていた以上に、自分の学生生活というものは記録されていたらしい。
だが、それなら確かに役割は理解できる。
艦長が極端な理論家。
司令室要員の多くは自分と同年代。
実験艦であり、誰も経験したことのない領域へ潜る。
副長には単なる艦長補佐以上に、艦内をまとめる役割が必要になる。
──それを、私にやれと。
アリシアは改めて自分に割り当てられた『副長』という名前の重さを見る
十六歳で、士官候補生。
そして今日からは、軍艦の副長。不安がないと言えば嘘になる。
むしろ不安しかなかった。
それでも、その不安を理由に、ここで逃げたくはなかった。
「一つ、質問してもよろしいでしょうか」
「何だ」
「この任官は、辞退できますか?」
ルゲイは少しだけ眉を上げた。
だが答えはすぐだった。
「できる」
「……そうですか」
「試験艦だ。しかも危険性については軍も完全には把握していない。強制するつもりはない」
その答えを聞いて、アリシアは数秒だけ黙った。
そして端末を閉じた。
背筋を伸ばす。
踵を揃える。
士官候補生として何度も練習してきた動作だったが、今日ばかりは少し違って感じられた。
「王立宇宙軍士官候補生、アリシア・セレス」
ルゲイが黙って彼女を見る。
「本日付をもって発令された、深層試験潜航艦〈エデン〉副長への任官──」
一瞬だけ、喉が乾いた。
それでも言葉は止まらなかった。
「謹んで、お受けいたします」
アリシアは敬礼した。
ルゲイも立ち上がり、答礼する。
「よろしい」
その声は、先ほどまでよりわずかに厳格だった。
「ではアリシア・セレス少尉。本日より君を、王立宇宙軍深層試験潜航艦〈エデン〉副長に任ずる」
「はい」
「歓迎するよ、士官殿」
その言葉を聞いた瞬間、候補生として過ごした時間が終わった。
だがアリシアはまだ知らない。
自分がこれから乗り込むその黒い潜航艦が、ただ深い亜空間へ潜るためだけに造られた船ではないことを。
この時の彼女は、まだ何も知らなかった。




