表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神速の陰陽師 〜幕末艶武伝〜  作者: 風花
第一章:神速の刃と淫らな糸
1/29

壬生の狼と、不遜なる死神

 元治元年、京の夜は、血と硝煙、そして淀んだ霊気の匂いに満ちていた。

 島原の片隅、客足の途絶えた茶屋の奥座敷。


「……また、やられた。今度は土方隊の隊士だ」

 低い、地を這うような声の主は、新選組副長・土方歳三である。その端正な顔は、怒りと焦燥で険しく歪んでいた。彼の前には、無造作に置かれた「死体」の検分記録がある。全身の血を吸い尽くされ、白い糸で繭のように巻かれた無残な姿。

「刀を抜く間もなかったそうだ。壬生の狼が、手も足も出ずに糸で吊るされた。……笑えねえ冗談だ」

「くかか、違いねえ。狼というより、蜘蛛の巣にかかった蝿だな」

 土方の殺気混じりの言葉を、軽薄な笑い飛ばす男がいた。


 土御門 凱夜。

 漆黒の着物をはだけさせ、鍛え上げられた胸元を晒したまま、行儀悪く胡坐をかいている。腰には二本の業物。土御門の名を冠しながら、その佇まいは高潔な陰陽師とは程遠く、野良犬のような荒々しさと、女を狂わせる毒のような色気を撒き散らしていた。

「貴様……。相変わらず、口の減らない男だ」

「褒め言葉として受け取っておくぜ、トシ。それで? 俺を呼んだってことは、表の役人じゃあその『蜘蛛』を掃き掃除できねえってことだろ」

 土方は忌々しげに懐から重みのある袋――小判の詰まった袋を放り投げた。凱夜はそれを片手で受け止め、中身を確認することもなく懐に放り込む。

「金は確かに。……で、もう一つの『報酬』はどうした?」

 土方のこめかみに青筋が浮かぶ。

「手配してある。島原でも指折りの太夫を、一晩貸し切りだ。……ただし、仕事が済んで貴様が生きていればの話だがな」

「違いねえ。死んだら女を抱けねえからな」

 凱夜は立ち上がり、腰の刀の鯉口を親指で軽く切った。

 カチリ、という硬質な音が座敷に響く。その瞬間、男の纏う空気が一変した。

 先ほどまでの放蕩者の気配が消え、夜の闇を物理的に切り裂くような、鋭利で暴力的な霊圧が室内に満ちる。


「さて。その蜘蛛女、今夜のうちに俺の女にしてやるよ。……あいにく、俺は縛られるのは嫌いじゃねえが、縛りっぱなしの女は放っておけねえ質でね」

 凱夜は土方の横を通り抜け、闇に包まれた京の街へと踏み出した。

「おい、凱夜」

 背後から土方の声が飛ぶ。

「相手はただの化け物じゃねえ。長州あたりの裏陰陽師が、異国の魔術を混ぜて作り出した『呪い』だ。……しくじるなよ」

「誰に言ってる」

 凱夜は振り返りもせず、片手を上げた。

「俺は土御門の死神だ。地獄の沙汰も、俺の気分次第だってことを教えてやるよ」

 闇夜に消えていく黒い背中。

 その先で待ち受けているのは、銀の糸で京を絞め殺そうとする、哀しき怪物であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ