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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第53話 巨大亀の浮上と、甲羅の上の宴

 ギリリリリィィィィッ!


 静寂に包まれていた最深部の湖畔に、金属が極限まで引き伸ばされる甲高い悲鳴が響き渡った。

 籐子が組み上げた『全自動魔導釣り竿』の巨大なリールが、異常な速度で逆回転を始めている。湖底へ向けて垂らされたミスリル製のワイヤーは、まるで巨大な弓の弦のように張り詰め、今にも千切れそうなほどのテンションを保っていた。


「ちょっと! なにこれ、出力の限界値を超えてるわよ! どんな質量が食いついてるの!?」

「籐子、リールのロックを外すな! 巻き上げ機構に全魔力を回せ!」


 俺は釣り竿の強固な土台を背中で支えながら、『極・生活魔法』の干渉領域を足元の地盤全体に展開した。土の密度を強制的に書き換え、コンクリート以上の硬度に固めて踏ん張る。並の探索者なら1瞬で湖に引きずり込まれるであろう理不尽な引力。

 だが、岩山のように仕上がった俺の筋肉と、生活魔法による物理的な固定が、なんとかその力と拮抗していた。


「巻き上げるわよ……ッ!」


 籐子がコンソールのレバーを押し込むと、無骨な金属の表面に刻まれた魔導回路が激しく発光した。キュイィィンという駆動音がさらに高くなり、リールが無理やりワイヤーを巻き取り始める。

 ズズズズズッ、と湖面が異様な盛り上がりを見せた。

 青白い発光苔の光を反射していた静かな水面が、内側からの巨大な圧力によってドーム状に膨らむ。次の瞬間、爆発的な水柱と共に『それ』は姿を現した。


「……嘘、でしょ」


 背後でハナが呆然と呟いた。

 ざばぁぁぁっ、とナイアガラの滝のような大量の湖水を周囲に撒き散らしながら浮上してきたのは、文字通り『小島』と見紛うほどの途方もない巨体だった。

 暗緑色に苔むした、岩盤のように分厚く広大な甲羅。太い丸太のような四肢には、水を掻くための強靭な水掻きと、岩をも砕きそうな鋭い爪が備わっている。そこから長く伸びた頭部は、古の恐竜を思わせる無骨で獰猛な造形をしていた。

 アビス・ゲンブ。深淵の湖底に何百年、あるいは何千年も潜み続けていたであろう、規格外の主。


『ゴォォォォォォォォォォッ……!!』


 空気を震わせるのではなく、腹の底に直接響くような重低音の咆哮。

 自身の縄張りを無理やり引きずり出された怒りと、侵入者に対する絶対的な威圧。Sランクの魔物すら即死しかねない濃密な魔力のプレッシャーが、突風となってキャンプサイトの木々を激しく揺らした。


「……ッ!」


 エミリアが顔を強張らせて大剣を抜き放ち、ユジンが両手の刃を構えて姿勢を低くする。クロエの後ろに控える私兵たちも、一斉に魔力障壁の展開準備に入った。


 だが、彼女たちが動くよりも早く、俺の足元から1つの影が前に出た。

 豆柴サイズに縮んでいたハクだ。

 ハクは唸り声1つ上げなかった。ただ静かにゲンブを見据え、その小さな身体から、底知れない、凍てつくような殺気を放つ。

 物理的な風が止んだ。湖面を揺らしていた波が、不自然なほどピタリと静止する。

 空間がミシミシと軋み、一触即発の空気が最深部を支配した。どちらかがわずかでも動けば、この湖畔の地形そのものが消し飛ぶような衝突が起こる。


「……やれやれ」


 俺は張り詰めたワイヤーから手を離し、大きく息を吐いた。

 そして、アイテムボックスから特大の焼き網を取り出し、無造作にかまどの上に置いた。


「釣ったからには、食うか。すっぽん鍋みたいにいい出汁が出そうだしな」


 俺がアイテムボックスから特大の焼き網を取り出し、かまどに置いた瞬間。その『飯の準備』の音に、ハクの耳がピクッと動いた。 途端に、ゲンブへ向けられていた恐ろしい殺気が嘘のように霧散する。敵への威嚇よりも食い意地が勝ったのか、「ご飯だ!」とばかりに短い尻尾をパタパタと振り始め、完全にただの飯待ちの犬モードへと切り替わってしまったのだ。 突然プレッシャーを失ったゲンブが、戸惑ったように瞬きをして首を傾げる。


「……冗談だ。こんな硬そうな甲羅を解体するのはご免だからな」


 俺は苦笑して首を振り、手早くかまどに備長炭を並べ、『極・生活魔法』で1気に最適な温度まで着火した。

 代わりにアイテムボックスから取り出したのは、先日の美食フェスで余っていたコカトリスのモモ肉や、アビス・ベヒーモスの内臓肉だ。それらを親指ほどの大きさに切り分け、太い竹串に次々と刺していく。

 1本が通常の10倍はある、特大の串打ち。


 カンカンに熱された網の上に、塩を振ったモモ肉とネギのねぎまを乗せる。

 ジュゥゥゥゥッ!

 皮目から滴り落ちた上質な脂が炭火に触れ、白く濃厚な煙となって立ち昇った。

 続いて、ベヒーモスのレバーや、紫蘇をたっぷりと練り込んだつくねの串を、自家製の熟成ダレを張った壺にどっぷりと浸し、網へ戻す。

 醤油、みりん、ザラメ、そして魔獣の骨を煮込んで作ったタレが炭火で焦げる、暴力的なまでに香ばしい匂い。


 足元ではハクがすでにヘソ天の姿勢に戻り、滝のようなヨダレを流している。

 そして湖面では、小島のようなゲンブが、タレの強烈な匂いに釣られてすっかり威嚇を忘れたのか、戸惑ったように首を伸ばしてこちらの様子を窺っていた。鼻の穴が、ヒクヒクと忙しなく動いている。


「よし、焼けたぞ。ゲンブ、お前はデカいからこっちだ」


 俺は、おとなしく岸辺に巨体を寄せていたゲンブの、広大な甲羅の上にヒョイと飛び乗った。岩のように安定した甲羅の上は、まるでちょっとしたお座敷のようだ。

 甲羅の縁に腰掛け、焼き上がった特大の串をゲンブの顔の前に突き出す。

 ゲンブは大きな口を開け、串ごとバクリと呑み込んだ。数秒の咀嚼の後、その恐竜のような丸い目が、驚きにカッと見開かれる。


「クァッ……!」

「美味いだろ。次はタレのレバーだ。こっちの皆も、冷めないうちに食えよ」


 俺は甲羅の上から、エミリアたちに大皿に盛った串を渡し、自分も1本手に取った。

 パリッと香ばしく焼けた皮の食感の直後、プリッとしたモモ肉から熱々の肉汁が溢れ出す。間に挟まったアビス・ネギのトロトロの甘みが、肉の強い旨味を完璧に中和し、また次の1口を要求してくる。


 タレの焦げたレバーは、全く臭みがない。ねっとりとした濃厚な鉄分とコクが、甘辛いタレと絡み合って舌にまとわりつく。

 この濃い味を迎え撃つには、当然『あれ』が必要だ。


 俺はアイテムボックスから、陶器の徳利と、小さなガラス瓶を取り出した。

 まずは、九州のダンジョン周辺で造られた、芋の香りが強い本格焼酎。それを、生活魔法で沸かした80度ほどの湯で割る。6対4のお湯割りだ。

 湯気と共に立ち昇る、芋のふくよかで甘い香り。

 1口すすると、温かいアルコールが食道をじんわりと下っていき、焼き鳥の脂を綺麗に洗い流してくれる。腹の底から、ほうっと息が漏れた。


「ヒロトさん、その白いお酒は……?」


 甲羅の端に座り、つくねを頬張っていたハナが、もう1つの瓶を指差した。今日の彼女はパンツスーツではなく、少しゆったりとしたニット姿だ。


「こっちはどぶろくだ。米の甘みと乳酸菌の酸味が効いてて、タレの焼き鳥には最高に合う。飲むか?」

「……いただきます」


 ハナのグラスに、白く濁ったとろみのある液体を注ぐ。

 彼女はそれを1口含み、目を細めた。


「……美味しい。もろみの舌触りが心地よくて、ヨーグルトみたいな爽やかな酸味があるのに、お米の濃厚な甘みと、しっかりとしたお酒の芯があって……タレの甘辛さと、ものすごく合いますね」


 彼女はすっかりチーフアナリストの重圧を忘れ、赤坂の路地裏にある行きつけの店にでもいるかのように、どぶろくのグラスを傾けて焼き鳥を味わっている。

 岸辺では、エミリアとユジンも「このネギ、お肉より甘いです!」「塩気がたまらないわ!」と騒ぎながら次々と串を平らげていた。クロエは私兵にワインを注がせながら、優雅にタレのつくねを口に運んでいる。久美子は木陰で膝を抱え、マイペースにレバーをかじっていた。

 ハクはゲンブの横で、自分用に用意されたタレまみれの肉を幸せそうに咀嚼している。


 宴が落ち着き、かまどの炭火が静かな赤色に変わる頃。

 俺はアイテムボックスから手回しのミルを取り出し、深煎りの豆を挽き始めた。

 豆を挽く小気味良い音が、夜の空気に吸い込まれていく。

 ケトルから細く湯を注ぐと、粉がふっくらとドーム状に膨らみ、丁寧にドリップされたコーヒーの深い苦味と香りが周囲に漂い始めた。焼酎と肉の脂で満たされた胃袋を、優しく、静かに鎮めてくれる。


 見上げれば、疑似太陽が落ちた岩盤の天井には、発光苔が淡いブルーの燐光を湛えていた。

 隣にはすっかり大人しくなった巨大亀と、丸くなっている白い神獣。

 マグカップの温もりを両手で感じながら、俺はコーヒーをゆっくりと1口すすった。

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