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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第2話 死ぬ前に最高の飯を食おう

 画面の向こうの熱狂など、今の俺にはどうでもよかった。

 目の前にいる毛玉の塊――かつて人類を恐怖に陥れたという神話の魔獣が、俺の膝に巨大な前足を乗せ、尻尾をちぎれんばかりに振って次の肉を要求している現実の方が、よほど切実だったからだ。


「わかった、わかった。落ち着けって。お前のその体格で押し掛かられたら、俺の腰が折れる」


 言葉が通じているのかは怪しいが、俺が片手でその分厚く柔らかな胸毛を押し返すと、フェンリルは「クゥーン」と喉の奥で情けない音を鳴らし、再びお座りの姿勢に戻った。だが、その瞳は俺の手元を――正確には、俺が虚空に手を伸ばす動作を――一点の曇りもなく見つめている。

 少し離れた岩の上に立てかけてある配信端末では、どうやら俺の遺言代わりのヤケクソ生放送が電波の壁を越えて地上に届いてしまっているらしい。同接のカウンターは見たこともない速度で跳ね上がり続けている。


 だが、そんなことにかまけている余裕はない。目の前にいる腹を空かせた巨大な客の腹の虫が、地鳴りのように盛大に鳴っているのだ。


「どうせここで死ぬんだ。出し惜しみはしない」


 俺はアイテムボックスを展開し、虚空から新たな食材を引きずり出した。美しい霜降りの網目が入った、およそ五キロはある和牛のブロック肉だ。それを見たフェンリルが「ウォフッ」と短い鳴き声を上げ、たまらないといった様子で口元からヨダレを滴らせた。それが足元の草を濡らす様は、もはや小さな滝である。


「お前、さっきの一切れじゃ全然足りないだろ。今、本格的に焼いてやるから待ってろ」


 俺は立ち上がり、キャンプサイトの構築に取り掛かった。先ほどはとりあえず火を起こして肉を焼いただけだが、どうやら俺の最期はもう少し先になりそうだし、何より腹を空かせた巨大な客を待たせている。ならば、最高の空間で最高の飯を食うのが礼儀というものだろう。


 俺は『極・生活魔法』を発動した。


 無言で指先を動かす。魔法の制御は、長年体に染み付いた呼吸のようなものだ。魔力を地面へと流し込み、土中の水分と鉱物を直接操作する。〈整地〉の魔法を応用し、周囲の土と石を隆起させて、大きな鉄板とダッチオーブンを同時に置ける頑丈な石造りのかまどを数秒で形成した。さらに、集めておいた太めの薪を追加して〈着火〉の魔法を放つ。


 続いて、アイテムボックスから大型のティピーテントを取り出す。通常ならペグを一つ一つハンマーで打ち込み、重いポールを立てるのに手間がかかる作業だ。だが、俺は生活魔法の〈硬化〉でペグと周囲の土を同化させるように一瞬で固定し、ポールを立てる動作も魔力による物理的な補助で軽々と持ち上げる。ものの数分で、湖畔の平地に立派な居住空間が完成した。仕上げに〈防虫〉と〈浄化〉の魔法をテントの周囲に張り巡らせ、虫一匹寄り付かない完全な安全地帯を作り出す。見上げれば最深部の疑似太陽が輝いているが、やがてはここも暗くなるはずだ。寝床の確保は早いに越したことはない。


 端末の画面の端で、コメントの流れる速度が一段と上がった気がした。


『おいおい、今の魔法何だよ』

『かまどが勝手に生えてきたんだが!?』

『土属性の特級魔法か? いや、無詠唱だったぞ』

『見えない精霊でも使役してるのか?』

『っていうか、おっさんじゃなくてあの犬が魔法使ってる説ないか?』


 視聴者たちは俺の生活魔法を何かの高度な戦闘魔法や精霊術だと勘違いしているようだが、俺は画面から目を逸らし、極厚の鉄板をかまどに乗せた。


 十分に熱した鉄板に、牛脂を滑らせる。ジュワッという音と共に白い煙が立ち上り、鉄板の表面が滑らかにコーティングされていく。


「いくぞ」


 五キロのブロック肉を、そのまま鉄板の真ん中に叩きつけた。


 ジューーーーーッ!!


 弾けるような爆音と同時に、脂の焼ける強烈な香りが周囲の空気を支配した。分厚い肉の表面を、強火で一気にコーティングして旨味を閉じ込める。魔力を極限まで練り込み、対象の芯から熱を生み出すようにかまどの火力を調整し、肉の内部への熱の通り具合をミリ単位で把握する。鉄板に接している面のタンパク質が変性し、メイラード反応を起こして極上の焼き色と香ばしさを生み出していく。


 表面に美しい焼き色がついたところで、トングで肉を挟んで鉄板から引き上げ、あらかじめ熱しておいたダッチオーブンの中に放り込む。肉の横にフレッシュなローズマリーなどのハーブの束と、皮付きのまま半分に切ったニンニクを投げ入れ、重い鉄の蓋をして上からも真っ赤に熾った炭を乗せる。ここからは全方位からの遠赤外線で、じっくりと内部まで熱を通す時間だ。


「その間に、もう一品作るか」


 フェンリルがダッチオーブンに鼻を近づけようとするので、「まだだ、鼻を火傷するぞ」と鼻面を軽く叩いて押し返した。人類の脅威であるボスの鼻を叩くなど正気の沙汰ではないが、今のこいつはどう見てもただの食い意地が張った大型犬だ。


 俺は別のフライパンを火にかけ、細かく刻んだニンニクと牛脂を炒め始めた。チリチリとニンニクが色づき、食欲を掻き立てる香りが立ったところに、アイテムボックスの中で時間を止めて保存しておいた炊きたての白飯を投入する。


 フライパンを煽り、白飯がパラパラになるまで手早く炒める。米の一粒一粒を牛脂でコーティングし、先ほど肉を焼いた鉄板に残っていた肉汁をヘラで削り取って絡ませる。仕上げに粗挽きの黒胡椒と、俺特製のスパイス醤油を鍋肌に沿って回しかけた。


 ジュワァァァッ!


 香ばしい醤油の焦げる匂いが、草原の風に乗って一気に広がっていく。フェンリルの喉が、ゴクリと大きく鳴る音がはっきりと聞こえた。


「よし、ガーリックライスの完成だ。肉の方も……いい頃合いだな」


 ダッチオーブンの蓋を専用のリフターで持ち上げる。熱気と共に、ハーブの清涼感とニンニクの濃厚な香りを纏った肉の塊が姿を現した。木のまな板に移し、鋭く研いだナイフを入れる。表面のカリッとした感触の直後、刃が吸い込まれるように沈んでいった。


 断面からは、完璧なロゼ色に染まった肉と、透き通った肉汁がとめどなく溢れ出している。


「完璧だ」


 俺は大きな木のボウルにガーリックライスを山盛りにし、その上に分厚く切り分けたステーキを豪快に乗せた。ステーキソースの代わりに、岩塩とすりおろしたばかりのワサビを少しだけ添える。上質な脂の甘みには、このシンプルな味付けが一番合う。


「ほら、食え。熱いから気をつけろよ」


 フェンリルの前にボウルを置いてやると、神獣は我を忘れたように食らいついた。ガツッ、ガツッ、とすさまじい勢いで咀嚼し、ガーリックライスごと分厚い肉を飲み込んでいく。あれだけ熱々の状態だったはずなのに、火傷など気にする素振りもない。


 俺も自分用の木の皿を手に取り、肉と飯を同時に掻き込んだ。


「……っ!」


 噛み締めた瞬間、濃厚な肉の旨味と、ガーリックのパンチが効いた米が口の中で渾然一体となって爆発した。米粒に染み込んだ肉汁とスパイス醤油の塩気が、肉の脂の甘さを限界まで引き上げている。そして後から追いかけてくるワサビのツンとした辛味が、脂のくどさを綺麗に洗い流し、すぐさま次の一口を強烈に要求してくるのだ。


 一心不乱に肉を咀嚼しながら、ふと「赫き剣」の連中にこき使われていた日々が脳裏をよぎった。


 あいつらは食事にも無頓着で、俺がせっかく温かい肉入りのスープを作っても「味が薄い」「荷物持ちのくせに料理に時間をかけるな、さっさと寝ろ」と文句ばかり言っていた。結局、火も使わずに支給品の硬い携帯口糧を水で流し込むだけの毎日だった。ダンジョンでの疲労を回復するには美味くて温かい食事が不可欠だと言っても、誰も聞く耳を持たなかった。


 それに比べて、どうだ。


 俺の目の前にいるこのバカでかい神獣は、俺の作った飯を一心不乱に平らげ、幸せそうに目を細めている。


「最高じゃねえか……」


 気づけば、俺の口から自然と笑みがこぼれていた。自分がダンジョンの最深部で、いつ死ぬとも知れない状況にあることなど、不思議とどうでもよくなっていた。


 美味い飯があり、それを美味そうに食う奴が目の前にいる。

 それだけで、胸の奥底にこびりついていた冷たい何かが溶け出していくような気がした。もう誰に文句を言われることもない。誰の顔色をうかがう必要もないのだ。


「おい、もっと食うか?」


 俺が尋ねると、フェンリルは文字通りピカピカになった巨大なボウルを鼻で押しやってきて、「ワンッ!」と元気よく吠えた。尻尾が千切れんばかりに振られ、またしても突風が巻き起こる。


「お前、ほんとによく食うな。よし、次は違う肉を焼いてやる」


 俺は苦笑しながら、再びアイテムボックスへと手を伸ばした。

 岩の上に置かれた配信端末の画面では、俺の料理と神獣の食事風景を前に、コメントの流れが先ほどよりもさらに加速し、完全な文字の濁流と化していた。


『この時間帯にあの厚さのステーキとガーリックライスは犯罪だろ!!』

『ダメだ、画面から匂いがしてきそう……カップ麺のお湯沸かす……』

『神獣が犬食いして満面の笑み浮かべてる歴史的瞬間』

『おい、ギルド本部は何やってんだ! 早くこのおっさんを特定して保護しろ!』

『いや、保護が必要なのはおっさんじゃなくて俺たちの胃袋の方だろ……』


 だが、そんな視聴者たちの阿鼻叫喚など、俺の知る由もない。

 アイテムボックスのインベントリを眺めながら、俺は次の一手と思考を巡らせていた。


「次は豚バラの塊を出して、コーラ煮でも仕込んでみるか。ダッチオーブンならすぐホロホロになるしな」


 俺の独り言に反応したのか、フェンリルが再び滝のようにヨダレを垂らし始めた。俺の、いや、俺と一匹の神獣による最深部での夜は、まだ始まったばかりだ。

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