表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/16

第12話 金髪美女と神獣の食卓

 朝の澄んだ空気が満ちるキャンプサイト。

 昨晩、俺が淹れたチャイの香りと温かさでどうにか落ち着きを取り戻し、空きテントで泥のように眠りこけていたエミリアは、焚き火のそばのキャンピングチェアで申し訳なさそうに身を縮めていた。


「あの……おじさん。昨日は突然押し掛けた上に、あんな我を忘れてご飯にがっついてしまって……Sランク探索者として、本当にお恥ずかしい限りです……」


 彼女の装備は相変わらず泥と煤で汚れているが、朝一番に湖の水で顔を洗ってきたのか、素顔は驚くほど整っていた。輝くような黄金の髪と、深いサファイアの瞳が朝日を受けてキラキラと輝いている。彼女が画面に映り込んだ瞬間から、配信の同接カウンターは異常な跳ね上がり方をしており、すでに三十万人という途方もない数字を記録し始めていた。


「気にするな。あの距離を道も作らずに突っ込んできたんだ、腹も減るだろ。それに、俺のメシを美味そうに食ってくれる奴は嫌いじゃない」


 俺はキャンピングチェアに腰掛けたまま笑いかけ、ダッチオーブンの蓋の上でこんがりと焼け焦げたチーズの匂いを堪能していた。

 昨夜の約束通り、今日の朝飯は「厚切りベーコンとたっぷりチーズのホットサンド」だ。


 アイテムボックスから取り出した食パンの片面に、粒マスタードを効かせた特製マヨネーズをたっぷりと塗る。その上に、分厚く切り出した自家製の燻製ベーコンと、パンからはみ出すほどの大量のチェダーチーズ、それに脂のくどさを中和するための薄切りのトマトを乗せ、もう一枚のパンでしっかりと挟み込む。

 それを熱々に熱した鋳鉄製のホットサンドメーカーにセットし、かまどの火にかけた。


『極・生活魔法』の干渉領域を展開し、鉄板の温度を完璧にコントロールする。


 外側のパンが焦げる前に、内側のチーズがトロリと溶け出し、ベーコンの暴力的な脂がパン生地にじんわりと染み込んでいく絶妙なタイミングを見計らう。


「よし、焼けたぞ」


 俺がホットサンドメーカーを開くと、ジュワァッという音と共に、香ばしく焼けたパンの匂いと、とろけるチーズの濃厚な香りが弾けた。


「わぁ……っ!」


 恥じ入っていたはずのエミリアが、途端に目を輝かせ、ごくりと大きく喉を鳴らした。

 俺は熱々のホットサンドを木の皿に乗せ、ナイフで半分に切り分けた。サクッという小気味良い音の直後、断面から黄金色のチーズが滝のように溢れ出し、分厚いベーコンのピンク色の断面が顔を覗かせる。


「ほら、熱いから気をつけて食えよ」


 俺が皿を差し出すと、エミリアは「いただきますっ!」と両手でホットサンドを受け取り、大きな口を開けてかぶりついた。


「んんっ……! はふっ、あつっ……でも、美味しい……っ!」


 エミリアはハフハフと熱がりながらも、溢れ出すチーズとベーコンの脂に目を細め、幸せそうに咀嚼している。

 サクサクに焼けたパンの食感、濃厚なチェダーチーズのコク、そして燻製ベーコンの強烈な旨味が、彼女の口の中で完璧なハーモニーを奏でていた。温められたトマトから程よい酸味が溶け出すことでこってりとした脂が中和され、いくらでも食べられそうな錯覚に陥る仕上がりになっている。


「本当に、美味しいです……! 私、こんなに美味しいホットサンド、初めて食べました!」


 エミリアは満面の笑みを浮かべ、俺に向かって力説してきた。

 氷の戦乙女と謳われるSランクの威厳など、もはや見る影もない。ただの、美味しいご飯に感動して頬を緩める腹ペコな女の子だ。


「そりゃよかった。ハク、お前も食うか?」


 俺が足元で伏せているハクに声をかけると、ハクは「ワフッ」と短く鳴き、俺が差し出したホットサンドを一口でパクリと飲み込んだ。

 そして、もっとくれとばかりに俺の膝に顎を乗せてくる。


「お前は本当に燃費が悪いな……」


 俺は苦笑しながら、アイテムボックスから追加の食パンとベーコンを取り出した。

 岩の上に立てかけた配信端末の画面では、相変わらず凄まじい勢いでコメントが流れている。


『朝から厚切りベーコンとチーズのホットサンドは飯テロすぎる』

『エミリアちゃんの食いっぷりが良すぎて見てて気持ちいい』

『完全に餌付けされてるじゃん……』

『神獣とSランク美少女に囲まれて朝飯食うFランクのおっさん、情報量が多すぎる』

『もうこのチャンネル、ダンジョン攻略じゃなくて飯テロ同棲リアリティショーだろ』


 視聴者たちのツッコミを横目に、俺は次々とホットサンドを焼き続けた。

 エミリアとハクの底なしの胃袋を満たすためには、俺の腕と生活魔法をフル稼働させる必要がある。


「……あの、おじさん」

「ん?」


 三つ目のホットサンドを平らげ、口の周りをナプキンで拭いたエミリアが、少しだけ真面目な顔をして俺を見た。


「私、ここに居候させてください」

「……は?」

「だって、こんなに美味しいご飯が毎日食べられるなんて、天国じゃないですか! もう地上の味気ない栄養ゼリー生活になんて戻れません!」


 エミリアは両手を胸の前で組み、キラキラとした瞳で俺を見つめてくる。

 俺は思わず、持っていたトングを取り落としそうになった。


「いや、ちょっと待て。お前、Sランク探索者だろ? 地上に帰らなくていいのか? 探索以外の仕事だってあるだろうに」


 俺がそう指摘した瞬間、エミリアはビクッと肩を震わせ、顔面を蒼白にさせた。

 彼女は震える手で自身の通信端末を取り出し、画面を確認する。そこには、所属事務所のマネージャーからの着信履歴が数百件という恐ろしい数で並んでいるのが、俺の位置からでも見えた。


「あ……や、やばい……。今日の昼から、都内のスタジオでファッション誌の表紙の撮影が……」


 エミリアは頭を抱え、絶望的な声を出した。昨日、カレーの誘惑に負けて飛び出した時は、完全にそのスケジュールを忘れていたのだろう。

 だが、彼女は端末の画面と、俺のダッチオーブンの上で焼けている新しいベーコンの塊を交互に見比べた後、完全に吹っ切れたような、いや、ダメな大人の顔つきへと変わった。


「……マネージャーには、『アビス最深部において、神獣の生態および未知の階層に関する前人未到の長期潜入調査を敢行する。人類の未来のために、しばらく帰還できない』って、ええと……今から事後報告の長文メッセージを打っておきます。撮影の違約金くらい、Sランクの私の貯金なら余裕で払えますから……!」

「お前、本当にそれでいいのか……?」

「いいんです! あのゼリー生活に戻るくらいなら、私はここで野生に帰ります! 私、一応Sランクの魔法剣士ですから。おじさんのキャンプの護衛……はハクちゃんがいるからいらないにしても、未踏エリアでの食材集めなら、絶対に役に立つはず、いや、役に立ちます! だから、拾ってください!」


 エミリアの必死な訴えに、俺は深くため息をついた。

 食欲のために本業をすっぽかすSランク探索者。ポンコツにも程があるが、一人でキャンプを続けるのも少し寂しくなってきたところだし、賑やかな居候が一人増えるくらいなら悪くないかもしれない。

 それに、彼女が言うように、食材の調達を任せられるのはありがたい。俺のアイテムボックスにはまだストックがあるが、ダンジョン産の新鮮で未知なる食材が手に入るなら、それに越したことはない。


「……わかったよ。ただし、俺は俺のペースでキャンプを楽しむからな。お前の都合に合わせるつもりはないぞ」

「はいっ! ありがとうございます、おじさん!」


 エミリアは満面の笑みを浮かべ、俺の手を両手でガシリと握ってきた。

 彼女の手は、剣を振るう探索者らしく少しだけ硬かったが、温かくて力強かった。俺は呆れ半分に笑いながら、食後のコーヒーを淹れるためにケトルを火にかけた。傍らでは、ハクがエミリアの膝に頭を乗せて甘え始めている。


★★★★★★★★★★★


 一方その頃。

 東京都心の一等地にそびえ立つ、探索者ギルド日本本部の地下三階「配信管理センター」。

 時刻は午前八時を回っていたが、小島ハナは一睡もできずに朝を迎えていた。


「……はぁ。各国のギルド本部への説明と、日本政府への状況報告、やっと全部終わったわね」


 ハナは疲労で重くなった頭を振ってブルーライトカット眼鏡を外し、目頭を強く揉んだ。

 タイトなパンツスーツにはシワが寄り、綺麗にまとめていたブラウンの髪も少し後れ毛が目立っている。画面の中で、エミリアが神獣に食い殺されることもなく、カレーを平らげてテントで眠りについたのを確認したことで、フロアのオペレーターたちもようやく交代で仮眠に入り始めている。


「小島チーフ、お疲れ様です。これ、下のカフェで買ってきた差し入れです」

「ありがとう……助かるわ」


 部下から受け取ったのは、紙袋に入ったツナとレタスのサンドイッチと、紙コップに入ったブラックコーヒーだった。

 ハナは自分のコンソールデスクに戻り、メインモニターに映し出されたままになっているヒロトの配信画面を見上げた。

 そこには、無事に一晩を過ごしたエミリアと男が、焚き火を挟んでのどかに朝食をとる姿が映っている。


 ハナは手元の冷たいサンドイッチの包みを開け、一口かじった。

 冷蔵ケースで冷やされていたパサパサのパンと、味気ないツナの風味が口に広がる。激務の身体にはこれでも栄養になるが、決して「美味しい」と感じるものではない。


『ほら、熱いから気をつけて食えよ』


 画面の中で、男がエミリアに分厚いホットサンドを手渡した。

 サクッ、という完璧に焼けたパンの音。断面から溢れ出す、黄金色に輝く大量のチェダーチーズと、肉汁を滴らせる分厚い燻製ベーコン。


「……あぁ、またこれね」


 ハナはため息をつきながら、紙コップのコーヒーをすすった。

 徹夜明けの空っぽの胃袋に、この高カロリーで暴力的なまでに美味しそうなホットサンドの映像は、テロ以外の何物でもない。

 画面の中の男は、エミリアが美味しそうに頬張る姿を見て、優しげに微笑みながら自分用のホットサンドとコーヒーを手に取った。


『お前らも、ちゃんと朝飯食ってるか? コーヒー淹れたてだぞ』


 男がカメラに向かって――十万人を超える視聴者に向かって、ホットサンドとマグカップを軽く掲げてみせる。

 その瞬間、ハナの心臓がなぜかトクンと跳ねた。


 まるで、画面越しの自分に向かって、一緒に朝食を食べようと微笑みかけてくれているような錯覚。

 激務に追われ、殺伐とした地下の監視室で一人、冷たいサンドイッチをかじっている自分に、彼だけが温かい食事と穏やかな時間を共有してくれているように思えたのだ。


「……バカみたい。私、疲れてるのね」


 ハナは自嘲気味に呟いたが、画面の中の男と向かい合うようにして、自分のサンドイッチをもう一口かじった。

 不思議と、先ほどまで味気なかったツナサンドが、少しだけ美味しく感じられた。

 薪の爆ぜる音。コーヒーをすする音。男の落ち着いた低い声。

 それらが、荒みきったハナの心に、精神安定剤のようにじんわりと染み込んでいく。


「……疑似的な、朝食デートってやつかしら」


 誰も聞いていないコンソールデスクで、ハナはポツリと漏らした。

 あんな男、ただのFランクの荷物持ちで、世界を大混乱に陥れている元凶だ。ギルドの管理部門としては、最も頭の痛いトラブルメーカーに他ならない。


 だが、画面の中で美味そうに飯を食う彼の姿を見つめるハナの口元には、激務の疲れを忘れさせるような、柔らかで穏やかな笑みが浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ