『かの君』に会う
北条君に今までの経過報告。
「ねえ私たち夫婦ってどんな感じだったの?」
「僕も10年くらいブランクがあったからず~っと見ているわけじゃないけど
夫婦というより同志みたいな感じかな。べたべたではなくお互い自立していたみたいな・・・ほらダンナは生徒会長とかしてたくらいだから、真面目なちゃんとした人だよ」
「でも、テニスとゴルフばかりして家庭を顧みなかったって言ってたけど」
「そんな愚痴は結婚当初から聞いていたけど、向こうの両親が相次いで亡くなって
会社を辞めて自分探しに出て、それにつきあって人生迷走してたじゃん10年も」
「そうなの…思い出せない」(そんな波乱だったの私の人生って)
「そうだ北条君からイカれてること自己分析する冷静さがまだあるから安心」ってメール見つけたんだけど、イカれてたのよね、私」
「そうだね、女子高校生みたいな会話してたみたい、かの君と」
「そのメール残ってないの?こっちには何も痕跡がないんだけど・・」
「そういう秘密はきっとどこかに隠してあるんだって、考えてみてよ、もし今の自分が秘密を隠すとしたらどこかって」
「そうね、イカれてたんだものね、秘密はどこかにしまってあるはずよね」
「ところでもうリハビリはいいの?」
「杖いるけど歩けるし、キーボードもたたけるし、おしゃべりもできるようになった。今度いよいよプールに行くのよ、まだ入れないから見学だけだけど『かの君』ってどんな人が楽しみ」
「じゃ、そのメール楽しみにしてっから」
自分をこんなに外から見たり、他人からどう見られているか知るなんていい機会だと思った。とりあえず私は真面目で、夫婦生活も波乱ではあったが順調のようだ。
それにしても10年のブランクって何だろう、今度じっくり聞かなきゃ
・・・・・・・・・・
そしていよいよプールに行く日が来た
ダンナはプールに入り、私は外の父兄席から見学することに。
この中にいるんだ、私の『かの君』、誰だろう・・・目を凝らしてみるも思い当たる人はおらず、これから好きになりそうな人もいない。今日はいないのか時間帯が違うのか・・・・
喉が渇いたので、レセプション横の自販機に行った。お財布に小銭が無かったので
両替を頼んでいると、後ろに背に高いがっちりとした初老の男性が立っていた
「こんにちわ」と言われ振り返った。あきらかに私を知っているかのようだった
「すいません、どなたですか?私脳梗塞で記憶を失くしたようで・・」と答えた
私の杖を見て、「また泳げるといいですね」といって去っていった。
なんだかわからないけど「この人かも」という予感が体に走った
父兄席に戻りプールを見ていると、さっきの人が現れてアップをはじめた
そのパンイチのがっしりした背中、厚い胸板、広い肩幅と太い首。白髪頭ながらその人は逞しい若者の肉体を持っていた
私の中の氷の記憶が解け始めた。
この人が『かの君』?、だんだん鼓動が大きくなってドキドキし始め、血液が体中をまわり始めた。
そういえば、喧嘩別れしたのに、さっきは優しく接してくれた、違う人なのかな?
どうしよう、他に何か手がかりはあるだろうか?
考えることがたくさんあふれて、脳が波立つようだった。
あの海パンの模様、あの人の泳ぐ姿、見たことがあるわ。
その人が水をかき分けて泳ぐ姿はまるで記憶の海をかきわけて私に何かを見せているかのようだった。
クロール、背泳、平泳ぎ、一通り泳いでバタフライを始めた時、それはまるで龍がうねって水面を走っているようだった。これだ!私この泳ぎ見て感激して声をかけたんだったわと、そうこの人が『かの君』だわと確信した。
謎が解けた瞬間だった。
(でも名前は何だろう、メルアドは?)
そして10月10日に何があったんだろう
この人に聞かなければ、終われない




