めざめ
「けんか別れはしたくなかったけど、いままでありがとう、ほんとは一番言わなきゃないけない言葉はやっぱり「いろいろごめんね」かな じゃさよなら」
白い霧の中に消えていく誰か、奥からまぶしい光線がやってくる
うぁ~まぶしい・・・・
「うう」
「あれココちゃん、気が付いた?今看護婦さん呼んでくるからね」
え~何?看護婦さん? ここは病院なの? 私どうしたの?
少しずつ目を開けて周りを見回す、白い室内、点滴が見える。病室らしい、なんで? ここはどこ? 体が重い。
やがて早い足音が聞こえて白衣の看護婦が私をのぞき込んだ
「井馬さん、気が付きました?わかりますか?」私は少し顔を傾けて
「はい」と小さな声で答えた。
「よかったですね、ご主人。さっそく検査室へ移動しますね」
ご主人? この人私の配偶者? 私結婚してるんだ。で、私ってだれ?
私はいつの間にか車椅子に座って診察室の中にいた。後ろにはご主人と呼ばれる人が立ち、先生の話を一緒に聞いている
「MRIの結果はひとまず安心というところでしょうか?ただご本人は記憶喪失があります。でも、これも徐々に取り戻していけると思いますので、焦らずリハビリをやっていきましょう。」
「先生退院は?」
「そうですね、一日様子を見て明後日には、リハビリは明日から始めましょう」
「ありがとうございます、よかったねココちゃん」
と私をのぞき込んだが、私はまだ現実を受け入れられず、ぼんやりした霧の中にいるのだった。
病室に戻ると「ご主人」が今までのことを話してくれた。
「1週間前に脳梗塞で倒れて、ず~と寝たきりで意識が戻らなかったんだ、よかった、一時はどうなるかとすごく心配して、これで安心、またプールに行けるようになるといいね。今日は帰って洗濯やら掃除やらで退院の準備しとくよ。」
私はほぼ無表情でその人の言うことを聞いていた。
「プールって?」
意外にも質問はそこ?という感情は自分の中にあった。もっと聞くことがたくさんあるだろうに。とぼんやりした頭でも自分に突っ込みを入れた
「毎日行ってたじゃない? ほらバタフライが泳げるようになって熱心だったよ」
「バタフライ? 私が? 泳げるの?」
「そう、やっと25メートル完泳したんだよ、倒れる前の日、ちゃんと見てたよ」
私がバタフライをねえ~にわかに信じがたかった。水泳なんてあまり興味がなかったので、自分のこととは思えなかった。もしかして私は違う世界に例えばパラレルワールドにリープしたのかもしれないとさえ思った。
「家に帰って水着とか見れば思い出すよ。それにプールに行けばもっと思い出すかもね」
プールか、行ってたんだ私。どんな水着だろう。
でも、検査から始まって、自分の事、周りの状況、一日の情報量としては私にはまだきつかった、疲労感が押し寄せてきた
「ふ~ちょっと疲れた」とベッドに上半身を起こしていたが、布団の中へもぐりこんだ
「そうだね、じゃ僕は帰るよ。明日また来るから、なんか食べたいものある?」
「食べたいものねえ」何も浮かばなかった
「私何が好物だったの?」「う~ん 覚えてないな、チョコかな」
「ふ~ん、チョコねえ、いいや別に食べたくないから」
「そう、じゃあね」
とご主人という人は帰って行った。
病室の天井を見ながら、私は誰なんだ? ココちゃんって言ってたけど、なんで?
それにあの夢みたいな別れのシーンなんか現実味があったけど、だれに別れを告げていたんだろう
プールにバタフライ、全然覚えていない。
ところで私は今何歳なのだろう?




