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冒険者になりたくて 2

 その後しばらく、一行は更にこの世界の情勢、とりわけ市民の生業等の説明を受けた。

 陽が傾く時刻を迎え、レクチャーを切り上げてギルドを後にした光一たち一行は、取り敢えず近場の宿屋に入った。

 宿屋まではシオンが街の様子も含めて案内をしてくれた。彼女の指導に沿って露店で食料を買って持ち込み、光一らはそれを食しながら今後の相談に入る。

「何が常道よー。全く当てにならないんだから!」

 街の屋台で買った肉片や刻んだ葉物野菜をパンで挟んだだけのサンドイッチを齧りながら由美がまたブー垂れた。プンスカモード入りっぱなしで、機嫌が好転する気配がまるで無い。

 食べているサンドイッチがもう少し美味ければ彼女の心象も少しは良くなったかもしれない。

 だが具はともかく、パンがボソボソでゴリっとした口当たりな上に、ザラザラした舌触りも相俟ってかなり食べ辛い。おかげでイライラが募るばかりの由美さんである。

「そうボヤくなって。卓も言ってたろ? 追放された召喚者は冒険者からのし上がってザマァするのが定番なんだしさぁ」

「マンガやゲームと現実を一緒にしない!」

「でも今の状況は、マンガ以上にマンガだしなぁ。東くんが冒険者ギルド行こうって言い出したのもまあ仕方ないんじゃないか? 他に、どこ選ぶって案も出なかったし」

「でも……現実は、甘く……無かった……」

「結果だけは、現実以上に現実……っすね」

「世の中フィクションみたいにご都合主義にはいかないって事よ。これからどうすんの!?」

「ご都合主義じゃないフィクションなんて、まあ有りゃしないだろうけど……取り敢えずそれは置いといて、んぐ!」

 ワインを煽る平蔵。ボッソリしたパンに湿り気を奪われた口内を潤す。

「これからの身の振り方……だよねぇ」

「軍からも放り出されて冒険者としても動けないとなるとなぁ。何とか生計立てなきゃいけないんだけど。おれ、バイトすらしたこと無いからなあ」

「あたし……も……」

 食べている間も物静かな真鈴。しかし、

「どこかに就職……も難し……そう……あたし……何を、どうしていいか……わかんない……」

と、抑揚のない話し方ではあるが、やはり不安げな心持ちが強く伺える。

 あの衝撃的な召喚騒動からの幾日か。家族や友人・知人と生き別れとなった事や、元の世界への帰還の可能性ほぼゼロ……などの絶望感。

 そこから電車内の、あの光点により付与された超人的スキル。それを活かして王国の危機を救うと言う、日本では到底ありえないシチュに高揚と興奮で立ち直ってきた他の連中は突き進む道が見えている。今頃は軍部の庇護下でそれぞれのスキルを磨くための訓練に邁進している事だろう。

 比べて光一らはどんどん立場が悪くなってきている。

 食べるために働く、と言う事自体はやぶさかでは無い。日本に居てもいつか通る道だ。

 だが、あまりにも社会情勢が異なっているこの異世界では雇用やその形態等も勝手がまるで分らない。将来どころか明日の事すら五里霧中だ。

「王都内には他にも通商や工匠のギルドも在るってシオンさん言ってたよね? あの辺りで人材募集とかも扱ってないか、明日にでも探ってみるってところでどうかねぇ?」

 日本の柔らかいパンに慣れていた口には些か食べ辛かったサンドイッチを平らげた平蔵は皆に提案し、光一らもそれに同意した。



「なぁんでよぉ~、もぉお~!」

 ここのところ、すっかりブー垂れキャラになってしまった由美のボヤキが光一や平蔵の耳を襲う。

 翌日、光一ら一行は通商ギルドを訪れた。

 結論から言うと、ここでも光一らの要望が叶う事は無かった。

 基本、通商ギルドは各種商店や工房のやり取りをスムーズに仲介するのが主業務で、人材の募集もその範疇には有るのだが……

「初心者大歓迎……なんて求人なぞ無いんだねぇ」

 求人で最も求められるのは、当然のことながら経験豊富な熟練者だ。

 この世界、少なくとも王都イオタニア市において、職にありつける「初心者」と言うのは10歳に届くかどうかの、昔風に言えば給金が激安で使える雑務・下働き中心の、いわゆる丁稚小僧の類しかない。

 能ある人材は、そこで先輩たちの働きぶりを見ながら、そのノウハウを自分で習得して上の役職にのし上がっていく。

 既に17~8歳を越えている光一らが肩を並べて入り込めるところでは無い。

 いつでも応じられる、日雇いの肉体労働の求人等もあるにはあるが、建設機械が皆無のこの世界は工事の現場は人力頼みの体力勝負。学生の光一や、営業職で平均的体力の平蔵に務まるとはとても思えない、ガチムチ勢が汗して働く現場であった。

 由美や真鈴には飲食店の給仕のクチも有るが、キャット・コール、ボディタッチ等のセクハラが横行する世情だとの事で、日本でファミレスやファストフード店に務めるのと同等のノリでは踏み込めそうにもなかった。

 どんな仕事にも心身ともに、かなりの覚悟が必要とされたのだ。

「信じらんない! どんだけ遅れてんのよ、この世界は~!」

 ブー垂れが収まらない由美。そんな由美を諫める様に良介。

「北川さん? 気持ちはわかるっすけどシオンさんの前っすよ?」

「あ……ごめんなさい、つい……」

 すぐに「ヤバ!」と思ったか、シオンに頭を下げる由美。シオンは昨日に続いて通商ギルドとの口利きに付き合ってくれていたのだ。特務部のトクアン副部長からの紹介である手前、門前払いで終わらせて後は知らんって訳にも行かないらしい。

 そんなシオンは「い~え~」と愛想笑いを返すも、

「でも皆さんの居られた世界って平和だったんですね~」

と、驚いている様子。半ば「ホントかしら、そんな世界?」とでも言いたげな疑問符も頭上に浮かんでいそうではあるが。

 光一も、話には聞いていたが「飲める水で毎日風呂に入れる」と、それだけでも以前の自分たちの境遇は恵まれた環境に有ったんだな~と、こちらに来て実感し始めている今日この頃である。

 因みに、この王都イオタニアの入浴習慣は公衆浴場にて半月に一回程度。冬場だと月イチくらいで、雨が降るとそれをシャワー代わりにする場合も多々あるとか。

「とにかく、生活費稼ぐにしても我々には、かなりハードルが高いってのは分かったわけだが……」

「も~。この先、どうなっちゃうの~?」

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