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退屈しのぎの悪魔契約2  作者: 紺ノ
旅する悪魔
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 ―― ◆ ―― ◆ ――


 神社いっぱいに張り巡らされた結界の中、ヨルの糸とエルドランドの蔦が互いを拒絶するように弾く。御神木や賽銭箱の上にある鈴が二人の攻撃で生み出される風で無理やり揺り動かされる。


 ヨルが糸を一本出す間にエルドランドは新しい蔦を三本待機させる。じりじりと物量でヨルは押し切られそうになっていく。『夜兎』と呼ばれた黒い兎の姿であればエルドランドに後れを取ることはない。なぜなら、エルドランドはわざと昔のヨルの戦い方を真似ているからだ。力と数で押し切る粗末な戦い方。


 圧倒的に手数で負けているのにもかかわらず、すぐに決着がつかないのは、ヨルが糸を細かく振動させて蔦を切り落としたり、相手の蔦を絡めとって別の蔦にぶつけるなどといった技術面でどうにかしているからに他ならない。


「本当に相手を煽るのが上手い爺だのう!」

「これぐらいのハンデがないとまともな戦いにならないじゃないか。『夜兎』の姿ならいざ知らず、そんな半端な状態でよく耐えるね」


 防ぎ損ねた蔦の一本がヨルの黒い靄の身体にねじ込まれた。アッパーをするように下から上に伸びる蔦の攻撃をヨルは打ち上げられる。


 神社の境内がすべて見下ろせる高さまで吹き飛ばされたヨルは空中で姿勢を戻す。


「戦いなぞ貴様が一番嫌う事ではないか」


 エルドランドを探すがどこにもいない。


 ヨルの耳が地上で何かが飛び上がる音を拾う。背後にヨルよりも高く跳んだエルドランドがいた。杖をヨルの喉元に突き刺して、落下する二体の悪魔。


 地上に叩きつけられたヨルは神社の参道の上に押さえつけられる。ヨルが逃げられないようにエルドランドはヨルの黒い靄の身体に右足で踏みつけた。ヨルが左手で糸を出そうとしたところを蔓が左手の動かないように拘束した。


「ヨル坊と違って嫌っているわけではないよ。無意味だとは思っているけどね」


 エルドランドは落胆のため息を吐いたあと、ヨルを見下ろす。不憫なものを見る目だった。決して勝者のする目ではない。


 踏んでいた右足を下ろしたエルドランドは横たわって動けなくなったヨルの身体の上に躊躇いなく座った。ヨルはそこでエルドランドが響司に危害を本気で加えることがないことを悟り、暴れるのをやめた。


「弱いね。それでよくワタシに吠えたものだ。本『忌み名狩り』の連中が本当にやってきたらどうするんだい。あのボウヤを守れるのかい?」


 木の幹に埋まったままの響司をヨルは無言で見上げた。熱くなっていた頭がゆっくりと冷えていくのがわかる。


「それでも守らねばならぬ」

「ライゼンのときのようにならないために? 笑わせる」


 エルドランドは鼻で嘲笑った。


「全部、中途半端なんだよ。契約者を守りたいなら過保護だの邪魔だの言われても傍に居ればいい。契約者はただワタシたち悪魔を世界に留める楔だ。相手の意志なんて踏みねじれ。嫌われたくないからと半端な呪いをかけて守っている気になって、契約者を誘拐された。それが今のキミだ。愚かも愚かだ」


 早口で捲し立ててたエルドランドの下でヨルの身体が震えた


「いつも偉そうに説教染みたことを言いよる! ライゼンと共にいたときも毎度毎度……! いい加減うんざりだ!」

「わざとだよ」


 さらりと些末なことだと言うようにエルドランドは言い放つ。


「キミはいつもライゼンにこういう態度をとっていたじゃないか。ボウヤにも同じ態度をとっているはずだ」

「黙れ! 貴様に関係のないことではないか!」

「確かに確かに。ワタシに関係がない。私情でしかない。だが理由としては事足りる」


 エルドランドの杖がカコンと圧のある音をさせてヨルの顔の真横に突き刺さる。


「――お前はいつまで逃げるつもりだ」

「ワシが逃げることなどあるまい」


 さっきよりも大きな音でエルドランドが杖を鳴らした。


「意地と嘘で作った仮面を貼り付けて契約者と向き合ってどうする」


 ヨルは奥歯を力強く噛む。言葉を返そうにも思いつかない。


「ボウヤに死んでほしくないからと慣れない呪いをかけたのだろう。また同じ失敗をせぬように。なのに距離をどこかでとろうとする。何に恐れるか」


 沈黙を続けるヨルにエルドランドは痺れを切らして本質を突きにいく。


「気に入った人間が消えて、自分だけが残るのが怖いか。消えない記憶が恐ろしいか。悪魔であることが憎いのか」


 ヨルの黒い靄の部分がすべて逆立ち、エルドランドを払いのけた。ヨルは立ち上がり、エルドランドの襟を左手で掴む。ヨルの目には怒りが爛々と燃えていた。


 エルドランドはそれを見て抵抗せずに睨み返した。


「この先、ボウヤの契約悪魔として共にいる覚悟が持てないというなら、お前を無理やりにでもワタシの旅に連れていくよ」

「貴様の旅なんぞについて行く気はない。ワシは、キョウジの願いを叶える悪魔だからのう、のう……」


 ヨルはエルドランドの襟を捨てるように手放した。


「ボウヤはキミと歩む覚悟と優しさを持っている。お前がそれに応えてやらなくてどうするんだ」

「ワシが全力を出せばキョウジの魂が壊れてしまう」

「なにも力だけで問題を解決しろとは言っていないよ。キミがライゼンと共に過ごしていた中で培ったもので応えればいい」

「しかし……ワシはキョウジの悪魔であってだな」

「ボウヤはライゼンと違うと言ったがね、そういう意図で言ったんじゃないんだ。ボウヤはライゼンと違って弱い。だから守るならしっかり近くで守れと伝えたかっただけだ。それ以上の意味は持っていないよ」


 ヨルはエルドランドの言葉の意味が飲み込みきれずに頭を傾けた。そして現状を見てエルドランドに確認する。


「まさかと思うがそれを教えるためにこんなことをしたのか?」

「それもある。もう一個説教したいことがあるからね」


 エルドランドがヨルの腹部に杖を押し当ててグリグリと回転させた。


「お前の作った呪い、変質してるじゃないか! そもそも呪いをかけた相手と契約なんてしたら力の流れがめちゃくちゃになるに決まっているだろう!」

「そうなのか?」

「脳筋にも程度というものがある。丁度いい。ボウヤの治療が終わるまでお前は呪いの座学だ!」

「昔ライゼンにやっていた面白くないアレか? なぜ悪魔のワシが受けねばならぬのだ」


 エルドランドの杖がヨルの頭蓋骨を向かって横から振り抜かれた。スコン、という軽い音が境内に響く。


「黙って聴け! まったく、こんなのの何がいいのか。ワタシがボウヤと契約したいぐらいだよ」

「くたばれクソ爺」


 気を遣って、響司の命が危なかったことを伏せているエルドランドはヨルの態度が気に入らずもう一度頭に杖を振り下ろすのだった。



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