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「やぁ、目が覚めたかい?」
エルドランドが響司を見降ろしていた。
病院にいたと思っていた響司が見たのは見慣れた机と勉強椅子に腰を下ろしたエルドランド。そして、縮こまっているヨルであった。エルドランドは普通に見えたが、ヨルは天井についてしまいそうなの身長の半分ぐらいに縮んでしまっている。
響司はベッドの上に寝かされていた。上半身を起こしてヨルを見つめた。
(ボコボコにやられたら縮むの?)
ヨルの身体が半透明になるものだとばかり思っていた響司はヨルの状態を見て思考を停止させた。
「もういやじゃ……。なんでワシがあんな目に合わねばならぬのだ……。のう。のう……」
消えそうな声でヨルは苦しんでいた。
「気にしなくていいよ。脳筋にお勉強させただけだ。」
「勉強って何の?」
「今後の、かな」
エルドランドがやんわりと答えたが真意は響司はつかみ切れなかった。
「もう勉強は終わっているんだから、そこで小さくならなくてもいいじゃないか」
「あれのどこが勉強じゃと!? ワシにしこたま呪いをかけて解呪させるという所業は勉強ではなく拷問というのだ!」
身体を大きくさせたヨルが力強く抗議するとエルドランドはどこからか杖を出した。そしてヨルの頭を二回、軽く叩いた。
「お・ま・え・が! 『口で説明されるよりやった方がわかる』と抜かすからやったんじゃないか。すべての呪いは弱めにかけたからバカなお前でも解呪できただろう?」
「キョウジは『欲無し』ぞ。ワシが力を使い過ぎたら面倒なことになると言ったではないか!」
「ちゃんとボウヤの魂には栄養をワタシの方で与えているから問題ないとも説明したよ?」
ヨルとエルドランドの額がぶつかり、睨み合う。響司はあわあわと手を目的もなく動かしながら二体の悪魔を眺めているしかなかった。
急にエルドランドは身体を後ろに下げ、ヨルがそのまま床に倒れた。
「問題なさそうだね」
「実感わかないですけどね」
シワだらけの満面の笑みをみせたエルドランドに響司は情けない笑顔で返した。
ぬるりとエルドランドが響司の耳元で囁く。
「呪いのことだがね、ヨル坊にはボウヤの命が危なかったことは伝えていない。自分の手で契約者を殺していたかもしれないなんて知ったら、ヨル坊がどういう行動にでるか想像できなかったからね」
「あー、わかりました」
耳打ちを終えたエルドランドの背中にヨルがべったりと張り付いていた。
「丁寧に耳元に結界まで張ってワシに聴こえぬようにしよって、何を話しておるのだ」
「お前が悪さをしたら教えてくれと言ったまでだ」
「嘘を言うな。そんなことで結界まで張るものか」
「信用してくれ。ワタシだよ?」
「貴様への信用は今回の一件でなくなった。否、してはならぬと痛感した。敵か味方か分からぬ行いばかりをする貴様は警戒するに限る!」
ふん、とヨルは腕を組んで背中を向けた。その背中がヘソを曲げた子供に見えてしまって響司はヨルに気付かれないように声を殺して笑った。エルドランドもほらね、といったように肩を動かしていた。
「まぁ、色々あったがワタシのやるべきことは終わったようだし次の場所に行こうかね」
「歪んだ土地を治しに行くんですか?」
「いや、気になる悪魔たちがいてね。ヨルには話したが『忌み名狩り』という行為が悪魔の間で流行っていてね。『忌み名』を持つ悪魔たちが狙われているんだ。無論、そこにいるヨルも対象だ」
「狙ってどうするんですか?」
「力を示すのさ。強い悪魔を倒したから俺たちの方が強い、なんてバカみたいな理由だ。ヨル坊と契約している以上、ボウヤも気をつけたまえ」
エルドランドはそういうとスーツに右手を入れた。
もうこの動作で響司は何が出てくるのか予想できたが、モノが必要な場面だと思えなかった。
出てきたのは紫色の袋。しかし、エルドランドが今まで出していた袋よりも一回り小さい。それをエルドランドは響司に握らせた。
「これはワタシの種が入っている。少しばかり託そうじゃないか。ボウヤはワタシの傍にいて、ワタシのやってきたことを知っている。だから意味は、わかるね?」
――力は使いようである。
傷つける力にも癒す力にもなる。それは悪魔でも変わらないのだ。しかし、もらってもどう使ったらいいものか見当はつかない。宝の持ち腐れにならないか響司は心配になりながら袋を持ち上げる。ざらざらと袋の中で種が動いた。
「ライゼンには一粒も渡さなかったのにどういうつもりだ」
背中を向けたままヨルが話しかけてきた。
「彼に渡す必要がないと思っていた。それだけだよ」
エルドランドが眉間に強くシワを作った。響司は袋を視界の中心に収める。そして、あることを聞いてみたくなった。ただ、この質問を最後に同じような質問をやめると響司は己に縛りをつけた。そうしないとまたヨルを傷つけかねないからだ。
「もし、種があったらライゼンさんは生きていたんですかね?」
エルドランドとヨルが身体を同時にびくつかせた。ヨルはエルドランドと顔だけを向け合う。何も声はないのに話しているようだった。
静かな空気が少しずつ重くなっていく。
「その可能性もあっただろう。しかし、たらればの話。今ならともかく、ライゼンに種を渡さなくて正解だとは思っている」
「可能性があったのに?」
「そもそも渡す発想がなかった。ワタシの能力を知っている悪魔は今でこそ少ないが知っているならワタシの手から離れた種なんて最高にイイ餌だ。ライゼンが持ち歩いてみろ。種を狙った悪魔とライゼンを狙った悪魔の二種類が寄ってくるよ」
「なら僕も悪魔を呼び寄せちゃうんじゃないですか?」
「ボウヤはライゼンのように有名ではないことが一つ。もう一つの懸念だけど、布が結界のがわりになっていてね、種の力が外に漏れ出さないようにしている。対処はちゃんとしているさ」
軽快に笑うエルドランドは立ち上がり、帽子の位置を整えた。
「ヨル坊、次来た時も同じような態度なら、わかっているね?」
種の時に響司へやった優しい言葉遣いではなくどこか脅しの圧が含まれた言い方に響司は背筋が寒くなった。
「死んでもついて行かぬ」
「そうかい。残念だ」
エルドランドはそういうと、響司の部屋の壁に右足の爪先をめり込ませた。壁に損傷はなく、幽霊や悪魔特有のすり抜けである。
「じゃ、またね。人間の友、セツナキョウジ。次会うときはなにか土産を持ってくるとしよう」
一方的に別れを告げたエルドランドは身体を外にすり抜けさせた。別れの言葉を言いそびれた響司は数秒考えた後、ヨルの顔を見た。
「今回は味方か敵かで言えば味方だったというだけだ。あまり信用するなよ。ワシみたいにズタボロにされるぞ」
ヨルは部屋を出ていく素振りをした。しかし一向に出ていかない。じっとドアの前で固まっていた。
「ヨル?」
「今後はもう少しだけ傍に居る時間を増やす。あんな爺に言われたからではない。爺の種を持っているからだ」
「あぁ、うん?」
「なら寝ろ。魂を休めろ。大馬鹿者」
なぜ罵られたのか、とも思ったがいつものことだと響司はヨルの言葉を流した。ヨルの言葉を真に受けたところで仕方がないのだ。絶対に素直ではないのだから裏がある。
(でも、なんで?)
なんでの無限ループに入りつつ響司はまたベッドの上で横になるのだった。
リアルが忙しくなってきたので、またお休みもらいます。
あと、ここに書いている内容は終わりまで書いたら『退屈しのぎの悪魔契約』に追加します。その後、こちらは非公開にします。




