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46 祈りを捧げよ

 ぬいぐるみとなったイグニスを抱いたまま、リリスは神官に案内されるままに聖神殿の長い回廊を進んでいく。

 やがて神殿の中央に位置する、周囲を大きなステンドグラスに彩られた祭室にたどり着く。

 そこでは、既に先に着いていたオズフリートが待機していた。


「リリス、天の王という大役を君と共に務められることを誇らしく思うよ」


 白々しくそうのたまうオズフリートに、リリスは顔をしかめそうになるのを必死に堪えた。


 ――なーにが「誇らしく思う」よ! 私を怪しんで隙あらば亡き者にしようとしてる癖に!!


 ピリピリした警戒心を押し隠し、リリスはにっこりと微笑んで見せる。


「わたくしにとっても、この上ない誉れです。どうか、オズ様の足手まといとならぬよう精進いたしますので、ご容赦くださいませ」


 一通り挨拶が済むと、神官が今回の行事について説明してくれる。

 春告祭は、精霊を招いて感謝を示す祝祭である。これはその下準備で、天の王と花嫁の二人が一心に祈りを捧げると、その祈りに応えて精霊がやってくる……という筋書きのようだ。


 ――まぁ、神官の態度を見る限りは、形式的なものなんでしょうね……。


「聖女」と呼ばれるほど絶大な力を持つ者ならともかく、その他大勢の人間ならおそらく、誰がやってもそうたいして効果は変わらないのだろう。

 説明が終われば、いよいよ祈りの時間だ。

 オズフリートと二人、神殿の最奥にある祭壇に向かい、女神像の前に跪き祈りを捧げる。


 ――はぁ……神殿に入った瞬間に裁きの雷でも打たれるかと心配だったけど……意外となんとかなるものね!


 悪魔と契約しているリリスは、神殿側から見ればまごうことなき背信者だ。

 しかしリリスもぬいぐるみに化けたイグニスも、今のところ神罰をくらうようなことはなさそうだ。


 ――しかし祈るだけっていうのは暇ね……。あとどのくらいここにいればいいのかしら。


 開始五分で、リリスはさっそく祈るのに飽きてしまった。

 オズフリートが襲い掛かって来た時の対処法や、今日の夕飯には何が出るだろうか……などと考えていたが、どうにも考えることに集中できない。

 跪く体制にも疲れてきて、少しでも楽な姿勢を取ろうとリリスはもぞもぞと体を動かす。


「疲れた?」

「はひっ」


 急にオズフリートから声をかけられて、リリスは驚いた拍子に体勢を崩してしまった。


「大丈夫!?」

「あ、足が……痺れて……」


 どうやら長時間同じ体制でいたせいで、知らない間に足が痺れていたようだ。

 その場に崩れ落ちたリリスを、オズフリートは祈りを中断してまで助け起こしてくれた。

 その対応に、リリスは驚いて目を丸くする。


「オズ様、お祈りは――」

「君の方が大事だ」


 はっきりとそう言われ、リリスの鼓動がまたしても大きな音を立てた。


 ――はっ、こんな時にまで殺意がっ!!


 何とか心を落ち着けようと深呼吸し、リリスはそっとオズフリートに問いかける。


「あの、祈りを中断したら、精霊が呼べないのでは……」

「あぁ、別に心配しなくても大丈夫だよ。春に精霊がやって来るのは、僕たちの祈りに応えたというよりも、精霊自身の行動サイクルがそうなっているという部分が大きいんだ」

「……ん?」

「勿論、多少は祈りが通じたということもあるのだろうけど……渡り鳥みたいなものだよ。決まった時期に、決まった場所に立ち寄る。ただそれだけなんだ」


 ……なんだろう。とんでもないことを聞いてしまった気がする。

 仮にも第一王子という立場の人間が、こんなにばっさり国事の意義をぶった切ってもいいのだろうか。


「では、この儀式には何の意味が……」

「王家と神殿の威信を守るため、という部分が大きいだろうね。それに、先ほども言った通り祈りが無駄になるわけじゃない。まったくの無意味な行為ではないと僕は思っている。けれど……」


 真っすぐにリリスを見つめるオズフリートは、安心させるようににこりと笑った。


「少しくらい……力を抜いても罰は当たらないんじゃないかな。例えば、祈りの最中に足を崩したり、こうやってお喋りしたり。どうせここにいるのは、僕と君の二人なんだ。僕たちが黙っていれば、誰にもわからないよ」


 いえ、ぬいぐるみに化けた悪魔もいます……とは言えなかった。

 そっと足元に置いていたイグニスをオズフリートの視線から隠すように移動させ、彼の言葉通りわずかに足を崩す。

 すると、随分と楽になった。


「今日の祈りの時間は夕方まで続くし、明日も朝からまたここに籠ることになるんだ。あまり最初から気を張りすぎると後で疲れてしまうからね。のんびりやっていこう」

「ふふっ」


 オズフリートらしからぬ言葉に、リリスは思わず笑ってしまった。

 最初よりも楽な姿勢を取って、二人はぽつぽつと言葉を交わす。


 少し前の正餐会で出たデザートのこと、レイチェルとリリスが新しく熱中している本のこと、やる気を出したギデオンの剣の腕がどんどん上達していること……。

 リリスは自分がこんなに穏やかに、彼と話ができることに驚いた。


 ――……はっ、騙されては駄目よ! きっとこれは私を油断させるための策なんだわ!!


 気がつけば緩みそうになる気を引き締め、リリスは何とか祈りの時間を終えることができたのだった。


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