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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
84/347

Word.22 執着ト覚悟ト 〈1〉

 午後九時二十分(神試験スタートから八時間)。


 言ノ葉の森遊園内、原始の森地点。

神試験最終戦、“安の神”朝比奈アヒルvs“以の神”伊賀栗イクラ。

「神は…俺、だけだっ…俺だけが…神、だ…」

 乱れた呼吸のまま、体の所々から赤い血を流しながら、イクラが何度も何度も必死に、その言葉を繰り返す。まるで皆に、自分に、言い聞かせているようであった。

「執着…」

 そんなイクラを、アヒルは少し細めた瞳で見つめる。

「これが、扇子野郎の言ってた、あいつの執着ってやつか…」

 一撃を決め、イクラを追い込んだというのに、アヒルの額からは冷えた汗が流れ落ちた。逆に追い込まれている気分になるような、重い何かを、目の前のイクラから感じていた。

「神は、俺だけだ…俺は、認めないっ…」

 言葉を続けながら、イクラが強く拳を握り締める。

「俺以外の神などっ…!!」

「……っ!」

 言玉を持った右手を振り上げるイクラに、アヒルが警戒する態勢を取る。

「“いきどおれ”っ…!」

 イクラの言葉に応えるように、静かになっていたはずの水面が、また激しく荒れ始める。噴き上がったいくつかの大波が、上空に浮かぶアヒルへと、舞い上がって来た。

「クっ…!“れろ”…!」

 上がって来た大波へ向け、アヒルが言葉を放ちながら、弾丸を撃ち込む。だが弾丸が直撃しても、大波はアヒルの言葉に従うことはなく、イクラの言葉に従い、アヒルへとそのまま向かって来た。

「言葉の上書きは無理かっ…!クソ!“がれ”…!」

 自らに弾丸を放ち、さらに体を上昇させ、大波から逃れるアヒル。

「このパターンて、さっきもっ…」

「“稲妻いなずま”!」

「やっぱりぃ!?」

 ドーム型の天井付近まで上昇したアヒルが、先程もあった似たような状況に首を捻らせていると、イクラが言葉を放ち、天井を突き破って、黄色い閃光が降り落ちてくる。

「フハハっ…!焦げ尽きろ!」

「クッソっ…!」

 イクラが高らかと笑いあげる中、落ちてくる稲妻を見つめ、アヒルが険しい表情を見せながら、自分へ向けていた銃口を、その落ちてくる稲妻へと向ける。

「“たれ”!」

 降ってくる稲妻へと、向けられる弾丸。まるで地面から落ちる赤い雷のように、勢いよく飛び出した弾丸が、イクラの稲妻と激突した。

「ううぅっ…!」

「クっ…!」

 二つの力が激しくぶつかり合い、かかる衝撃に、アヒルとイクラは同時に顔をしかめた。




 遊園外、モニター前。

「ん、んんっ…」

 モニター近くの地面に横たわっていた篭也が、ゆっくりとその瞳を開く。

「僕、はっ…」

「神月くぅ~ん!」

「はっ…?」

 雨雲の広がる暗い空を見上げ、戸惑った表情を見せた篭也が、いきなり目の前に顔を出した、今にも泣きそうな表情の保に、その表情を勢いよくしかめた。

「気が付いて良かったですぅ~!はぁ!こんな良い所なんて一つもない俺が、一丁前に神月くんの心配なんかしちゃってすみませぇ~ん!」

「どうでもいいから、とにかく黙れ…」

 相変わらずの調子で謝り散らす保に、呆れたように言い放ちながら、篭也がゆっくりとその場で起き上がる。

「気分はどう…?フフフっ…」

「囁」

 保の横から声を掛けてきた囁に気づき、篭也が振り向く。

「あまり良くはない」

「あら、そう…フフフっ…」

 少し顔をしかめて答える篭也に、囁が楽しげに微笑む。

「そういえば、ご家族が観覧に来てるわよ…」

「家族…?」

 囁の言葉に眉をひそめながら、篭也が囁の指差した方向を見る。

「檻也っ…」

「…………」

 モニター前から少し離れた所に、一人立っている檻也を見つけ、大きく目を見開く篭也。振り向いた篭也を見て、檻也も少し厳しい表情を見せる。

「何故、檻也がここに…」

「言姫様がお連れになったのよ…」

「和音が?」

 口を挟む囁の言葉に、篭也が表情を曇らせる。

「檻也、何で…」

「あっ…!」

「……っ」

 檻也に声を掛けようとした篭也が、モニターの前に立ち、食い入るようにモニターを見つめていた七架が漏らした声につられ、檻也からモニターへと視線を移した。

「二人とも、一歩も譲らないな」

「朝比奈くん…」

 真剣に呟く恵の横で、七架が不安げな表情を見せている。

「神…神が戦って?」

「……っ」

 身を乗り出して問いかける篭也のその言葉に、少し表情をひそめる檻也。

「口にしたくもない程、“神”を嫌っていたのに…」

 篭也を見つめたまま、誰に聞かれることもない程、小さな声で、檻也が呟く。

「安の神のことは…いとも簡単に、“神”と呼ぶんだな…」

 少し目を細めた檻也は、どこか複雑そうな表情を見せていた。

「神が戦っているのかっ?」

「ええ…今まさに、以の神と激しい攻防を繰り広げている最中よ…フフフっ…」

「神っ…」

 篭也がすぐに立ち上がり、モニターの前へと向かって行こうとする。

「うっ…!」

「神月くんっ…!」

 だが立ち上がった途端にバランスを崩し、すぐにしゃがみ込んでしまう篭也に、保が慌てて支えに入る。

「ダメだよぉ~無理しちゃあ」

 横から皆の様子を見ていた為介が、暢気な口調で声を掛ける。

「傷は治したけど、言葉の使い過ぎで、体力はかなぁ~り消耗されちゃってるんだからぁ~」

 扇子で自分を扇ぎながら、ゆっくりと言葉を続ける為介。

「ア段の形状以外の言葉も使っちゃったみたいだしぃ」

「……っ」

 含んだような、鋭い笑みを向けてくる為介に、篭也が少し眉をひそめる。

「ア段の形状、以外っ?」

「…………」

 為介の言葉の意味がわからず、首を傾げている保の横で、囁も鋭い表情を見せる。

「とにかく、肩貸しますよ。神月くん」

 保がしゃがみ込んだままの篭也へと、そっと手を差し伸べる。

「はぁ!今までの人生、何かと借りてばっかだった俺が、一丁前に“貸す”とか言って、すみませぇ~ん!」

「いいから、貸すならとっとと貸せ」

「フフフっ…」

 謝り散らす保と、楽しげに微笑んでいる囁に片方ずつ肩を貸してもらい、篭也がモニターの前へとゆっくりと移動していく。

「あっ、神月くん。こっち、いいよ」

「済まない」

 モニターの前に立っていた七架が、一番よくモニターが見える場所を、篭也へと譲る。加わった七架にも手伝ってもらい、篭也がゆっくりとその場に座り込んだ。

「お前が負けるとは、予想外だったぞ」

 横に立つ恵が、座った篭也を見下ろし、そっと声を掛ける。

「すみませんね、期待に応えられなくて」

「別に期待してたわけじゃないから、気にすんな」

「ああ、そうですか」

 素っ気ない恵の言葉に少し顔をしかめながら、篭也も素っ気なく返事をする。

「……っ」

 モニターに映るアヒルとイクラの戦いを見つめ、そっと目を細める篭也。

「どうだ?」

 モニターを見つめる篭也へと、恵が静かに問いかける。

「勝つと思うか?安の神は」

「愚問ですね」

 恵の問いかけに、鋭い答えを返す篭也。

「誰の神だと思ってるんです?」

『……っ』

 自信に満ちたように、はっきりと言い放つ篭也を見て、囁たち三人が少し驚いたような表情を見せるが、その表情はすぐに笑顔へと変わった。

「そうね…私たちの自慢の神様だものね…フフフっ…」

「そうです!アヒルさんは絶対、負けませんよぉ!」

「うん、うん!絶対、勝つよね!」

 篭也の言葉に勇気づけられたかのように、三人が次々と自信に満ちた言葉を放つ。

「フンっ…」

 そんな自信に満ちた四人の神附きを見つめ、小さな笑みを零す恵。

「耳がかゆいな…」

「けっどぉ、そう楽観視してばっかりもいられないと思いますよぉ~」

「んっ?」

 恵の横へとやって来た為介が、盛り上がっている四人に水を差すような言葉を放つ。

「為介」

「彼の“神への執着”は、そんなに生易しいものじゃあない」

「……っ」

 意味深な為介の言葉に、恵がそっと眉をひそめる。

「確かに、あの男の神への執着には、異常な強さを感じる…」

 先程のイクラの様子を思い出し、険しい表情を見せる恵。

「あの男は何故、あそこまで神に執着する…?」

 恵が鋭い瞳で、為介へと問いかける。

「あの男に、伊賀栗イクラに、何があったんだ…?」

「…………」

 恵の問いかけを聞きながら、モニターを見つめ、為介がそっと目を細める。

「許せないんですよ」

「許せない?」

「ええぇっ」

 聞き返す恵に、為介が大きく頷く。

「たった一人、信じた神様のことが、ねぇ…」

「信じた神、か…」

 為介の言葉に少し厳しい表情を見せながら、恵は再び、モニターの中の二人を見つめた。




 再び遊園内、原始の森地点。

『ハァ…ハァ…ハァ…』

 互いに傷を負い、互いに多くの言葉を使って体力を消耗したアヒルとイクラは、乱れた呼吸を合わせるように零しながらも、まだ強く光る瞳で、互いの姿を見合っていた。

「まだだっ…まだ…」

 力の入らない右手の手首を左手で握り締め、イクラが何とか言玉を握り締める。

「俺は…負けないっ…!」

 握り締められた言玉が、強い青色の光を放った。

「“いかれ”っ…!!」

 水面から噴き上げた水流が、大波を作り上げ、本当に怒っているかのように、激しくアヒルのもとへと向かっていく。

「“れろ”…!」

 アヒルも躊躇うことなく、近くの水面へと弾丸を放つと、弾丸の撃ち込まれた水面から、大きな荒々しい波が立ち上げ、イクラの波へと向かっていった。

『はああぁぁぁぁっ…!!』

 二人の激しい声とともに、二つの大きな波が、遊園の奥で激しくぶつかり合う。

「ううぅっ…!」

「グっ…!」

 互いに砕け散った大波の残骸を浴び、アヒルとイクラがそれぞれ、険しい表情を見せる。

「このっ…!」

「クソ…!」

 二人がすぐに態勢を整え、銃を、言玉を、相手へと突き出す。

「“あらし”っ!!」

「“稲妻いなずま”!!」

 水底から発生する嵐と、天井を突き破り落ちてくる稲妻。言葉の力により起こる天変地異に、遊園が徐々に軋み、崩れ落ち始める。

「この、ままじゃっ…」

 どこからか聞こえてくる重々しく崩れていく音と、天井から降ってくる破片に、アヒルの表情が曇り始める。

「どこを見ている…!?」

「うっ…!」

 落ちてくる破片に気を取られていたアヒルへと、新たに噴き上げた大波が迫ってきており、アヒルが険しい表情を見せる。

「あ、“がれ”!」

 自らへと弾丸を放ち、上昇して大波から逃れるアヒル。

「ワンパターンだな」

「それはてめぇもだろっ?」

 上がりながらアヒルが、自分へと向けていた銃口を、天井へと向ける。

「次、稲妻が来るって、こっちだって読めてんだよ!」

「ハっ」

 天井から稲妻が落ちてくることを見越して、銃口を上へと向けているアヒルを見て、イクラが小さく笑みを零す。

「誰が稲妻を落とすと言った?」

「何っ?」

「俺の言葉は、まだこんなものじゃないんだよっ…」

 得意げに微笑んだイクラが、言玉を持った右手を掲げる。

「“いだけ”!!」

「なっ…!」

 天井付近まで上がっていたアヒルを、水面から突き上げた、まるで手のような形をした二個の水の塊が、アヒルの両側から包み込むように、一気に覆い尽くした。

「うっ…!うぅっ…!」

 手の形をした水が上空で合わさり、さらに大きな水の塊となると、その中にアヒルを完全に捕らえる。水中に閉じ込められたアヒルは、呼吸を封じられ、厳しい表情を見せた。

「そのまま溺れ死ねぇっ!」

 水の中のアヒルを見上げ、確信に満ちた笑みを零すイクラ。

「ううぅっ…!」

 酸素を得られず、アヒルがさらに苦しい顔つきとなる。

「言、葉っ…言葉をっ…」

 必死にもがいていた手や足の動きを止め、水の中で落ち着きを取り戻したアヒルが、静かになった水の中で、そっと耳を澄ませる。

「あっ…」

 ゆっくりと、口を開くアヒル。

「“あふれ出せ”っ…!」


―――パァァァン!


「何っ…!?」

 塊を突き破り、水の中から飛び出てくるアヒルに、イクラが大きく目を見開く。

「また新しい言葉をっ…!?」

「これでも喰らえっ」

 イクラが驚いている中、アヒルが鋭い目つきとなって、今飛び出て来たばかりの水の塊へと、弾丸を放つ。

「“雨霰あめあられ”!」

「うっ…!」

 塊が細かい水の粒となって、下方にいるイクラへと、一斉に降り注ぐ。

「うわあああああああっ!!」

 激しい雨霰を全身に浴び、激しい叫び声をあげるイクラ。

「うあっ…ぁ…」

 すべての雨霰が降り切ると、イクラは声にならない声を落とし、力なく下の水面へと倒れ込んだ。水面の上で、まるで地面の上のように、イクラはうつ伏せに倒れ込む。

「……っ」

 細めた瞳のその視界の中に、水面に映し出された、倒れ込んだ自らの姿が入った。

「俺…俺がこんな…」

 倒れている自分の姿を見つめ、イクラがどこか疑うような声を漏らす。

「違、う…こんなの、俺じゃない…こんなのは…俺じゃない…」

 水面に映し出された自分の姿を、必死に否定するイクラ。

「俺は…神、なんだ…神、なんだよっ…」

 また言い聞かせるように、何度もその言葉を呟く。

「なぁ…“先生”っ…」



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