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あノ神ハキミ。  作者: はるかわちかぜ
82/347

Word.21 神vs神 〈3〉

「アヒるん…!」

 地面に座り込み、モニターを見つめていた囁が、水弾に倒れるアヒルの姿に、思わず身を乗り出す。

「うっ…」

「ほぉ~ら、動かなぁ~い。まだ傷の手当て、終わってないんだからぁ~」

 身を乗り出した囁が、苦しげに体を屈めると、横に立っている為介が、注意するように言い放った。囁はまだ、シャコとの戦いで負った傷を、為介に治してもらっている途中なのである。

「今日は随分と時間がかかるのね…この前は一瞬だったじゃない…」

「言葉の力で負った傷は、治りが遅いんだよぉ」

 文句をつけるように呟く囁に、為介が軽い笑みを浮かべながら答える。

「それにしても…欺きの弾丸までかわされるなんて…」

「やっぱ強いなぁ~イクラくんはぁ」

 扇子を囁へと向けたまま、顔だけをモニターへと向け、感心するように言う為介。

「ああ。強い上に、トンビの使う言葉をよく調べてある」

 為介に答えるように、恵がそっと口を挟んだ。

「調べてあるからこそ、すぐに最適な言葉を放つことが出来る。さっきの“偽れ”がいい例だ」

 モニターを見つめながら、冷静に言葉を続ける恵。

「これまではトンビに合わせた戦い方。以の神はまだ、実力の半分以上も出していないぞ」

「それに引き換え、朝比奈クンは、三つしかない言葉をすでに出し切っちゃったもんねぇ~まずいなぁ」

「……っ」

 恵と為介の言葉を聞き、囁が表情を曇らせる。

「“熟語イディオム”は…?やっぱり間に合わなかったの…?」

「…………」

 厳しい表情で問いかける囁に対し、恵はモニターを見つめたまま、表情一つ変えず、答える素振りを見せなかった。

「よぉ~し、こんなもんかなぁ?」

 その時、治療が終わったのか、為介が明るい声を上げながら、囁へと向けていた扇子を振り上げた。

「まだ痛むところ、あるぅ~?」

「いえ、特には…」

 問いかける為介に、囁が軽く首を横に振る。

「そう、じゃあ手当て完了ねぇ~」

「こ、こっちも手当て、お願いしますっ…!」

『……っ?』

 扇子を閉じ、満足げな笑顔を見せていた為介と、話をしていた囁が、横から勢いよく入ってくる大きな声に、戸惑うように振り向いた。

「あ…」

「ハァっ…ハァっ…」

 溢れ出した水により崩壊した遊園の出入口から、囁たちのいるモニター前へとやって来たのは、少し息を切らせた保であった。その背には、気を失ったままの篭也を背負っている。

「……っ」

 保に背負われ現れた篭也の姿を視界に入れ、少し表情を曇らせる檻也。

「転校生くん…」

「はぁっ!明らかにコミュニケーション能力不足の俺なんかが、お二人の会話に割って入っちゃって、すみませぇ~ん!」

「元気そうね…フフフっ…」

 いきなり頭を抱えて謝り散らす保に、囁は呆れながらも、どこか安心したような笑みを零した。

「はいはい、とっとと怪我人、こっちに置くぅ~」

「あ、は、はいっ!」

 為介に言われ、保が慌てて駆け寄っていき、為介のすぐ前へと、背負って来た篭也を横たわらせる。篭也のすぐ傍へとしゃがみ込んだ為介が、閉じた扇子を再び開いた。

「“やせ”…」

 扇子から淡い青色の光が放たれると、傷だらけの篭也の体を包み込んでいく。

「だ、大丈夫でしょうか?神月くんっ」

 保が為介の背後から覗き込むように顔を出し、不安げに問いかける。

「もうちょっと早く運んでくれたら、助かったのにねぇ~」

「ひええぇぇ~!ごめんなさぁ~い!」

「ウッソー。全然助かるよぉ~」

「ええぇ!?ウソぉ!?」

 為介に調子良くからかわれ、保が顔色をあれこれとせわしなく変えている。

「無事で良かったわ…転校生くん…」

「へっ?」

 背後から聞こえてくる声に、為介にからかわれていた保が振り返る。

「あっ、真田さぁ~ん!」

「フフフ…」

 不気味に微笑んでいる囁の姿を見つけ、安心したような笑みを零す保。

「真田さんも!ご無事で何よりです!」

 保が笑顔で、囁のもとへと駆け寄っていく。

「はぁっ!こんな地味で陰気臭い俺なんかが、一丁前に真田さんの心配なんかしちゃって、すみませぇ~ん!」

「ええ、本当ね…フフフ…」

 謝り散らしている保に、囁が満面の笑みで頷きかける。

「あの、それでアヒルさんはっ…」

「んっ…」

「へっ?」

 少し不安げな表情となって、保が囁へ問いかけようとしたその時、横から小さく漏れてくる声に、保は言葉を止め、戸惑うように振り向いた。

「あっ」

「んっ…んん…」

 囁たちのすぐ傍の地面で横たわり、眠っていた七架が、ゆっくりとその大きな目を開き、体を起き上がらせる。

「ここ、は…?」

 上半身を起き上がらせた七架が、周囲を見渡し、戸惑いの表情を見せる。

「奈々瀬さん!」

「気が付いたようね…フフフ…」

「真田さんに、高市くんも…」

 起き上がった七架を見て、嬉しそうに笑っている囁と保の方を振り向きながらも、まだ戸惑った表情を見せる七架。

「あの、私っ…えっと、その、神試験、は…」

「神試験でのお前たちの役目は終わった」

「えっ…?」

 困惑しながら、二人へとまとまりきらない問いかけをしようとした七架に、二人の代わりに言葉を放ったのは、モニター前に立っている恵であった。

「よくやったな、高市、奈々瀬。五十音士初陣にしては、上出来だったぞ」

「恵先生」

 薄く笑みを浮かべる恵を見つめ、七架が少し目を細める。

「はぁ!ろくに誉められたこともない俺に、なんと勿体のない言葉ぁっ…!」

「そうだな、お前には勿体ないな。よくやったぞ、奈々瀬」

「はぁ!言い直したぁ!」

 恵の言葉に感動していた保であったが、あっさりと言い直す恵に、激しくショックを受ける。

「そっか…私、仁守の人と戦って…あっ!」

 俯き、試験のことを思い返していた七架が、思い出したかのように、勢いよく顔を上げた。

「朝比奈くんっ…!朝比奈くんは!?」

「そ、そうです!アヒルさんはどうなってるんですかっ!?」

 身を乗り出す七架に続くように、保も必死の表情で問いかける。

「恵先生…」

 答えを求めるように、恵の名を呼ぶ囁。

「……っ」

 言葉を待つ三人の視線を受けながら、恵が再びモニターを見つめ、そっと目を細める。

「まぁ精々、信じることだな」

 モニターを見つめる恵の瞳に、映るアヒルの姿。

「お前らの神を」

『……っ』

 その恵の言葉に、囁、保、七架の三人が皆、より一層、厳しい表情を見せた。




 遊園内、原始の森地点。

「う…うぅっ…」

 イクラの水弾を喰らったアヒルが、上空で浮いている姿勢を保っていられなくなり、近くの木の枝の上へと落ち、うつ伏せに倒れ込んでいる。何とか手をつき、起き上がるアヒルの体からは、真っ赤な血が滴り落ちていた。

「“当たれ”に“上がれ”、そして“欺け”か…」

 必死に起き上がろうとしているアヒルを、余裕の表情で見つめるイクラ。

「調査の通りだな…」

「調、査…?」

 体を起こしながら、アヒルがイクラの言葉に表情をしかめる。

「貴様と安団の面々のことは、試験の前にじっくり調べさせてもらった」

 戸惑うアヒルに、答えるように言い放つイクラ。

「“使える言葉はたったの三つ”という調査結果を見た時は、冗談にしか思えなかったが、本当のようだな…」

「ま、だ…あるってのっ…」

「“赤くなれ”か…?それとも“青くなれ”か…?」

 少しムキになって言い返すアヒルに、イクラが嘲るような笑みを向ける。

「さっき“開け”も覚えたってのっ」

「そうか…それは鍵要らずで、実に羨ましいな…」

 微笑んだイクラが、小バカにするように言い放つ。

「だっれが鍵要らずだっ…!」

 嘲るイクラに怒りを示しながら、アヒルが枝へとつく手にさらに力を込め、傷ついた体を無理やり、何とか起き上がらせる。

「どれ程喚こうが、所詮はこの程度…」

 アヒルから目を逸らしたイクラが、少し肩を落とす。

「貴様の戦い方に合わせてやったというのに、そのザマ…」

 イクラが銃口を左手で持ち、銃身に埋め込まれていた言玉を取り出すと、両手で握り締められていた水の銃が、あっという間に崩れ落ちた。

「退屈凌ぎにもなりはしないな…」

「クっ…」

 悠々と顔を上げるイクラに、アヒルがさらに顔をしかめ、傷ついた手で再び銃を握り締める。

「貴様に、神の力量はない」

 銃から取り出された言玉を右手で握り、イクラがはっきりとした口調で言い放つ。

「俺が引導を渡してやろう、安の神」

「誰がっ…!」

 そっと微笑むイクラへと、アヒルが勢いよく銃口を向ける。

「“たれ”…!」

 アヒルの言葉とともに、赤い光の弾丸が、再びイクラへと放たれる。

「もう、見飽きてきたな…」

 口端を吊り上げながら、イクラが言玉を握り締めた右手を掲げる。

「“てつけ”…」

「あっ…!」

 イクラの言葉に反応し、噴き上げた水流が、上がった空中で、アヒルの放った弾丸とともに、瞬間的に凍りつく。そして、弾丸を包んだ氷塊は、深い水底へと沈んでいった。

「今のって…扇子野郎と同じ言葉っ…」

 その言葉は、アヒルが為介に初めて出会った時、為介が忌を倒すために使用した言葉であった。

「当然だろう」

「えっ?」

 少し表情を曇らせていたアヒルが、聞こえてくるイクラの声に、顔を上げる。

「あの男と俺は、同じ“い”の神…あの男に使えて、俺に使えない言葉はないということだ」

「同じ…神っ…」

 底知れぬ強さを感じた為介と、目の前に立つイクラがまったく同じ言葉を使えると考え、アヒルがそっと俯き、考え込むように険しい表情を見せる。

「まぁ、俺はあの男も“神”とは認めぬがな」

「えっ…?」

「“神”は、俺一人でいい」

 再び顔を上げたアヒルに、イクラが突き刺すような視線を見せる。

「俺一人でいいんだ…」

「……っ」

 まるで自分に言い聞かせるかのように、重く深く言い放つイクラを見つめ、アヒルがそっと目を細める。


―――彼がどうして、そこまで神に執着しているのかは知らないけどねぇ―――


「執、着…」

 いつか、為介から聞いたその言葉は、今のイクラを見ていると、自然と零れ落ちた。

「だから貴様を、“神”にはしない」

「うっ…」

 イクラのその突き刺すような視線を正面から向けられ、アヒルが思わず怯むように声を漏らす。

「“いかれ”…!」

 その言葉が表す通り、イクラの周囲の水が、まるで怒ったかのように勢いよく突き上げ、大きな波を形成し、激しく荒れ狂って、アヒルの座り込んでいる木の方へと向かっていく。

「クっ…!」

 迫り来る大波に険しい表情を見せたアヒルが、素早く銃口を自らのコメカミへと持っていく。

「あ、“がれ”…!」

 使い慣れた言葉を発し、上空へと飛び上がっていくアヒル。

「……っ」

 上昇していくアヒルを見上げながら、大波が避けられたというのに、イクラが楽しげな笑みを零す。

「“稲妻いなずま”…」


―――バリィィィン!


「えっ…?」

 空から降り落ちた黄色い閃光が、遊園のドーム型の天井を貫き、飛び上がったアヒルへと落ちてくる。

「うああああああっ…!!」

 上空から落ちてきた光の刃がアヒルを掠め、アヒルが激しい悲鳴をあげて、力なく降下していく。アヒルとともに遊園内の木も一本、稲妻に撃たれ、その瞬間、遊園内を照らしていた電灯が一気に消えた。

<落雷により、電気系統の一部断裂…放送、遮断されます>

「電気までイカれたか…」

 知らせの放送を流して間もなく、遮断される放送に、イクラがそっと目を細める。

「まぁ煩わしかったし、丁度いいか」

「う…ぁ…」

「んっ…?」

 イクラがか細い声に気づき、ゆっくりと顔を上げる。穴のあいたドーム型天井の覗く上空から、稲妻に撃たれたアヒルが、力なく落ちて来ていた。

「おおっと、“いましめろ”」

「うぅっ…!」

 水面へと墜落するところであったアヒルの体を、イクラの言葉に反応して突き上げた、細長い水流が、まるで絡め取るようにアヒルの体に巻きつき、アヒルを空中で縛り上げる。

「電気ショックはどうだった…?安の神」

「なん、で…」

 楽しげに問いかけるイクラを、ゆっくりと顔を上げたアヒルが、開ききっていない瞳で見つめる。

「イ段の力は…水のはずっ…」

「ああ、勿論“稲妻”もイ段の、水の力だ」

 戸惑いの表情を見せるアヒルに、イクラはあっさりと答える。

「大気中の水蒸気で雨雲を作り、稲妻を生む。状態変化する水の能力、ならではの言葉…」

「何、言ってっか…わかんねぇっ…」

「国語だけじゃなく、理科も苦手なようだな」

 険しい表情を見せるアヒルを、呆れたように見つめるイクラ。

「やはり貴様に、神の力量はない」

 イクラが先程も言ったその言葉を、また繰り返す。

「人助けしたくらいでは神になれぬことを、俺が教えてやろう…」

「……っ」

 ゆっくりと言玉を持った右手を向けるイクラに、アヒルが目を細める。

「別に…」

「んっ…?」

「別に俺は…“神だから”って、人を助けるわけじゃないっ…」

「何…?」

 小さな声ではあるが、はっきりと放たれるそのアヒルの言葉に、イクラがかすかに眉をひそめる。

「俺は、“人だから”っ…人を助けるんだ…」

 痛みに歪みながらも、まだ力を失っていない強い瞳を、アヒルがイクラへと向ける。

「それは…貴様が“神”ではないことを認めている、ととっていいのか…?」

 鋭い表情を見せたイクラが、確かめるように問いかける。

「ああ、俺は“神”なんかじゃないっ…」

 イクラの言葉を認めるように、そっと頷くアヒル。

「ならば…」

「けどっ…」

「……?」

 イクラの声を遮り、アヒルがさらに言葉を続ける。

「けど…一緒に戦ってくれた仲間のために、俺を信じてくれる仲間のためにもっ…」

 少し震わせた声で、アヒルが徐々に声を大きくしていく。

「俺は“神”にならなきゃいけないっ…!」

「……っ」

 強く、そして堂々と叫ぶアヒルの姿に、あからさまに不快そうに顔をしかめるイクラ。

「“信じてくれる”、か…」

 アヒルの放った言葉を、イクラがゆっくりと繰り返す。

「くだらない…くだらないな。“信じる”など、この世で最も愚かな言葉だ…」

 またしても煩わしげな表情を作って、イクラが少し感情を露に言い捨てる。

「“神を信じる”など、この世で最も愚かな行為だ」

「…………」

 冷静だったその表情を大きくしかめ、強く言い切るイクラを見て、アヒルが目を細め、表情を曇らせる。

「お前はよっぽど、“お前の神”が嫌いらしいな…」

「“俺の神”、だとっ…?」

 見透かすようなアヒルの言葉に、イクラが眉を吊り上げる。

「この世に神は俺一人だ!この世界に、他の神など必要ないっ…!!」

 怒りを剥き出しにしたイクラの右手に握り締められた言玉が、強く輝き始める。

「“いかれ”っ!!」

「……っ!」

 イクラの怒りに呼応するかのように、先程よりもさらに激しく、荒々しい大波が、水で縛られ、身動きの取れないままのアヒルへと襲いかかってくる。

「グっ…」

 どうする術もなく、強く唇を噛み締めるアヒル。

「うあああああああっ…!!」

 大波に呑まれ、アヒルが遊園を埋め尽くす、深い水の底へと、力なく沈んでいく。

「暗い水の底で朽ち果てろ…安の神」

 右手を下げたイクラが、アヒルの沈んでいった水面を見下ろした。



「う…うぅ…」

 大波に呑まれ、水底へと沈んでいくアヒル。すでに体は傷だらけで、這い上がる力もなかった。

「うぁっ…」

 苦しげに歪んだ表情の口元から、わずかに含んでいた空気が放出される。

「うぅ…ううぅっ…」

 空気を失い、さらに険しくなっていくアヒルの表情。

「……っ」

 徐々に意識が遠のき、瞳がゆっくりと閉じられていく。


―――そこに、言葉を感じないか…?―――


「…………」

 意識を手放しかけたアヒルの脳裏に、半日だけの恵の指導が思い出された。


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