Word.17 神試験スタート 〈3〉
遊園内、遠未来の森地点。
「ん、んんっ…」
妙に尖った珍しい青葉に、天井のドームまで届きそうな細長い木の並ぶ森に囲まれた広場へと、水に流されるようにしてやって来た七架。頭を振り、濡れた髪から滴を落としながら、七架がゆっくりとその場で起き上がった。
「ここ、は…」
「大丈夫ですかぁ?奈々瀬さんっ」
「えっ…?」
すぐ近くから聞こえてくる大きな声に、七架が戸惑った様子で振り向く。
「はぁっ!クラスでも目立たない存在の俺が、奈々瀬さんに馴れ馴れしい口きいちゃって、すみませぇ~ん!」
「た、高市くん…」
七架が振り向いた先には、両手で頭を抱え、空を見上げて謝り散らしている保の姿があった。静かな森に大声を響かせている保に、七架が一気に呆れた表情となる。
「あ、えとっ…神月くんと真田さんは?」
「それが見当たらないんですぅ~。いきなりハグれちゃったみたいですねぇ」
七架の問いかけに、がっくりと肩を落とす保。
「そっか…」
「はぁっ!無駄に背ばっかデカい俺なんかと二人っきりで、不快にさせちゃってすみませぇ~んっ!」
「えっ?べ、別にそんなこと思ってなっ…」
「はぁぁっ!小学生の頃から、牛乳が大好きでしたぁ~っ!」
「…………」
ろくに七架の話も聞かずに、ひたすら叫んでいる保に、七架は引きつった表情を見せ、思わず固まる。
「と、とにかくさっ!」
「へっ?」
声を張る七架に、叫んでいた保が言葉を止め、目を丸くして振り向く。
「神月くんたちを探そっ?わ、私たち二人じゃ、どうにもならなそうだしっ…」
「あ、は、はいっ!」
七架の言葉に、保は満面の笑みを見せて頷く。
「あっ、でも…神月くんたちも、どこかの森に流されちゃってるのかな…?」
「向こうにあった地図を見たら、どの森も結構近い位置でしたし、合流は難しくないですよ、きっと」
「そ、そっかっ」
ゆっくりと立ち上がりながら、七架が保の言葉に笑みを零す。
「合流するまで、以団の人が来なかったらいいけどっ…」
「イダンっ?何でしたっけぇ?それぇ」
「えっ?」
以団という言葉に、聞き慣れていない様子で首を傾げる保に、七架が戸惑ったような表情を見せる。
「た、高市くんも聞いてるんじゃないの?その、安団のこととか、自分が五十っ…」
「ああ!あの地球外生命体の皆さんのことですねぇ!」
「へっ…?」
説明しようとした七架の声を勢いよく遮り、大きな声を放つ保。
「俺らで頑張って、地球を守って見せましょうねぇ!奈々瀬さんっ!」
「あ、う、うん…」
妙に決意の入った、まっすぐな瞳と晴れやかな笑顔で言い放つ保に、“違うよ”と言うことも出来ず、七架は思わず頷いてしまう。
「なんで高市くんには話してないんだろう…?」
保には聞こえないよう、ひっそりと疑問を口にする七架。
「はぁっ!俺なんかが、アニメ番組のヒーロー的なセリフ、口にしちゃって、すみませぇ~んっ!」
「……どうしよう…一人でいるより、不安かもっ…」
相変わらず叫び散らしている保を、後方から見つめ、七架が思わず呟く。
「……っ」
ふと振り返り、どこまでも広がる遊園を見つめる七架。
「大丈夫かな…?朝比奈くん…」
七架の不安げな声が、その場にそっと落ちた。
遊園内、枝垂桜の森地点。
「んっ…」
ふと何かボタンのようなものを踏んだ感覚が足の裏に走り、囁はそっと足を止めた。
「“妨げろ”…」
囁が小さな声で言葉を落とした後、持っていた横笛を奏でる。
―――パァァァァン!
囁のすぐ横の桜の木から、細いナイフのようなものが雨のように勢いよく降ってくるが、奏でられた音が振動の塊となって、その落ちてくるナイフを一本残らず、弾き落とした。
「ふぅ…物騒な桜っ…」
「本当に至るところに罠が仕掛けられているようだな」
横笛を下ろした囁のすぐ横に立っている篭也が、どこか感心するように桜の木を見上げる。
「まぁ、早々引っ掛かるのは我が神くらいだと思うが」
「フフフっ…」
少し毒づく篭也に、囁がそっと口元う緩める。
「でも結局、流されて来ちゃったわね…入口からは随分、遠いのかしら…?」
「ああっ…」
季節外れの桜並木の続く道を、周囲を警戒するように見回しながら、ゆっくりと歩く篭也と囁。二人は言玉を解放したものの、降り落ちてきた水からは逃れることが出来ず、入口からこの森まで流されてしまったのであった。
「先制攻撃…この分断は厳しいな…」
「私たち二人がここに居るということは…あっちは奈々瀬さんと転校生くんだけってことだものね…」
「ああ。五十音士に成り立てな上に、戦いの経験もない、あの二人ではっ…」
桜の花びらの散っていく様子を眺めながら、篭也が表情を曇らせる。五十音士として未熟な保と七架には、篭也か囁が付き、フォローを入れるつもりであったが、いきなりそれが出来なくなってしまった。
「恐らくは、計画的分断だろう。僕たちのことをよく把握している」
「下調べは十分って感じかしら…?こっちはギリギリまで奈守探してたから…以団について、何の情報も持っていないのにね…フフフっ…」
険しい表情を見せる篭也とは対照的に、どこか余裕すら感じる笑みを浮かべている囁。
「以団…ただの好戦的連中の集まり、というわけでもなさそうだな」
「そうね…素人集団相手なんだから、もっと手加減してほしいものだけど…」
スカートの裾を手で軽く振り、水滴を払い落しながら、囁がどこか困ったように呟く。
「まるで…全力でアヒるんを、不合格にしようとしてるみたいっ…」
「……っ」
鋭く言い放つ囁に、篭也の表情が曇る。
「とにかく、一刻も早く二人を探さなければ…このままでは言玉など、あっという間に奪われてしまう」
「これを見て…」
「んっ?」
囁に呼ばれ、篭也が振り向く。囁が指差しているのは、桜並木の木々の間に設置されている、遊園内の地図であった。二人が進む足を止め、地図へと近づいていく。
「私たちが今居る桜の森がここ…入口で二人が流されていった方角を考えると…」
囁が地図に触れた指を、左へと流していく。
「深海の森、遠未来の森、雪国の森…この三つのどこかに、二人が居る可能性が高いわね…」
「向こうか。よし、行こう」
地図と見比べ、方角を定めた篭也が、そちらへ向かおうと一歩、足を踏み出す。
「んっ…?」
篭也に続こうと振り向いた囁が、篭也の足元から溢れ出てくる水に気づく。
「篭也っ…!」
「えっ…?」
「“沈め”…」
「うっ…!」
囁の声に振り向く篭也であったが、振り向ききるその前に言葉が響き渡り、篭也と囁の足元の道から、勢いよく水が噴き出した。
「こ、この言葉はっ…!」
「そう、あたいの言葉…」
「……っ!」
上方から聞こえてくる声に、篭也が素早く顔を上げる。
「五十音第十二音、“し”…」
二人の立っている場所のすぐ近くにある、桜の木の枝の上に立ち、青い言玉を右手に掲げている人物。
「あなたはっ…」
「以団、以附が一…“之守”、東雲シャコ…」
そこへ現れたのは、無気力な、あまり感情のない表情を見せた、シャコであった。
「之守っ…」
「彼女、確か…学校へ行く途中で、アヒるんを攫っていった…」
「ああ。この言葉も、あの時と同じ言葉だ」
シャコを見つめながら、冷静に言葉を交わす篭也と囁。だが、シャコの言葉により生じた水は、徐々にその水位を上げ、二人の体を浸していく。
「あの時と同じように…沈めてやる…」
「馬鹿を言え」
シャコの言葉を、篭也があっさりと一蹴する。
「僕たちに、同じ言葉が通じると思うなっ…!」
篭也が右手に持っていた格子を振り上げ、水位の上がる水に覆われた地面へと、勢いよく突き刺した。
「“涸れろ”っ…!」
言葉とともに地面に突き刺さった格子から赤い光が放たれると、水位を上げてきていた水が一気に涸れ果て、地面の底へと干からびていった。
「イ段の水系能力は見飽きている。あなたの言葉などっ…」
「“縛れ”…」
「何っ?」
噴き出した水が涸れた途端、すぐさま次の言葉を発するシャコに、篭也が焦るように顔をしかめる。
「うっ…!」
地面から突き上げ、縄のように伸びてきた細い水の塊に、格子を持つ右手を絡め取られる篭也。次々と縄状の水が地面から突き上がり、篭也の足や胴を縛り付けた。
「クっ…!」
身動きの取れない体に、篭也が眉をひそめる。
「囁!この水をどうにかしてくっ…!」
「あら…捕まっちゃったわ…フフっ…」
「だああっ!」
横で同じように縄状の水に縛られ、身動きの取れない状態となっている囁に、助けを求めようとした篭也が、思わず間の抜けた声を漏らす。
「何をやっている!?」
「先に捕まったのは篭也でしょう…?」
「だったら、僕を囮に避ければいいだろうっ!?」
「私、篭也を見捨てるなんて…そんなこと出来ないっ…」
「ウソをつけっ!」
嘘臭いほどにきらきらと瞳を輝かせて言い放つ囁に、篭也が思いきり怒鳴りあげる。
「チっ…!こうなったら変格でっ…!」
「そうはさせない…」
「あっ…!」
縄状の水が言玉を持つシャコの右手に操られるように、巧みに動き、篭也が武器の変格を行う前に、篭也の右手の中から格子を奪い取った。同じように、囁の手から横笛も奪っていく。
「あんたたちのことは、よぉく調べた…戦い方も把握してる…」
「よく調べられちゃったなんて…何だか照れるわね…フフフっ…」
「暢気なことを言っている場合か!」
武器を奪われたというのに、余裕すら感じる笑みを浮かべている囁に、篭也が思わず怒鳴りあげる。
「これで二個っ…」
『……っ!』
持ち主の手から離れ、武器から元の玉の姿へと戻った言玉を、シャコが縄状の水からまるで手渡されるように、ゆっくりとその左手で受け取る。その様子に、篭也と囁が一気に表情を曇らせる。
「結構、あっさり…」
二人の言玉を手にし、少しがっかりしたように呟くシャコ。
「安団の中で、注意すべきは加守と左守だけ…あんたらでこの程度じゃ、他も知れてるな…」
「クっ…」
上から見下すように言い放つシャコに、篭也が険しい表情を見せる。
「さぁ、次の言玉を奪いに行くか…」
「なっ…!」
身動きの取れない篭也と囁に、あっさりと背を向けるシャコに、篭也が大きく目を見開く。
「ま、待てっ…!」
思わず声を張り上げ、シャコを呼び止める篭也。
「あなたを、このまま行かせるわけにはっ…!」
「いかないわっ…」
「……っ」
水の縄に縛られたまま、何とかしようと必死にもがく篭也たちを、シャコがゆっくりと振り返り見る。
「あたい…無駄な努力は、好きくない…」
もがく二人の様子を見つめながら、シャコが少し煩わしそうに顔をしかめる。
「この言葉で、楽に逝かせてやる…」
『……っ?』
シャコが二人へ再び自分の言玉を向けると、篭也と囁が戸惑うように、眉をひそめる。シャコの構えた言玉が、強い青色の光を放っていく。
「“死ね”…」
「えっ…?」
「なっ…!」
放たれる言葉に、篭也と囁が大きく目を見開いた。




