Word.12 救イ 〈1〉
遊園地跡、ステージ付近。
「囁っ」
「んっ…?」
不治子との戦いを終え、静まり返ったステージ付近に立ち尽くしていた囁が、呼ばれる自分の名に、ゆっくりと振り返った。
「篭也、それにあなたは…」
「言ノ葉高校三年、オカルト同好会部長の箕島雅です」
「あら、そう。フフっ…」
囁が振り向くと、遊園地の入口の方から、それぞれヒロトと蛍との戦いを終えた、篭也と雅がやって来た。眼鏡の縁を指で押し上げながら、自己紹介をする雅に、囁がそっと微笑む。
「手を貸してもらったの…?随分と苦戦したみたいね、篭也…」
「放っておけ」
笑みを向ける囁に、素っ気なく言い放つ篭也。
「それより神は?」
「あそこ…」
「んっ?」
篭也の問いかけに、囁が指差したのは、遊園地の遥かに奥。数々のアトラクションの向こうに、かすかに館のようなものが見えた。
「今は止んでるけれど…さっきまで、あそこから戦いの音がしていたわ…」
「神が戦っているのか?」
「銃の音も聞こえたから、たぶん…」
「……っ」
囁の言葉に、篭也が表情を曇らせる。
―――“招かれざる客が二人来ている。自分一人のはずだったのに”って―――
「…………」
先程のヒロトの言葉が思い出され、考えるように俯いた篭也は、険しい表情を見せた。
「浮かない顔ね…何かあった…?」
「少しな…」
問いかける囁に、篭也が短く答える。
「とにかく、朝比奈くんのもとへ急ぎましょう」
「ああ」
「ええっ…」
雅の言葉に篭也と囁が頷くと、三人はすぐに、奥へと駆け出していった。
遊園地最奥、恐怖の館。
「うぅっ…痛つつつっ…」
全身に細かい針を浴びたアヒルが、その表情をしかめながら、ゆっくりと起き上がる。
「大丈夫か…?ザべスっ…」
「エリザよっ…人の心配、する暇があったら…自分の心配してなさいっ…」
アヒルがゆっくりと横を向くと、そこには、同じように全身に細かい針を浴びた、エリザの姿があった。エリザも何とか起き上がり、いつもの通り、アヒルに強い言葉を投げかけるが、その声に、先程までの力強さはなかった。
「ちゃんとツボに刺さってんのかねぇ?これっ…」
「これだけ刺さってるんだからっ…一本くらいは、刺さってるんじゃないのっ?」
どこか暢気に言葉を交わしながら、決して暢気ではない、引きつった表情で、体に刺さった針の何本かを抜く、アヒルとエリザ。
「ハハハっ」
『……っ』
前方から聞こえてくる笑い声に、アヒルとエリザが同時に顔を上げる。
「いいザマだね、神様っ」
「クっ…」
両手に針を構えたまま、楽しげに笑う灰示の姿に、エリザは険しい表情を見せた。
「何とか攻撃をっ…そうだ!」
考えるように俯いたエリザが、何か思いついたように声を出し、すぐさま顔を上げる。
「君の残り二つの言葉はっ?」
「うぇっ…!?」
エリザの問いかけに、アヒルが焦りの声を漏らす。
「それで何とか、突破口をっ」
「いやぁ、それはぁ、そのぉっ…」
「何よ?歯切れが悪いわね。言ってみなさいよ?残りの言葉。私が作戦考えてあげるからっ」
「……っ」
さらに強く問いかけてくるエリザに、アヒルがそっぽを向くように、視線を逸らした。
「あ…“青くなれ”と、“赤くなれ”…」
「はっ…?」
アヒルの口から出た言葉に、エリザが大きな口を開けて、固まる。
「はぁぁぁっ!?」
しばらく間を置いた後、声を張り上げるエリザ。
「何よ、それ!そんな言葉、数に入れてるんじゃないわよっ!」
「うっせぇ!数えるかどうかは、俺の自由だろうがっ!」
「ハハハっ」
『……っ』
大きな声でモメていたアヒルとエリザであったが、入ってくる、もう聞き慣れたその笑い声に、眉をひそめ、再び正面を向いた。
「また笑われただろうがっ」
「だから、おかしくて笑ってるわけないでしょっ」
正面の灰示の方を向いたまま、二人が小声で言葉を交わす。
「まだ元気そうだね。じゃあ…」
灰示が、針を構えた両手を振り上げる。
「話すことすら、出来なくしてあげるよっ…!」
『……っ!』
勢いよく放たれる針に、アヒルとエリザが目を見開く。
「“倍せ”っ…!」
「うっ…!」
灰示の言葉を受け、赤い光を放った針が、その数を倍へと増やし、二人へと向かっていく。差し迫る針に、険しい表情を見せるエリザ。
「エリザっ…!」
「えっ…?きゃっ…!」
アヒルがエリザを横へと押し出し、針の直線コースから追い出す。
「アヒルっ…!?」
「クっ…!」
横へと倒れ込んだエリザが、戸惑うように呼びかける中、アヒルは素早く銃口を、自分のコメカミへと向けた。
「“上がれ”っ!」
銃から放たれた光を浴び、上へと飛び上がるアヒル。アヒルが居なくなり、灰示の放った針が、アヒルのすぐ後ろにあった壁へと突き刺さった。
「……っ」
飛び上がったアヒルを見上げ、そっと目を細める灰示。
「“倍せ”…!」
灰示が上方へ向けて針を放ち、またしてもその数を増やして、宙を舞うアヒルへと向ける。
「クソっ…!」
上空で必死に動き、向かってくる針をすべて避けるアヒル。
「“青くなれ”と“赤くなれ”は問題外としてっ、“上がれ”も攻撃の言葉ではねぇっ」
針を避け、空中を移動しながら、アヒルが必死に考えを巡らせる。
「やっぱり、“当たれ”で何とかしねぇとっ…!」
自分の中で結論を導き出し、すべての針を避け終えたアヒルが、空中で態勢を整え、右手の銃を、下方にいる灰示へと向ける。
「“当たっ…!」
「撃つのかい?」
「……っ」
アヒルの言葉が、問いかける灰示の声に遮られる。
「この体は、保の体…僕を撃てば、同時に保を傷つけることになるんだよ?」
「うっ…!」
灰示の言葉に、アヒルの表情が険しくなり、引き金を引こうとしていた指が、勢いよく止まった。
「クっ…!」
「ハハハっ…」
銃を構えたまま、その引き金を引こうとしないアヒルを見上げ、灰示が楽しげな笑みを浮かべる。
「そんな卑怯なっ…!」
「“卑怯”…?」
思わず声をあげたエリザの方を、灰示がゆっくりと振り返る。
「僕は別に脅しているわけじゃないよ…?攻撃したければ、すればいい」
エリザを見た灰示が、冷たい笑みを浮かべる。
「君たち五十音士が、そうしてきたように…」
「えっ…?」
「……っ」
灰示の言葉に、エリザが少し首を傾げ、空中のアヒルが、かすかに眉をひそめる。
「そうだろう…?君たち五十音士は、言葉に傷ついた人間を、忌を倒すためと言って、傷つけてきた…」
灰示がエリザから、アヒルへと視線を移す。
「平気な顔で…」
「……っ」
微笑む灰示に、アヒルが複雑な表情を見せる。
「傷ついた者を甚振って、救ってやったと偉ぶって…何が五十音士っ…」
灰示が煩わしそうに、首を振る。
「何が神っ…」
「…………」
突き刺すような灰示の視線を浴び、アヒルが、その視線から少し逃げるように俯く。
「傲慢だよね、ホントっ…!」
「……っ!」
灰示が上方のアヒルへ向け、針を一本、投げ放った。
「“爆ぜろ”…」
「は、ぜ…?」
針を避けようと体を逸らしながら、聞き慣れぬ言葉に、首を傾げるアヒル。
「あっ…!」
大きく目を見開いたエリザが、上へと身を乗り出す。
「離れて!アヒル!爆発するわっ…!」
「えっ…!?」
エリザの叫びに、アヒルが焦りの表情となる。
「もう遅いっ…」
だがアヒルがその場を離れる時間も置かずに、灰示が微笑むと、その針は、強い赤色の光を放った。
―――バァァァァン!
「うああああぁぁっ…!!」
「アヒルっ…!」
勢いよく爆発した針の衝撃を受け、アヒルが苦しげな叫び声をあげ、空中から力なく落下する。エリザは必死に体を起こし、アヒルの落下地点へと入り込んだ。
「うっ…!」
落ちてきたアヒルを、自分の体を下敷きにするようにして、何とか受け止めるエリザ。だが、エリザ自身も酷い傷を負っており、その衝撃に、強く表情を歪めた。
「ク、ソっ…」
「言葉の数に差がありすぎるわ…」
ゆっくりと起き上がるアヒルの体を、横から支えながら、エリザが厳しい表情で言い放つ。
「それに、君の友達のことを考えたら…ろくに攻撃することだって…」
「あいつが…」
「……っ?」
小さな声を発するアヒルに、エリザが顔を上げる。
「あいつが、取り憑いた忌だってんなら…保の体から、追い出すことが出来るはずっ…」
「そうか!そうすれば、忌である彼だけに攻撃をっ…!」
「無駄だよっ」
『……っ』
二人がやっと思いついた策を、すぐさま否定する灰示の声。
「八年もの時を共有して…僕と保は、互いの存在がなければ、生きていくことが出来ない状態になっている」
灰示が、鋭い視線を二人へと送る。
「保が死ねば、勿論、取り憑いている僕も死ぬし、保から僕の存在を切り離せば、保も死ぬっ」
『なっ…!』
灰示の言葉に、衝撃を走らせるアヒルとエリザ。
「そ、そんなっ…」
「残念だったね」
茫然とした表情を見せる二人に、灰示が針を投げ込む。
「“爆ぜろ”…」
『うっ…!』
赤く光る針に、二人の表情が歪んだ。
「うああああっ!」
「きゃああああ!」
爆発した針の衝撃に吹き飛ばされ、アヒルとエリザが、入口横の壁へと背中を叩きつける。鈍い音を響かせると、二人はその場に、力なく倒れ込んだ。




