Word.5 乱レル弾丸 〈3〉
「で…作戦は…?」
「作戦っ?」
「この神にそんなものが思いつけるはずがないだろう」
「ああ!?」
囁の問いに困り顔を見せたアヒルは、小バカにしたような発言の篭也に、勢いよく顔をしかめた。
「確かに忌の数は多いが、僕と囁が変格形を使えば、すぐに倒せる」
「変格形って、あいつらを、この前の鎌や槍でぶった斬るってのか!?」
篭也の言葉に、どこか焦った様子で問いかけるアヒル。
「殺さないように気を付ける。問題ない」
「どこが問題ないんだよ!」
素っ気なく答える篭也に、アヒルが勢いよく怒鳴りあげる。
「今回の相手は、親友でもクラスメイトのバイト仲間でもなく、ただの不良だろう?」
「いっくらただの不良共とはいえなぁ!アホなスー兄の言葉に、少なからず傷ついた人間を、攻撃するなんてっ…!」
「さっき見せたはずだ」
「へっ?」
急に話を変える篭也に、目を丸くするアヒル。
「僕の言葉で傷は回復することが出来る。傷つけたところで、後で治せば問題ないだろう?」
「……っ」
篭也のその言葉に、アヒルが一気に眉をひそめる。
「囁、変格形の準備をっ…」
「問題なくなんかねぇーよっ…」
「えっ…?」
囁の声を掛けようとした篭也が、そっと呟かれたアヒルの言葉に振り返る。
「神っ…」
「傷ついた人間を、後で治すからって平気で傷つけるような奴とっ…」
ゆっくりと顔を上げたアヒルが、振り向いた篭也をまっすぐに見る。
「俺は一緒に戦えない」
「……っ」
射るような強い瞳で、迷いなく言い放つアヒルに、篭也が思わず目を見開く。すぐにアヒルから目を逸らした篭也は、何も言わないまま、少し時間を置いた。
「…なら、戦わなくていい。あなたは兄と共に、大人しく見ていろ」
沈黙の時を置いて、篭也がやっと口を開く。
「忌の相手は、僕たちだけでする。囁」
「はいはい…」
そう言い捨てると、篭也は言玉を六本の格子へと変えながら、囁とともにアヒルの横から足を進めていき、待ち構える男たちの方へと歩み寄っていった。
「……っ」
その場に残ったアヒルが、右手の銃を握る手に、そっと力を込める。
「僕は前の一団を相手する。囁は後ろを」
「本当に変格形で攻撃をするの…?篭也…」
「当たり前だ。僕はいつまでも、神の馬鹿らしい発言に従う気はない」
囁の問いかけにきっぱりと答えると、六本の格子を一本に重ね合わせ、篭也が前方にいる男たちのもとへと向かっていった。
『グゥゥゥっ…』
「……っ」
唸り声を漏らしながら、ゆっくりと近づいてくる男たちに、篭也が鋭く目を細め、一本となった格子を構える。
「変かっ…」
―――傷ついた人間を、平気で傷つけるような奴と、俺は一緒に戦えない…―――
「……っ」
思い出されるアヒルの言葉が、責めるような表情が、篭也が放とうとしていた言葉を止めた。
「“破”っ…!」
「クっ…!」
言葉を止めてしまった篭也へ向け、男の一人が衝撃波を放つと、篭也は思わず表情をしかめながら、一本にした格子を、もう一度、六本へと分かれさせた。
「“返せ”…!」
六本の格子を盾のように重ね合わせ、篭也が衝撃波を、放った本人へではなく、誰もいない空へと弾き返す。
『グゥゥゥっ…』
「何で僕がっ…こんなことっ…!」
傷つけまいとする自分に嫌気が差したように、篭也は表情をしかめた。
「……やっぱり変格形はなし、か…」
そんな篭也の様子を、振り返り見ながら、囁が落ち着いた様子で呟く。
「そうだと思った…あなたは優しい人だもの、篭也…」
表情をしかめている篭也とは対照的に、囁はどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「なら私もっ…」
「グオオオォォォ!“破”っ…!!」
「……っ」
衝撃波を放つ男の方を振り向き直し、そっと目を細める囁。
「“妨げろ”…」
囁も横笛を変格形へと変えることなく、そのまま吹き鳴らし、向かってくる衝撃波を振動で妨害した。
「優しい振りをしてないとね…フフっ…」
横笛を口から離すと、囁はさらに楽しそうに微笑んだ。
「あいつ等っ…」
変格形を使わずに戦う篭也と囁の姿に、戦いをただ見ているだけのアヒルは、驚いたような表情を見せた。
「俺の言葉を…聞いて…?」
その態度とは裏腹に、篭也も囁も、アヒルの無責任な言葉に、従おうとしてくれている。不利な状況になるとわかっているのに、相手を傷つけないように、戦ってくれている。
「篭也…囁…」
そんな二人の姿に、そっと目を細めるアヒル。
「俺が言い出したんだ…俺が、何とかしないとっ…」
「ア…アヒル君…」
「へっ?」
何とかしようと必死に考え始めたアヒルが、後方からの名を呼ぶ声に、戸惑うように振り返った。
「あ、ツー兄っ」
アヒルが振り返ると、そこには囁の振動の膜に包まれた、ツバメの姿があった。
「そっか。ツー兄いたんだっけ…」
初めはツバメを助けに来たというのに、戦いに集中しすぎて、ツバメのことをすっかり忘れてしまっていた。
「大丈夫…?」
「えっ…?」
心配そうに問いかけてくるツバメに、アヒルが戸惑いの表情を見せる。
「大丈夫、って…?」
「篭也君たちと…モメてたみたいだったから…」
「……っ」
優しい瞳を見せるツバメに、少し目を細めるアヒル。
「だ、大丈夫だって!っつーかツー兄、俺の心配なんかしねぇーで、自分か想子の心配してろって!」
「無理だよ…」
「えっ…」
すぐさま答えるツバメに、アヒルが目を丸くする。
「だって僕…アヒル君のお兄ちゃんだもんっ…」
「……っ」
これ以上ない程に優しく、穏やかに微笑むツバメに、アヒルは丸くした瞳を大きく見開き、込み上げるものを押さえるように、口元を手で覆った。
「ツー兄っ…」
「グオオオォォォっ!」
「なっ…!」
ツバメの方を見ていたアヒルの背後から、男の一人が、ナイフを振り上げ、アヒルへと迫り来た。振り向いたアヒルが、焦りで表情を歪める。
「しまったっ…一人、向こうへっ…」
「神っ…!」
他の者たちと交戦中の篭也と囁が、思わず身を乗り出す。
「クっ…!」
素早く振り返ったアヒルが、ナイフを振り上げるその男へ向け、右手に握り締めていた銃を構える。
「あっ…」
“当たれ”の言葉などなくても当たりそうな距離であったが、アヒルは引き金を引く指を、動かすことが出来なかった。
「グオオオォォォっ…!」
「うっ…!」
迫る刃に、表情を引きつるアヒル。
「アヒル君っ…!」
その時、大きくアヒルの名を呼んだツバメが、勢いよく囁の張った膜の中から飛び出した。
―――…………っ!
「……っ!」
飛び散る赤い血に、アヒルが大きく目を見開く。
「うぁっ…」
「ツっ…ツー兄ぃぃぃっ…!!」
膜を飛び出したツバメは、アヒルを庇うように、アヒルと男の間に割って入り、男の振り下ろしたナイフに、アヒルの代わりに斬り裂かれ、血を流してその場に倒れ込んだ。
「篭也っ…!」
「わかっているっ…!」
焦るような囁の声に、こちらも焦りを見せ、少し荒げた声で答える篭也。
「だがこれではっ…!」
周囲を囲う男たちに、篭也の額から、焦りの汗が流れ落ちた。
「ツー兄!ツー兄っ!」
倒れ込んだツバメを抱えるようにして、その場に座り込むアヒル。アヒルが必死に呼びかけるが、胸を斬り裂かれたツバメは深く目を閉じ、その呼びかけに答えることはなかった。
「ツー兄っ…」
青白く変わった表情で、アヒルが必死にツバメを見つめる。
<この人間共の心を傷つけた…>
「……っ」
ナイフを振り下ろした男を包む黒い影、忌が重苦しい声を発する。
<こいつ等、みんな思っている…そんな奴、“居なくなればいい”となっ…!>
「……っ!!」
忌の発したその言葉に、アヒルが大きく目を見開いた。
「あっ…」
声にならない声を漏らしたアヒルが、唇を、肩を、全身を震わせる。
「ぅあっ…!」
震わせた体で深く俯き、額から汗を流すアヒル。
―――兄ちゃんなんかっ…!居なくなればいいんだっ…!!―――
「……っ!」
思い出される過去の言葉に、アヒルはさらに目を見開いた。
―――パァァァン!
『えっ…?』
暗闇に鳴り響く銃声に、戦っていた篭也と囁が、思わずその動きを止めた。
―――パァァン!パァァン!パァァン!―――
『ギャアアアアアっ!』
「なっ…」
銃声はさらに鳴り響き、篭也の周囲を囲んでいた男たちが、次々と銃弾に貫かれ、倒れ込んでいく。倒れていく男たちを、戸惑うように見回す篭也。
「神っ…?」
男たちが倒れ、視界の広がった篭也が、アヒルの方を見る。
「“当たれ”…“当たれ”…“当たれ”…」
倒れ込んだツバメの横に座り込んでいるアヒルは、深く俯いたまま、銃口だけを空へと向け、何度も何度も引き金を引き、ひたすら“当たれ”の言葉を繰り返していた。
「アヒるん…?」
篭也と同じように、周囲の男たちが倒れていき、囁も戸惑うようにアヒルを見つめる。
「“当たれ”…!」
「ギャアアアアアアア!」
『グゥっ…ゥゥっ…』
「……っ」
アヒルの放つ弾丸に貫かれた男は、激しく苦しみ、痛々しい声をあげながら、倒れ込んでいった。先に倒れた男たちからも、苦しげな声が漏れており、その光景を見つめ、篭也は表情を険しくした。
―――少なからず傷ついた人間を、攻撃するなんてっ…!―――
「何をっ…」
―――傷ついた人間を、平気で傷つけるような奴と、俺は一緒に戦えない…―――
「何をしているっ…!」
強く拳を握り締めた篭也が、勢いよく顔を上げる。
「神っ…!!」
思い出されるアヒルの言葉に、篭也は思わず声を荒げ、必死にアヒルへと叫びあげた。
「“当たれ”…“当たれ”…」
「神っ…!」
「“当たれ”…!」
「……っ」
どんなに強く呼びかけても、引き金を引く手を止めようとしないアヒルに、篭也が強く唇を噛み締める。
「アヒルっ…!!」
「……っ!」
篭也が強く、アヒル自身の名を呼ぶと、アヒルは虚ろだった瞳を、大きく見開いた。
「あっ…」
アヒルがやっと顔を上げ、右手から銃を力なく零れ落とす。アヒルの手から離れた銃は、地面に落ちるとすぐに、ただの言玉の姿へと戻った。
「ハァっ…ハァっ…ハァっ…」
必死にアヒルに呼びかけた篭也が、叫びすぎたのか、乱れた呼吸を、大きく肩を揺らしながら整える。
「篭也…」
「……っ」
アヒルの連続的な攻撃により、もう男たちは誰一人立っておらず、何の障害もなくなった囁は、スムーズに篭也のもとへと歩み寄ってきた。
「早く忌を倒さないと、忌自身のダメージが連動して、宿主にもダメージを与えてしまうわ…」
「ああ、わかっている」
『グゥゥゥっ…!ウウゥっ…!』
倒れたまま、苦しげな声を漏らしている男たちに、篭也と囁が焦った表情を見せる。
「だが今の状態の奴らを変格形で攻撃すれば、それこそ致命的なダメージにっ…」
「“射抜け”…」
―――パァァァァン!
『グオオオォォ!』
「えっ…?」
どこからか走り抜けてきた青く細長い無数の光が、倒れていた男たちをすべて貫くと、男たちに取り憑いていた黒い影が、その青い光に突き刺されるようにして、男たちの体から飛び出した。忌の出た男たちは、苦しみから逃れ、気を失って、その場に倒れていく。
「な、何っ…」
「“凍てつけ”…」
『ギャアアアアアアアっ!』
「……っ!」
男たちから飛び出た忌たちは、今度はどこからか吹き抜けてきた吹雪に、一瞬で氷づけにされてしまった。大量の忌を包んだ氷は、次の瞬間、粉々に砕け散り、忌もろともきれいに消えていった。
『あっ…』
一瞬で起こった、あまりに衝撃的な出来事に、唖然とした篭也と囁は、大きく目を見開いたまま、しばらく表情一つ、動かすことが出来なかった。
「ふぅ~何とか間に合ったみたいだねぇ~」
『……っ!』
後方から聞こえてくる聞き慣れない声に、篭也と囁が同時に振り向く。
「何者だっ…!」
「えぇ~?何者かってぇ~?」
静まり返った道に響く、草履で歩く音と、どこか軽い口調の声。
「べっつに名乗る程のもんじゃあっ…!」
「井戸端為介という変な名前です」
「あぁ~言っちゃダメだよぉ~!雅くぅ~ん!しかも変な名前って、ヒドいしぃ~」
軽いノリの会話をしながら、その場へと現れたのは、為介という名前らしき、紫色の袴姿に、『為』と書かれた水色の扇子を持った黒髪の男と、雅と呼ばれた、眼鏡を掛けた制服姿の青年であった。
「井戸端…為介…?」
男の名を繰り返し、篭也が少し眉をひそめる。
「やぁっ、こんにちはぁ~あっ、こんばんはかなぁ?」
『……っ』
歩み寄って来る二人に、警戒の色を強め、それぞれの武器を身構える篭也と囁。
「そんなに警戒しないでよぉ~一応、助けてあげたんだからさぁ~」
「一応、ね…」
為介の言葉が引っ掛かったのか、少し眉をひそめながらも、囁が構えていた横笛を下ろす。すると、囁に続くように、篭也も格子を言玉へと戻した。
「あなたたちは一体っ…」
「お話はちょっと待ってぇ~」
「えっ…?」
問いかけようとした篭也が、目の前に手を出され、少し戸惑った声を漏らす。
「怪我人を先に看ないとぉ~」
「ああ、そういえば」
為介に言われ、篭也がアヒルのすぐ傍で倒れているツバメへと視線を移す。
「早く回復をっ…」
「ボクに任せといてぇ~」
「何っ?」
言玉を持ち、ツバメの方へと歩み寄っていこうとした篭也を制した為介が、篭也の代わりにツバメのもとへと歩み寄っていく。
「……っ?」
「アハっ」
戸惑うように見上げるアヒルへ、為介が笑顔を向ける。
「これはヒドいだねぇ~このまま放っておいたら、二時間くらいで死んじゃいそぉ~っ、アハハっ」
「……っ」
重傷のツバメを見ながら、まったく場の空気の読めていない、陽気な笑顔を零す為介に、アヒルは自分の感情を隠すことなく、あからさまに表情をしかめた。
「あっ、ごめんごめん。失言だったかなぁ?」
そんなアヒルを見て、軽く謝る為介。
「大丈夫っ、ちゃぁ~んと治すからっ。ほいっ!」
そう言うと、為介はツバメへ向けて、持っていた扇子を振り下ろした。
「“癒せ”」
扇子から青く淡い光が放たれ、光がツバメの胸の傷を包み込んでいく。
「あっ…」
青い光に包まれた傷は、まるで手品のように、一瞬にして消える。
「消えたっ…」
ツバメを見下ろし、驚きの表情を見せるアヒル。
「篭也の回復より速いわ…」
「……っ」
アヒルと同じように、ツバメの傷の回復を見た篭也と囁が、それぞれ表情を曇らせる。
「あ、ありがっ…」
「忌との戦闘中にもかかわらず、自我を失い、銃弾を乱発っ…」
「……っ」
為介を見上げ、礼を言おうとしたアヒルが、為介の言葉に、思わず声を呑み込む。
「一発で倒せるならともかく、力が中途半端なせいで、宿主にいらぬ痛みを与えた…」
突き刺すような為介の瞳に、アヒルが思わず眉をひそめる。
「オマケに…大切なものすら守れてないし…」
為介がツバメの方に目を移し、さらに言葉を続ける。
「君っ…」
アヒルをまっすぐに見つめる、為介。
「神、失格だね」
「……っ!」
冷たく放たれた為介の言葉に、アヒルは大きく目を見開いた。
「我が神に随分と…勝手な口きいてくれるわね…」
「んん~?」
後方から聞こえてくる声に、為介がアヒルから目を逸らし振り返ると、そこには、威嚇するような強い瞳で、為介を見つめる囁の姿があった。
「あなたはどこの誰…?忌や神を知っているのだから…五十音士ではあるのでしょう…?」
為介を刺すように見つめながら、囁がさらに言葉を続ける。
「五十音士であるのなら…五神にそんな口をきいたら…どんな罰を受けることになるか…」
「思い出した」
「えっ…?」
囁の言葉は、隣でハッとした表情を見せた篭也の声に、遮られた。
「篭也…?」
「井戸端…為介…」
為介の名を呼びながら、まっすぐに為介の方を見つめる篭也。
「五十音第二の音…“い”の力を持つ者…」
「“い”…?」
篭也の言葉に、囁が首を傾げる。
「“為の神”…井戸端為介…」
「えっ…?」
その単語に、大きく目を見開く囁。
「為の…」
同じように驚きの表情を見せたアヒルが、ゆっくりと為介を見上げる。
「神っ…?」
「アハっ」
“神”という言葉を口にし、顔を上げるアヒルに、為介はどこか不敵な笑みを向けた。




