【番外編】魔術師の愉悦なる朝
あたくしはカナリア・シドー。
オスタシアの巫女姫であるヒナコ様に仕える魔術師ですわ。
あたくしの朝はヒナコ様のお目覚めを促すモーニング・ティーを用意する事から始まります。勿論ヒナコ様が暮らすこの趣味の悪い形をした城には多くの使用人がおりますけれど、この役目は譲れません。寝ぼけ眼でお茶をすするヒナコ様のお可愛らしさときたら!
はむはむしたい!ぺろぺろしたい!顔についた寝跡も、ぴこんと跳ねた寝癖も全部あたくしのものにしたい!!寝ぼけて砂糖ではなく塩をどばどば入れているところも、眠気に瞼が落ちかけながら無理矢理目を開けようと頑張るから白目になりかけているところも全部あたくしのもの!こんなお姿、たかが使用人に見せるには勿体ない!!
「どうしたのカナリア、私の事じっと見て」
「貴女様の事を考えておりましたわ」
あたくしとしたことが、一つの動作も見逃すまいと見つめすぎたらしくヒナコ様に違和感を感じさせてしまったようです。
「私のこと?」
「はい!ヒナコ様の愛らしさについて!」
ヒナコ様は困ったように笑って、ひたすらお茶が入ったカップの中身をスプーンで混ぜています。困惑する姿もあたくしのもの。
「そんな事言ってくれるの、昔からカナリアだけだぶえっへえ!辛い!!このお茶辛い!!舌が死ぬ!!!」
先程大量の塩を入れておりましたお茶を一口飲んで悶絶するヒナコ様も素敵なこと。やっぱりこんなヒナコ様の姿を見る事ができるのはあたくしの特権であるべきですわ。
「おはようございます、ヒナコ様。・・・退け、カナリア。お前が入口を塞いでいては部屋に入れない」
そんな幸せの時間にいつも水を差すのはやはりこのボウヤ。いつもいつも鬱陶しい、ヒナコ様が止めなければヒキガエルにしてやるのに。
「お、おはようギルバート」
「ヒナコ様?顔色が悪いようですが・・・いい加減退けと言っているカナリア!」
辛さのあまり涙目になっていたヒナコ様の異変に目敏くも気がついたボウヤがあたくしを強引に押し退けて部屋に入ってきます。あたくしの腕に触りましたわね。後で消毒しなくては!
「どこかお加減でも?」
「いや大丈夫。ちょっと塩が・・・ううん、何でもない」
ああ、ギルバートのボウヤ如きにも心配をかけまいと笑うヒナコ様の健気な姿に胸を打たれます。
「そうですか・・・あと差し出がましいようですが、髪に乱れがあるようです」
「嘘。どこ?」
「後ろですから見えないでしょう。宜しければ、俺が・・・いえ、カナリアが整えます」
女の髪に気安く触るなど言語道断。あたくしの気迫を感じてか、ボウヤは持ち上げかけた手を素直に下ろした様子。そうそう、身の程をわきまえなさいな。
「別にギルバートでも良いよ」
「いえ、女性の髪に触れるのはあまり・・・」
「ふーん。ギルバートなら全然気にしないのに」
あらあらあらあら。
まあまあまあまあ、全く異性として意識されてないんですわねえ、お気の毒過ぎて笑えますわ!
でも、それで良いのでしょう。
ヒナコ様が恋をすることなんて、もう二度と無いのですから。
「カナリア、綺麗にして貰える?」
「勿論ですわ、ヒナコ様」
あたくしはにっこり笑って櫛を手にしました。