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「ちょっと待て、ここっていつファイアボールが飛んできてもおかしくない場所か?」

皆さんこんにちは、スパラグモスです。

 近頃少し忙しく、更新が遅くなってしまい申し訳ありません!

 ですが、大好きな趣味である執筆活動は、忙しい日々の中でも本当に楽しく続けています。


 第3話もできるだけ早くお届けできるよう頑張りますので、まずはこの第2話を楽しんでいただければ幸いです!

「……なあ、驚いたほうがいいのか、これ?」


 オーランドは気怠そうにうなじを掻き、周囲を見渡した。

 空気が一瞬だけ、静電気を帯びたような妙な圧力を感じたが、彼女が腕を下ろした瞬間にそれは霧散した。後には、魔法ではなく「本物の風」が木々を揺らす自然な音だけが残る。


 一方のアカシャは、顔が燃え上がるのではないかというほど赤くなっていた。その瞳の赤さにも負けないほどの羞恥。

 一年生でも寝ながらできるような基礎中の基礎の術が、見知らぬ少年の前で無様に失敗したのだ。彼女は急いで腕を下ろし、濡れた袖の中に手を隠した。


「そ、集中力が乱れただけよ! この寒さのせいなんだから!」


 視線を泳がせながら、彼女は必死に論理的な言い訳を絞り出した。

「水の冷たさが私のエーテル循環を阻害している……ただ、それだけよ」


 オーランドは自分の口から出る白い息を眺めた。

 周囲は青々と茂る森で、およそ北極圏のようなツンドラには見えない。


「この水、なんでこんなに冷たいんだ? 氷河があるようには見えないけど。……まあ、運が悪かったってことか」


「とにかく……」

 アカシャは立ち上がり、濡れた服を絞った。岩の上にリズミカルな水音が響く。

「万が一のために着替えを持っていたわ。修行中にこういうことがあってもいいように」


 オーランドの唇に、かすかな皮肉めいた笑みが浮かぶ。


「空から見知らぬ男が降ってきて、川に突っ込んだ時のためか。そいつは準備がいいな」


「違うわよ、服が濡れた時のためよ」

 彼女はそそくさと背を向け、照れ隠しに早歩きで去ろうとする。

「すぐに戻るわ。そこから動かないでね」


「へいへい、好きにするよ。……あんまり待たせないでくれ。この世界での最初の思い出が『知らない女を待ってる間に低体温症で死亡』なんてのは御免だからな」


 アカシャはこくりと頷き、プライバシーを求めて滝の近くにある大きな岩陰へと消えていった。


 一人残されたオーランドの顔から、さきほどまでの余裕が消える。

 後に残ったのは、どこか陰鬱で、冷めた思考だった。


(……赤の他人、だよな)


 岩陰に消えた少女の背中を思い出しながら、彼は考える。


(なのに、あいつはまるで知り合いみたいに俺を扱ってる。俺の世界なら、空から人が降ってきたらまず警察を呼ぶか、SNSに動画を上げるのがオチだ。魔法だかなんだかで暖めようなんて発想は出てこない)


 彼は首を傾げ、この世界の不自然さを「現実的」に分析する。


(魔法がある世界、か。だとしたら、あいつはただの学生だろうな。あの腕前のなさを見る限り。……だが、会ったばかりの奴を信用していいのか? 名前すら知らない。まあ、それは向こうも同じだが)


 彼は深くため息をつき、肌に張り付くシャツの重みを感じた。


(……選択肢はない、か。武器もない、金もない、方角すらわからない。少なくとも、あいつは善人そうだしな。今のところ靴を盗まれてないだけ、マシだと思うことにしよう)


 だが、異世界に来たという事実よりも、もっと現実的で切実な不安が彼の脳裏を支配し始めた。


(問題は……飯をどうするか、だ。寝床は? 仕事は? 異世界ものじゃいつも省略されるけど、住民票もなきゃ職歴もない俺がどうやって食っていくんだ。もし風邪をこじらせたら? 病院はあるのか、それとも『ポジティブなエネルギー』でお祈りするだけか?)


 オーランドはそっと目を閉じた。

 落下した衝撃とは別の、現実的な「生存」という名のストレスが、じわじわと彼を蝕み始めていた。


(……これ以上、濡れた冷たい服を着たままでいるのはまずいな)


 背筋を走る震えを感じながら、オーランドは冷静に判断した。

(とりあえずシャツを脱ごう。体温を奪われるだけのただの冷たい布だ)


 彼は不安定な砂利の上で、ゆっくりと立ち上がった。

 落下時の衝撃で体中がきしんでいたが、生存本能が彼を動かす。冷たい風に肌を晒す時間を最小限に抑えるため、素早い手つきで制服のボタンを外し、シャツを脱ぎ捨てた。重く湿った布地が、ぺたりと音を立てて肩から離れる。


 彼は屈み込み、ありったけの力でシャツを絞った。

 氷のような水が、川の小石の隙間に勢いよく流れ落ちていく。寒さと疲労で腕がかすかに震え、鳥肌が全身に広がった。


「あいつが戻るまで、そう時間はかからないはずだ。それまでこれでしのぐか」


 彼は絞ったシャツを近くの比較的乾いた岩の上に掛け、ようやく周囲を観察する余裕を持った。

 確かに美しい光景だが、同時に恐ろしくもあった。

 鬱蒼うっそうと茂るその森は、巨大で、深く、木々の葉が太陽の光をほとんど遮っている。川と滝がもたらす絶え間ない湿気を吸って、異常なほどに生命力に満ち溢れた原生林だ。


(実際のところ、人里からどれくらい離れてるんだ?)


 胸が締め付けられるような不安が襲う。水に溺れかけたせいではなく、純粋な恐怖だった。

(食料も地図も、スマホの電波すらないこんな森で迷子になる……想像しただけでゾッとするな。まずは大きな目標より、今日を生き延びるための現実的な目標を考えよう)


 彼は、少女が消えていった岩陰を見つめた。


(そういえば……あいつの名前、なんて言うんだろうな)


オーランドは、比較的マシな乾いた岩の上に再び腰を下ろした。

 暇つぶしになるスマートフォンもないこの世界では、時間の流れが苦痛なほど遅く感じられる。彼は濡れた学生靴の先で、リズムよく地面の砂利をコツ、コツ、と叩き始めた。

 退屈で、寒くて、ただただ滝の轟音にうんざりしていた。


 その時、軽やかな足音が少女の帰還を告げた。


 岩陰からアカシャが姿を現した。

 彼女が身にまとっていたのは、予備の旅装だった。深みのある紺色のチュニックに、シンプルな革のベルト。下は乾いた生地のズボンに、歩きやすそうなショートブーツ。全体的に落ち着いた実用的な装いだが、白いショートヘアはまだ湿っていて、少し乱れている。


 しかし、アカシャはオーランドの「上半身裸」の姿を目にした瞬間、その場に凍りついた。

 彼女の頬は瞬時に真っ赤に染まり、狼狽ろうばいしたように視線を泳がせながら、そわそわと指先をいじり出す。


「ちょっと……っ、あなた……!」

 威厳を保とうとしたのだろうが、声は完全に裏返っていた。

「な、なぜそのような……衣類を脱ぎ散らかしているの……っ!?」


 オーランドは身を縮めることも、隠そうとすることもなく、ただジト目で彼女を振り返った。

 見せびらかすような筋肉隆々の肉体があるわけでもない、ただの少し青白い、普通の17歳の少年の体だ。


「は? シャツがずぶ濡れで寒かったからだけど」

 彼は深く、疲れたため息をついた。

「要するに、君が今着替えてきたのと全く同じ理由だよ」


 アカシャは目を丸くした。

 一秒ほど彼の言葉を脳内で処理し、それがぐうの音も出ないほど「圧倒的な正論」であることに気づく。


「あ……」


 彼女の頬の赤みは、まるで魔法が解けたかのように一瞬で消え去った。

 その場に漂っていたお約束の「ラブコメ的緊張感」は、音を立てて崩壊する。彼女は腕を組み、当たり前の生存行動に対して過剰反応してしまった自分を恥じるように、少し気まずそうに視線を逸らした。


「そう……よね。言われてみれば当然だわ。……変な反応をしてごめんなさい」


オーランドは、再びゆっくりと腰を上げた。


「なあ。さっきの精神的ダメージの代償に、質問に答えてもらう権利くらいはあると思うんだけど」


「質問……?」

 アカシャは小首を傾げ、考え込むような表情を浮かべた。

「まあ、そうね。あれはただの誤解だったとはいえ……えへへ」

 彼女は照れくさそうにうなじを掻き、小さく笑った。


「なあ……」

 オーランドは彼女を見つめながら、足元の小石をぽんと川へ蹴り入れた。

「よく考えたら、俺たちまだ自己紹介もしてなかったな。名前、なんて言うんだ?」


 少女はハッと行儀作法を思い出したように背筋を伸ばした。

 誇らしげに右手を胸に当て、一瞬の間を置いてから、優雅に、しかし軽いお辞儀をした。


「そうだったわ、無礼を許して。私の名はアカシャ。『雲裂きの師』に導かれし、初学のしょがくのとよ」


 オーランドは一秒間、沈黙した。

「初学の徒」――ずいぶんと古風で、神秘的な響きのある肩書きだ。

 なら、こちらも同じだけの厳かさを持って返すべきだろう。


 彼は軽く頭を下げるだけのごく短い会釈をし、大人の社交的な笑みを浮かべた。


「ああ、そうか……。俺はオーランド。友達からはオーランドと呼ばれてる。公式の肩書きは『工学部の学生』だ。よろしく、アカシャ」


 アカシャは深く頷き、両手を腰に当てて胸を張った。


「なるほど、理解したわ……」

 彼女は賢そうな声で言った。


(……コウガクブ? まったく意味がわからないわ)

 直後に、彼女の内心は完全なパニックに陥っていた。


「コホン。ええと、ここがどこなのかを説明するわね」

 アカシャは周囲の森を指し示した。

「ここは『アルカヘスト魔術学校』の演習場よ。生徒たちが新しい魔法を試したり、呪文の訓練をしたり、もちろん身体を鍛えたりする場所よ」


 オーランドの顔から、再びのんびりとした空気が消え去った。

 彼は生い茂る森の木々を見つめ、またしても現実的な「生命の危機」を感じ取る。


「最高だな……」

 彼は抑揚のない声で呟いた。

「ってことはつまり、いつどこから、流れ弾のファイアボールが飛んできて直撃してもおかしくない場所ってわけだ」

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