表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

Episode 奏

最初から、信用してなかった。


教師なんて、みんな同じだと思ってた。


どうせ、いなくなる。


どうせ、見なくなる。


だから。


目を合わせなかった。


距離を取った。


関わらないようにしてた。


それなのに——


あの人は、何度も話しかけてきた。


しつこいくらいに。


意味のない会話。


続かないやり取り。


それでも、やめなかった。


黒板に書かれた言葉。


『誰かを、見捨てるな』


正直、くだらないと思った。


そんなの、できるわけないって。


でも。


少しだけ、引っかかった。


放課後。


何もすることがなくて、教室に残った。


ただ、そこにいただけ。


追い出されると思った。


でも。


何も言われなかった。


隣に立たれても、何も変わらなかった。


それが、少しだけ楽だった。


「帰らねぇのか」


「……別に」


「家、遠いのか」


「普通」


くだらない会話。


それでも。


なぜか、続いた。


不思議だった。


誰かが、ちゃんと見ている気がした。


だから。


つい、聞いてしまった。


「……本当に、最後までいるの」


あの人は、迷わなかった。


「いる」


即答だった。


ああ、って思った。


まただ。


また、同じこと言うやつだって。


それでも。


少しだけ、信じてみたくなった。


だから。


言ってしまった。


「……ちゃんと、いてよ」


あのとき。


あの人は、ちゃんと頷いた。


その顔が、妙に残ってる。


——なのに。


ある日。


様子がおかしくなった。


名前を呼ばなくなった。


いや。


呼べなくなっていた。


黒板の前で、止まる。


何かを思い出そうとしている顔。


苦しそうな顔。


見たことのない顔。


その瞬間。


分かってしまった。


ああ、この人も——


いなくなる側だ。


胸の奥が、冷たくなる。


やっぱり、同じだって。


思ったのに。


違った。


「……出席」


震える声。


それでも、逃げてなかった。


一人ずつ。


ちゃんと見て。


ちゃんと呼んでいた。


その中に、自分もいた。


「……奏」


名前を呼ばれる。


たったそれだけなのに。


息が、止まりそうになる。


ちゃんと、呼ばれた。


ちゃんと、見られている。


それが、分かった。


最後。


少しだけ、間があいた。


知らないはずなのに。


そこに、誰かがいる気がした。


でも——


名前は呼ばれなかった。


そのまま、終わった。


少しだけ、胸がざわついた。


放課後。


誰もいない教室。


黒板の前に、あの人が立っていた。


声が、聞こえた。


「……結城」


知らない名前。


でも。


なぜか、分かった。


ああ。


この人は、忘れてたんじゃない。


忘れさせられてたんだって。


その声は、少しだけ震えていた。


それでも。


はっきりしていた。


あのときの、自分みたいに。


誰にも届かない声じゃなかった。


ちゃんと、届く声だった。


黒板を見る。


『誰かを、見捨てるな』


その下に、名前が並んでいる。


一つずつ。


ちゃんと、残されている。


そのいちばん下。


空白。


しばらく見つめる。


なんとなく、分かった。


あそこは——


これからの場所だ。


「……奏」


小さく、自分の名前を呟く。


ちゃんと、聞こえた。


消えてない。


ここにある。


帰ろうとする。


ドアの前で、少しだけ止まる。


振り返る。


誰もいない教室。


それでも。


さっきまでより、少しだけ違う。


たぶん——


もう、大丈夫だ。


完全じゃないけど。


それでも。


あの人は、ちゃんといた。


最後まで。


だから。


今度は。


自分が、いなくならない番だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ