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異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
後日談:ヨシコとカケル

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後日談 第9話:二つの帰る場所

宴の熱気が去った、翌朝。

《前借亭》の開店前。

澄み渡る朝の光が、磨き上げられたホールの床を照らしていた。


「……ふぅ。これで昨日の片付けは終わりか」


 カケルが最後の皿を棚に戻す。

隣では、すでに身支度を整えたヨシコが、テーブルの配置をミリ単位で調整していた。


「カケル、2番テーブルの椅子、脚が緩んでるで。あとでシロウ(四男)に送ってもらった工具で締め直しとき」

「へいへい。……母さん、朝早いな」

「総務の朝は早いんや。それに、もう『時間』やしな」


 ヨシコの手が止まる。

その言葉に、カケルの胸がチクリとした。

休暇の終わり。

別れの時だ。


 カケルは布巾を置き、意を決して尋ねた。


「……母さん。日本には、帰らないのか?」


 次元ゲートは繋がっている。

シロウ叔父さんの技術があれば、元の大阪の実家に帰ることだってできるはずだ。

平穏で、安全で、スーパーもコンビニもある日本へ。


 だが、ヨシコは迷わず首を横に振った。


「帰らへんよ」


 即答だった。


「なんで……?」

「向こう(魔王城)にもな、世話の焼ける『大きな子供ら』がおるんや」


 ヨシコは窓の外、次元の彼方にある魔界の空を思い浮かべるように目を細めた。


「魔王はすぐサボろうとするし、四天王は脳筋ですぐ暴れようとする。私が手綱握って、尻叩いてやらんと、あいつらまたすぐブラック企業(侵略軍)に逆戻りや」


 口では悪態をついているが、その声色は驚くほど優しい。


「それにな……あいつら、私がいないと寂しがるねん。図体はデカイのにな」


 カケルは苦笑した。

母さんは、向こうの世界でも「オカン」をやっていて、そこが新しい「自分の居場所」になっているのだ。


「……そっか。母さんは、向こうが新しい『職場』で……『家』なんだな」

「ま、そういうこっちゃ」


 ヨシコはニカっと笑い、今度はカケルをじっと見つめた。


「あんたはどうなんや? カケル」


「え?」


「日本に帰りたいか? 今なら一緒に連れて帰れるで。もう『感情負債』もシステムごとリセットしたんやろ? 縛るもんは何もないはずや」


 ヨシコの言葉に、カケルは少しだけ目を伏せ、そして店の中を見渡した。

使い込まれた厨房。

昨日、仲間たちと囲んだテーブル。

そして、2階でまだ眠っているであろう、ルシアナやミュコたちの気配。


 かつては「140億ルーメ」という数字に追われ、死なないために働いていた。

けれど、今は違う。


「……ううん。俺も、帰らない」


 カケルの声に、迷いはなかった。


「神界での戦いで、俺の中の借金も、強制力も消えた。……正直、日本に帰ろうと思えば帰れるんだと思う」

「せやな」

「でも、俺はこの店が好きだ。ルシアナたちがいて、常連客がいて……『おいしい』って笑ってくれる人がいる」


 カケルは自分の掌を見つめ、ギュッと握りしめた。


「俺、ここでの仕事に『やりがい』を感じてるんだ。……ここが俺の、一番大切な居場所だから」


 義務感ではない。

誰かに強制されたわけでもない。

カケル自身の意志で、この異世界で生きていくことを選んだのだ。


 その答えを聞いて、ヨシコは満足げに頷いた。


「……似た者親子やな、ほんまに」


 ヨシコはカケルの背中をバシッ!と叩いた。


「痛っ!?」

「ええ顔になったわ。……昔の、疲れ切った死んだ魚のような目は消えたな」


 ヨシコは懐から一冊の分厚いノートを取り出し、カケルに手渡した。


「ほら、これやるわ」

「なにこれ? ……『前借亭・業務改善提案書』?」


 ノートを開くと、びっしりと書き込みがされていた。


「昨日、一晩で叔父さん・叔母さんらとチャットして書き上げたんや。

イチロウの『コンプライアンス遵守マニュアル』、

ジロウの『季節の新作レシピ集』、

サブロウの『適正価格設定リスト』、

シロウの『店舗設備メンテナンス表』、

ゴロウの『従業員メンタルケア・チェックシート』……」


「す、すごい情報量だ……」

「極めつけは、

ハナコの『危機管理リスクマネジメントマニュアル』や。

『竜が飛来した場合』

『食中毒が出た場合』

『異世界転移者が暴れた場合』

 ……全300項目あるから熟読しとき」

「300!? さすがハナコ叔母さん……心配性が極まってる……」


「カケル、ええか。やりがいも大事やけど、経営は足元を見なアカン。金銭的な余裕は、心の余裕や。しっかり稼いで、しっかり貯蓄するんやで」


 真剣な眼差しで説く母を見て、カケルは殊勝に頷いた。


「……うん、分かった。地道に頑張るよ」


 ――嘘は言っていない。

嘘は言っていないが、実はカケルには母に言っていない秘密があった。


(……実は、ラスボス討伐の特別報酬と、神界から持ち帰ったレア素材の売却益で、人生数十回位遊んで暮らせるだけの財産があるんだよな……)


 その額、国家予算並み。

今のカケルは、リベリスでも指折りの資産家と言っても過言ではなかった。

だが、それを言えばどうなるか。

サブロウ叔父さんは「資産運用しろ!」と叫び、イチロウ叔父さんは「税金対策で財団を作れ!」と言い出し、何より母さんが「ほな、もう働かんでええやん!」と心配のベクトルを変えてくるだろう。


(……言わないでおこう。俺はあくまで『喫茶店のマスター』として、楽しく働きたいんだ)


 カケルは心の中で舌を出し、表面上は「これから頑張る経営者」の顔でノートを抱きしめた。


「ありがとう、母さん。このノート、バイブルにするよ」

「おう。困った時は読み返せ」


 よし、とヨシコがカバンを持ち上げた時だ。


ドタドタドタッ!


2階から誰かが駆け下りてくる音がした。


「ま、待ってください……っ!!」


 息を切らして現れたのは、ルシアナだった。

まだ寝癖がついたまま、慌てて飛び起きてきたらしい。


「ルシアナちゃん? どうしたんや、そんなに急いで」

「ヨシコさん……ううん、お義母かあさん!!」


 ルシアナは大声で呼びかけると、ヨシコの手を両手でギュッと握りしめた。

その瞳は真剣そのもので、潤んでいた。


「私……私、カケル君を幸せにします!!」


「……!」


「カケル君は、いっつも自分ばっかり犠牲にして、無理して……放っておいたらすぐ倒れちゃう人だから。だから私が、絶対に支えます! 笑顔にします! だから……!」


 ルシアナは一度言葉を切り、深く頭を下げた。


「だから、安心して任せてください! ……そして、また絶対に来てくださいね!」


 一世一代の、嫁の宣言。

それを聞いたヨシコは目を丸くし――やがて、目尻をふにゃりと下げた。


「……ふふ、ええ嫁やなぁ」


 ヨシコはルシアナの頭を、優しく撫でた。


「ほんまに、カケルにはもったいないくらいや。……頼んだで、ルシアナちゃん。このバカ息子のこと、よろしゅうお願いします」

「はいっ……!」


 二人の女性の間に、確かなバトンが渡された瞬間だった。

カケルは照れくさそうに頭をかき、そしてカウンターの奥から包みを取り出した。


「俺からも、これ」


 カケルが渡したのは、昨日の残り物を詰めた、ずっしりと重い重箱と、リベリス特産の果物が入ったバスケットだった。


「向こうの……母さんの『同僚』たちへのお土産だよ。昨日の料理、魔王さんたちにも食わせてやってくれ」

「おっ、気が利くやないか」


「それと、手紙も入ってる。『いつも母がお世話になってます』って書いといたから」


 カケルの言葉に、ヨシコは嬉しそうに重箱を受け取った。

それは、カケルが母の新しい生活を、心から応援している証でもあった。


「おおきに。魔王も喜ぶわ」


 ヨシコは荷物を担ぎ直し、二人に向かってニカっと笑った。


「ほな、行くで! 体に気をつけて、しっかり働くんやで!」

「ああ! 母さんも元気で!」

「お義母さん、いってらっしゃい!」


 ヨシコがドアを開ける。

朝の光の中に、次元ゲートの眩い輝きが広がった。

最強の総務・ヨシコは、一度も振り返ることなく、光の中へと消えていった。


 嵐のような再会劇は幕を閉じ、店にはいつもの朝の静けさと、新しい希望が残された。


(続く)

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― 新着の感想 ―
すみません。この回でしっかり説明されてて、前借りのための感情の借金は無くなってましたね。勘違いしてて、すみませんでした。(よかったよかった) さてさて、立つ鳥跡を濁さずで、ヨシコさん旅立ちの前まで綺麗…
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