後日談 第6話:最強一族の介入と、愛ある説教
感動の再会(と説教)によって、店内の空気は奇妙なものになっていた。
「……えーっと、つまり。この凄腕のおば様が、カケル君のお母さん?」
「そ、そうみたいだな……」
ルシアナが困惑した顔で尋ねると、カケルは頬を赤らめながら頷いた。
客たちも
「店長の母親か!」
「道理で料理が上手いわけだ!」
と勝手に納得し、嵐のようなランチタイムが終わった店内で、温かい拍手が起きていた。
だが、ヨシコにとって「再会」はゴールではない。
あくまで「現場確認」が済んだだけだ。
「よし! カケルの生存確認完了! 健康状態、要改善! 労働環境、ブラックの疑いあり!」
ヨシコはスマホを取り出すと、テーブルの上にドン!と立てかけた。
「ほな、みんなに報告会やるで! 集合や!」
ヨシコが画面をタップした瞬間。
フォォン……!
スマホのカメラから光が溢れ、何分割にもされたホログラムウィンドウが空中に投影された。
四男・シロウが開発した「多人数同時通話アプリ(異世界版)」だ。
『――おっ! 繋がったか!』
『姉さん、カケルは見つかったんか!?』
『ちょっと! 私も混ぜなさいよ!』
画面に映し出されたのは、カケルにとって懐かしく、そして頭の上がらない「最強の叔父・叔母たち」の顔だった。
「うわっ……! イチロウ叔父さんに、ジロウ叔父さん……それにハナコ叔母さんまで!? 全員揃ってる!?」
カケルがのけぞる。
画面の中の男女が、一斉にカケルを見て目を輝かせた。
『おおっ! カケル! ほんまにカケルやないか!』
『生きてたか! 良かった……ほんまに良かった!』
長男・イチロウ(国際弁護士・54歳)が、眼鏡の奥の目を潤ませている。
次男・ジロウ(三ツ星シェフ・50歳)が、コックコートの袖で涙を拭っている。
カケルは胸が詰まった。
父が亡くなった後、母と共に自分を支えてくれた親族たち。
失踪した自分のことを、こんなにも心配してくれていたなんて。
「……ご無沙汰してます。心配かけて、すみませんでした……」
カケルが深々と頭を下げると、画面の向こうから優しい声が飛んだ。
『ええんやええんや! 生きててくれたら、それでええ!』
『せやでー! カケルくんが無事ならオールオッケーだよー!』
五男・ゴロウ(カリスマ保育士・38歳)が、園児に向けるような満面の笑みで手を振っている。
……しかし。
感動的な空気が流れたのは、最初の30秒だけだった。
『――さて。生存確認は済んだな』
三男・サブロウ(経営コンサルタント・45歳)が、スッと真顔に戻り、眼鏡をクイッと上げた。
『カケル。さっき姉さんのスマホ越しに店の様子を見とったけど……あのオペレーションはなんや?』
「えっ?」
『回転率が悪すぎる。客単価と滞在時間のバランスも崩れとる。……あんな薄利多売の自転車操業で、利益出とるんか? 損益分岐点は計算しとるんか?』
「あ、いや、その……どんぶり勘定というか……」
『アカン! 経営をナメたら火傷するで! 今すぐ直近3ヶ月の帳簿出し! 私がPL(損益計算書)引き直したる!』
矢継ぎ早に飛んでくるコンサルのダメ出し。
カケルがタジタジになっていると、今度は長男・イチロウが六法全書(のような魔導書)を開いた。
『カケル。そもそも君がこの世界に来た経緯だが……「召喚」されたと言っていたな?』
「は、はい」
『その際、雇用契約書は交わしたか? 就労ビザは? 同意なき召喚なら、それは「拉致監禁」および「人身売買」に該当する可能性がある。……相手(召喚主)に損害賠償請求をする準備はあるか?』
イチロウの鋭い視線に、カケルは少し言い淀み、隣にいたルシアナをチラリと見た。
ルシアナが気まずそうに身を縮める。
カケルは苦笑して、首を横に振った。
「……いえ、叔父さん。請求はしません」
『ほう? なぜだ』
「えっと、実は……俺を召喚した『召喚主』は、ここにいるルシアナなんです」
「えっ!? 私!?」
ルシアナが驚きの声を上げるが、カケルは優しく彼女を制した。
「でも、彼女も国のシステムというか、しきたりで仕方なくやったことで……彼女自身も被害者みたいなものでした。だから俺は、彼女を訴えるんじゃなくて、彼女を縛り付けていた『システム(ラスボス)』の方をぶっ飛ばしてきました」
カケルの言葉に、イチロウはルシアナをじっと観察し、ふっと表情を緩めた。
『……なるほど。「実行犯」ではなく「首謀者(黒幕)」を叩いたわけか。情状酌量の余地あり、ということだな。……いいだろう、その判断を尊重する』
ホッとしたのも束の間、今度はキンキン響く高い声が割り込んだ。
『甘いわカケル! 甘すぎる!』
次女・ハナコ(リスク管理・42歳)だ。
彼女は画面越しに、カケルをビシッと指差した。
『あんたねぇ! その「ラスボスをぶっ飛ばした」って軽く言うけど、事後処理はどうなってるの!? 世界の管理システムを壊したんでしょ!?』
「え、あ、はい……」
『リスク係数が測定不能よ! システムダウンによる二次災害は? 世界の崩壊リスクは? もし何かあったら、その製造物責任(PL法)は誰が取るの!? あんた、賠償保険も入らずに世界救ったん!?』
「ほ、保険なんてあるわけないじゃないですか……!」
『だから危なっかしいって言うのよ! 「結果オーライ」はビジネスじゃ通用しまへんで! もしその子――ルシアナちゃんに何かあったら、あんたが一生責任取る覚悟はあるんやろな!?』
ハナコの鋭いツッコミに、カケルが答えようとするより早く、ルシアナが反応した。
「えっ……せ、せきにん……!?」
ルシアナの顔色が、一瞬で茹でタコのように真っ赤になる。
彼女の脳内では、「一生責任を取る」という言葉が、猛烈な勢いで桃色の変換を遂げていた。
「い、一生って……えっ、つまりその、ゆりかごから墓場まで……ってことよね!? ひゃう!? わ、私、まだ心の準備が……ていうか、こんな公衆の面前でプロポーズ的なアレを!?」
「いやルシアナ、落ち着け! 叔母さんはあくまで『管理責任』の話をしててだな!」
『あらあら、可愛い子やないの』
『ふふ、脈ありやなこりゃ』
画面の向こうで親族たちがニヤニヤと笑う。
カケルが顔を覆いたくなったその時、今度は四男・シロウが淡々とした口調で切り込んできた。
『はいはい、色恋沙汰はその辺にして。……僕の方からは設備の話や』
シロウが眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
『店の空調、魔力効率が悪すぎるわ。排熱が厨房に篭っとる。カケルの体力が削られる原因はそこや』
「え、ああ、確かに夏場は暑くて……」
『せやから、今いじったったわ』
「え?」
ウィイイイイーン……!
ガション、ガション、キュイイイン!
突然、店の天井に設置されていた空調用の魔道具が、独りでに動き出した。
内部の歯車が高速回転し、青白い光のラインが走る。
次の瞬間、店内に爽やかで最適な強さの冷風が流れ始めた。
「うわああっ!? 勝手に動いた!?」
「す、涼しい……!?」
ボビンやグレンが腰を抜かす中、シロウは画面の中で涼しい顔でキーボードを叩く真似をした。
『遠隔でファームウェア書き換えといたで。ついでに自動洗浄機能もアンロックしたから、これからは掃除いらずや』
「い、一瞬で!? どうやって異世界の魔道具にアクセスしたんだよ!?」
『技術の基本は一緒や。……魔力回路のセキュリティ、ザルやったで?』
カケルは絶句した。
法務、財務、リスク管理、そして超技術。
各分野のトップランナーである親族たちが、よってたかって「カケルの人生(と店)」を最適化しようと襲いかかってくる。
それは愛情なのだが、あまりにも圧が強すぎた。
その光景を、ルシアナたちは呆然と見ていた。
「な、なんなの……この人たち……」
ルシアナが呟く。
小さな画面の向こうから、店を一瞬で改革できそうな「知性」と「圧力」が溢れ出してくる。
ただの家族会議のはずなのに、まるで一国の「閣僚会議」を見ているようだ。
「カケル君の強さって……遺伝だったのね……」
「ボビン、怖い。あの眼鏡の人、ここにいないのに店を改造した……」
「こりゃあ、カケルが頭上がらねぇわけだぜ……」
スタッフたちが戦慄する中、ヨシコがパン!と手を叩いた。
「はいはい、あんたら落ち着き! カケルがパンクしとるやろ!」
一喝。
画面の中の弟妹たちが、シュンと静かになった。
「ハナコも、若い子いじりすぎや。シロウも勝手に店改造すな。……まずは飯や。カケルもスタッフの子らも、腹ペコなんや」
『……せやな。ごめんよカケル、つい職業病で』
ハナコがバツが悪そうに頭を下げる。
ヨシコはカケルに向き直り、ニカっと笑った。
「聞いたな? 今夜は貸し切りや。……ジロウからとびきりのレシピが届くはずやから、私が腕振るったる。あんたの『家族』と『仲間』、みんなで飯食うで!」
カケルは、画面の中の騒がしくも温かい親族たちと、目の前の母、そして背後でまだ顔を赤くしているルシアナたちを見渡した。
ため息が漏れる。
けれど、その口元は自然と緩んでいた。
「……了解。調理担当は俺でいいんだよな?」
「アホか! 今日は私が作る! あんたは座って食べる係や!」
最強の母と、最強の一族。
異世界《前借亭》に、かつてない規模の「業務改善」の嵐が吹き荒れようとしていた。
(続く)




