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異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
後日談:ヨシコとカケル

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後日談 第4話:謎の凄腕パートおばちゃん、厨房を制圧

《前借亭》のホールは、まさに戦場と化していた。


ルシアナは、見知らぬおばちゃんに構ってはおられず、再び慌て始める。


「ああっ! 3番テーブルのオーダー、まだ通ってない!?」

「ルシアナさん、水差しが空です! 洗い場も皿が足りません!」

「ど、どうしよう……カケル君は今、メインディッシュの調理で手が離せないし……!」


 ルシアナ、フィン、そして手伝いのボビンやミレイユまでもが、完全にキャパシティオーバーを起こしていた。  

客はイライラし始めている。  

オーダーミスが起きる寸前の、一番危険な空気だ。


 その様子を、ヨシコは冷静に見つめていた。


(……あかんな。動線がクロスしとるし、司令塔がおらんから全員がボールに群がるサッカーみたいになっとるわ)


 ヨシコはスタスタとホールの中心へ歩み出ると、腹の底からよく通る声を出した。


「はいそこ! 止まりなはれ!!」


 ビクッ!  

店内の空気が凍りついた。  


「あんた(フィン)、水がないならまずはコップを回収! 3番と5番のテーブルを回ってから洗い場へ行く! 無駄に往復しない!」

「は、はいッ!」


「そこのデカいの(ボビン)! あんた図体がデカすぎて通路塞いどるわ! ホールは邪魔やから洗い場に専念しぃ! 皿洗うスピードだけ上げたらええ!」

「……心得た。」


「そこのお姉ちゃん(ルシアナ)! あんたが司令塔や! オーダー取るのと配膳は他のミレイユに任せて、あんたは全体のチェックと会計に集中しなさい! 頭がパニックになったら店全体が死ぬで!」

「え、あ、はい! わかりました!」


 ヨシコの的確すぎる指示。  

それは、魔王軍の荒くれ者たちを従わせてきた「将軍」の号令だった。  

混乱していたスタッフたちが、まるで魔法にかかったようにスムーズに動き始める。


「水、入りました!」

「皿、洗った。」

「4番テーブル、料理提供済みです!」


 滞っていた血流が一気に流れ出したように、店の回転が劇的に改善していく。  

厨房の奥で鍋を振っている店主カケルは、まだその異変に気づいていない。

ただ「急にホールが静かになったな?」と首を傾げているだけだ。


 ――30分後。  

嵐のようなランチタイムのピークが去り、客足が落ち着いた。


「ふぅ……。なんとか乗り切ったな」


 ヨシコが額の汗を拭うと、ルシアナたちがへたり込んだ。


「す、すごいです……。あなたのおかげで助かりました……」

「あの、失礼ですが……どちら様で?」


 ルシアナが息を切らせながら尋ねる。  

ヨシコはニカっと笑った。


「通りすがりの世話焼きおばちゃんや。気にせんといて。……それより」


 ヨシコはスタッフたちの顔を見渡した。  

全員、顔色が悪い。

空腹と疲労で限界だ。


「店主はまだ出てこられへんのか?」


「はい……夜の仕込みと、洗い物の片付けで……彼、責任感が強いから、全部自分でやろうとしちゃって……」


「……難儀な性格やな。まあ、とりあえずあんたらが先に休憩しぃ。腹が減っては戦はできん」


 ヨシコは勝手に厨房の一角(まかない用スペース)を陣取ると、メニュー表をパラパラとめくった。  

パン、パスタ、シチュー。

小麦、小麦、小麦。


「……なんやこれ。この店、『米』置いてへんのか?」


「コメ……?」  

ルシアナがキョトンと首をかしげる。

「なんですか、それ? 新しい香辛料ですか?」


「はぁ!?」  

ヨシコは目を丸くした。

「あんたら、米を知らんのか! あの白くて、甘くて、噛めば噛むほど元気が出る『銀シャリ』を!」


 スタッフたちは顔を見合わせる。  

このリベリス周辺は完全なパン食文化であり、稲作の概念すらない地域だったのだ。


「あかん……。日本人の店主がおるのに、米食うてへんのか。そらパワーも出んわ! 血糖値の維持が不安定になる!」


 ヨシコは「しゃあないなぁ」と呟くと、レジ横に置いたカバン――アコギ王国の国宝級アイテム『マジックバッグ(時間停止機能付き)』をドサリとテーブルに置いた。


「よかったわ。今朝、魔王城のみんなに炊いてやったご飯の余り、ここに入れといたんよ」


 ヨシコがバッグの口を開ける。  

途端に、ふわぁ……と、甘く芳醇な湯気が立ち上った。


「魔王城の朝は早いからな。炊きたてをそのまま放り込んだから、まだアッツアツやで!」


 ヨシコが取り出したのは、大きな木桶に入った、艶やかに光る白い粒の山。  

この世界には存在しないオーパーツ、『白米ハクマイ』だ。


「な、なんですのこれ!? 白い……宝石!?」  

ミレイユが目を輝かせる。

「虫の卵か……?」  

ボビンが警戒する。


「失礼なこと言うな! これは『ジャパニーズ・ソウル・フード』や!」


 ヨシコは手際よく手を濡らし、塩を振り、熱々のご飯を手に取った。  

キュッ、キュッ。  

リズミカルな音と共に、白い塊が美しい三角形に整えられていく。  

具材は、魔界から持参した「激辛明太子」と、懐に忍ばせていた「梅干し」。


「ほら、食うてみ! これが『おにぎり』や!」


 ヨシコは握りたてのおにぎりを、ルシアナたちに配った。  おそるおそる口にするスタッフたち。  

その瞬間――。


「……んんっ!? なにこれ、甘い!?」

「モチモチしてる……! パンとは違う、不思議な弾力……!」

「うまい……! 噛むほどに力が湧いてくるようだ……!」


 ルシアナたちが驚愕の声を上げる。  

異世界の穀物革命が、今まさに起きていた。


 ヨシコは満足げに頷くと、最後の一つ――梅干し入りの特大おにぎりを握り、お盆に乗せた。


「さて、と。……厨房の奥で頑張ってる店主さんにも、差し入れしたろか」


 ヨシコは厨房の奥、蒸気と熱気が籠る調理場の方角を見た。  

まだ顔は見ていない。  

だが、この「働きすぎの馬鹿息子(のような店主)」に、どうしてもこれを食べさせたかった。


「お姉ちゃん(ルシアナ)、これ、店長に持ってったって。『握りたてやから、早う食べ』ってな」


「あ、はい! ありがとうございます!」


 ルシアナがお盆を受け取り、厨房の奥へと消えていく。


 ヨシコは残ったご飯粒を口に入れ、ふぅと一息ついた。  さて、一仕事終えたし、そろそろカケルを探しに行こうか――そう思っていた、その時だった。


 厨房の奥から、ガシャン!! と何かが落ちる音が聞こえた。


「……? 手ぇ滑らせたんか?」


 ヨシコが首を傾げた次の瞬間。  

ドタドタドタッ!! と、調理場から慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。


(続く)


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