後日談 第4話:謎の凄腕パートおばちゃん、厨房を制圧
《前借亭》のホールは、まさに戦場と化していた。
ルシアナは、見知らぬおばちゃんに構ってはおられず、再び慌て始める。
「ああっ! 3番テーブルのオーダー、まだ通ってない!?」
「ルシアナさん、水差しが空です! 洗い場も皿が足りません!」
「ど、どうしよう……カケル君は今、メインディッシュの調理で手が離せないし……!」
ルシアナ、フィン、そして手伝いのボビンやミレイユまでもが、完全にキャパシティオーバーを起こしていた。
客はイライラし始めている。
オーダーミスが起きる寸前の、一番危険な空気だ。
その様子を、ヨシコは冷静に見つめていた。
(……あかんな。動線がクロスしとるし、司令塔がおらんから全員がボールに群がるサッカーみたいになっとるわ)
ヨシコはスタスタとホールの中心へ歩み出ると、腹の底からよく通る声を出した。
「はいそこ! 止まりなはれ!!」
ビクッ!
店内の空気が凍りついた。
「あんた(フィン)、水がないならまずはコップを回収! 3番と5番のテーブルを回ってから洗い場へ行く! 無駄に往復しない!」
「は、はいッ!」
「そこのデカいの(ボビン)! あんた図体がデカすぎて通路塞いどるわ! ホールは邪魔やから洗い場に専念しぃ! 皿洗うスピードだけ上げたらええ!」
「……心得た。」
「そこのお姉ちゃん(ルシアナ)! あんたが司令塔や! オーダー取るのと配膳は他の子に任せて、あんたは全体のチェックと会計に集中しなさい! 頭がパニックになったら店全体が死ぬで!」
「え、あ、はい! わかりました!」
ヨシコの的確すぎる指示。
それは、魔王軍の荒くれ者たちを従わせてきた「将軍」の号令だった。
混乱していたスタッフたちが、まるで魔法にかかったようにスムーズに動き始める。
「水、入りました!」
「皿、洗った。」
「4番テーブル、料理提供済みです!」
滞っていた血流が一気に流れ出したように、店の回転が劇的に改善していく。
厨房の奥で鍋を振っている店主は、まだその異変に気づいていない。
ただ「急にホールが静かになったな?」と首を傾げているだけだ。
――30分後。
嵐のようなランチタイムのピークが去り、客足が落ち着いた。
「ふぅ……。なんとか乗り切ったな」
ヨシコが額の汗を拭うと、ルシアナたちがへたり込んだ。
「す、すごいです……。あなたのおかげで助かりました……」
「あの、失礼ですが……どちら様で?」
ルシアナが息を切らせながら尋ねる。
ヨシコはニカっと笑った。
「通りすがりの世話焼きおばちゃんや。気にせんといて。……それより」
ヨシコはスタッフたちの顔を見渡した。
全員、顔色が悪い。
空腹と疲労で限界だ。
「店主はまだ出てこられへんのか?」
「はい……夜の仕込みと、洗い物の片付けで……彼、責任感が強いから、全部自分でやろうとしちゃって……」
「……難儀な性格やな。まあ、とりあえずあんたらが先に休憩しぃ。腹が減っては戦はできん」
ヨシコは勝手に厨房の一角(まかない用スペース)を陣取ると、メニュー表をパラパラとめくった。
パン、パスタ、シチュー。
小麦、小麦、小麦。
「……なんやこれ。この店、『米』置いてへんのか?」
「コメ……?」
ルシアナがキョトンと首をかしげる。
「なんですか、それ? 新しい香辛料ですか?」
「はぁ!?」
ヨシコは目を丸くした。
「あんたら、米を知らんのか! あの白くて、甘くて、噛めば噛むほど元気が出る『銀シャリ』を!」
スタッフたちは顔を見合わせる。
このリベリス周辺は完全なパン食文化であり、稲作の概念すらない地域だったのだ。
「あかん……。日本人の店主がおるのに、米食うてへんのか。そらパワーも出んわ! 血糖値の維持が不安定になる!」
ヨシコは「しゃあないなぁ」と呟くと、レジ横に置いたカバン――アコギ王国の国宝級アイテム『マジックバッグ(時間停止機能付き)』をドサリとテーブルに置いた。
「よかったわ。今朝、魔王城のみんなに炊いてやったご飯の余り、ここに入れといたんよ」
ヨシコがバッグの口を開ける。
途端に、ふわぁ……と、甘く芳醇な湯気が立ち上った。
「魔王城の朝は早いからな。炊きたてをそのまま放り込んだから、まだアッツアツやで!」
ヨシコが取り出したのは、大きな木桶に入った、艶やかに光る白い粒の山。
この世界には存在しないオーパーツ、『白米』だ。
「な、なんですのこれ!? 白い……宝石!?」
ミレイユが目を輝かせる。
「虫の卵か……?」
ボビンが警戒する。
「失礼なこと言うな! これは『ジャパニーズ・ソウル・フード』や!」
ヨシコは手際よく手を濡らし、塩を振り、熱々のご飯を手に取った。
キュッ、キュッ。
リズミカルな音と共に、白い塊が美しい三角形に整えられていく。
具材は、魔界から持参した「激辛明太子」と、懐に忍ばせていた「梅干し」。
「ほら、食うてみ! これが『おにぎり』や!」
ヨシコは握りたてのおにぎりを、ルシアナたちに配った。 おそるおそる口にするスタッフたち。
その瞬間――。
「……んんっ!? なにこれ、甘い!?」
「モチモチしてる……! パンとは違う、不思議な弾力……!」
「うまい……! 噛むほどに力が湧いてくるようだ……!」
ルシアナたちが驚愕の声を上げる。
異世界の穀物革命が、今まさに起きていた。
ヨシコは満足げに頷くと、最後の一つ――梅干し入りの特大おにぎりを握り、お盆に乗せた。
「さて、と。……厨房の奥で頑張ってる店主さんにも、差し入れしたろか」
ヨシコは厨房の奥、蒸気と熱気が籠る調理場の方角を見た。
まだ顔は見ていない。
だが、この「働きすぎの馬鹿息子(のような店主)」に、どうしてもこれを食べさせたかった。
「お姉ちゃん(ルシアナ)、これ、店長に持ってったって。『握りたてやから、早う食べ』ってな」
「あ、はい! ありがとうございます!」
ルシアナがお盆を受け取り、厨房の奥へと消えていく。
ヨシコは残ったご飯粒を口に入れ、ふぅと一息ついた。 さて、一仕事終えたし、そろそろカケルを探しに行こうか――そう思っていた、その時だった。
厨房の奥から、ガシャン!! と何かが落ちる音が聞こえた。
「……? 手ぇ滑らせたんか?」
ヨシコが首を傾げた次の瞬間。
ドタドタドタッ!! と、調理場から慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
(続く)




