表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
第三章:魔王軍ホワイト化計画・深化編 ~福利厚生の充実と意識改革~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/19

第18話:鬼教官のパワハラと、最強保育士の「アンガーマネジメント」

 健康診断から数日後。

魔王軍の身体的コンディションは万全になった。

だが、中庭の訓練場からは、相変わらず殺伐とした怒号が響いている。


「何をやっている! この無能がぁぁッ!!」


「ヒィッ! す、すみません!」


 訓練場では、新人のスケルトン兵が震え上がり、剣を取り落としている。

彼を怒鳴りつけているのは、鬼人族オーガの教官・ガドだ。

彼は真っ赤な顔で血管を浮き上がらせ、唾を飛ばして叫び続けている。


「気合が足らんのだ気合が! 貴様のようなクズは戦場のゴミだ! 死んで詫びろ!」


「は、はい……申し訳ありません……」


 スケルトンは萎縮し、動けば動くほどミスを連発している。

典型的な「恐怖による指導」だ。


 ヨシコがモップを持って割って入った。


「ちょっと待ち! 何をそんな怒鳴っとるんや!」


「あ? なんだ貴様は。俺は今、愛の鞭で指導しているんだ!」


 ガド教官は悪びれもせず胸を張った。


「戦場は甘くない! 普段から恐怖を植え付け、極限状態でも動けるようにしているのだ! 厳しさこそが愛だ!」


「……愛、なぁ」


 ヨシコは冷ややかな目でガドを見上げた。

これだ。

昭和の体育会系やブラック企業に蔓延する「パワハラの正当化」。

本人は「教育」のつもりでも、受け手にとってはただの「暴力」でしかない。


「あんた、その『愛』とやらで、新人が何人育ったんや?」


「ふん! 根性なしばかりで、今のところ全員辞めていったわ! 俺の訓練に耐えられる奴などいらん!」


「それ、あんたが潰してるだけやんか」


 ヨシコはスマホを取り出した。

ここで呼ぶべき専門家は、経営コンサルでも医者でもない。


「ゴロウ。……出番や。『大きな赤ちゃん』の相手、頼むで」


 画面に現れたのは、エプロン姿の優しげな青年。

男・ゴロウ(35)。

日本一予約の取れない保育園の園長にして、カリスマ保育士だ。


『――やあ、姉ちゃん。……聞こえてたよ。すごい怒鳴り声だね』


「せやろ。この鬼教官、言葉の通じへん暴れん坊やねん」


『なるほど。……典型的な「イヤイヤ期」の症状だね』


 ゴロウの穏やかな声が、訓練場に響く。

ガド教官が眉を吊り上げた。


「な、なんだと!? 誰が赤ん坊だ! 俺は歴戦の……」


『ガドさん。貴方は今、怒っていますね? なぜですか?』


 ゴロウの問いかけは、まるで幼児に言い聞かせるように優しい。


「なぜだと!? こいつらが何度言っても失敗するからだ! 俺の言う通りに動かんからだ!」


『そう。自分の思い通りにならなくて、悔しいんですね。……でもね、ガドさん』


 ゴロウはニコリと笑った。


『怒鳴られて萎縮した脳は、思考停止に陥ります。恐怖でIQが下がり、余計にミスが増える。……貴方の怒鳴り声は、部下を「動かす」ためじゃなく、部下を「止める」魔法になっているんですよ』


「む……!?」


「それに、怒りは『二次感情』や」


 ヨシコが補足する。


「あんたの心の奥にあるのは『怒り』ちゃう。『なんで分かってくれないんだ』いう『悲しみ』や、『このままじゃコイツが死ぬ』いう『不安』やろ? それを素直に言えんから、手っ取り早く『怒り』で蓋して相手にぶつけとるだけや」


 ガドが言葉に詰まる。図星だったのだ。

彼は部下を育てたい。

が、不器用すぎて、怒鳴る以外の方法を知らない。


『ガドさん。「翻訳ゲーム」をしましょう』


 ゴロウが提案した。


『今から、貴方が言いたい罵倒を、僕が「アイ・メッセージ(I message)」に翻訳します。それを復唱してください』


「あ、アイ・メッセージだと……?」


『「お前(You)はダメだ」ではなく、「私(I)はこう思う」と伝える技術です』


 ゴロウは人差し指を立てた。


『では事例一。「この無能が! 死んで詫びろ!」』


『これを翻訳します。……「君が失敗すると、君が傷つかないか『私』はとても心配だ」』


 ガドが噴き出した。


「ぶっ! な、なんだその軟弱なセリフは! 言えるか!」


「言わんかい! リピートアフターミーや!」


 ヨシコにモップで小突かれ、ガドは真っ赤な顔で、蚊の鳴くような声を出した。


「……き、君が失敗すると……わ、私が……し、心配だ……」


 すると、震えていたスケルトン兵が顔を上げた。

その眼窩の奥の火が、ポッと明るくなる。


「……教官……俺のこと、心配してくれてたんですか……?」


「う、うるさい! 勘違いするな! ……次!」


『事例二。「何度言ったら分かるんだ! 耳腐ってんのか!」』


『これを翻訳します。……「私の教え方が悪かったかな。『私』も悲しいから、一緒にやり方を考えよう」』


「ぐぬぬぬ……! ……わ、私の教え方が……悪かった……」


 ガド教官が、屈辱(?)に震えながら復唱する。

だが、その効果は劇的だった。

「お前が悪い」と否定され続けてきたスケルトンが、初めて「対話」のテーブルにつけたのだ。


「教官……実は、剣の握り方がよく分からなくて……」


「……なんだと? なら早く言え。……ここはこう持つんだ」


「あ、こうですか! ……振りやすい!」


 スケルトンが剣を振る。

風を切る鋭い音が響いた。

さっきまで恐怖で震えていたのが嘘のような、見事な一撃だ。


「お、おおっ!?」


ガド教官が目を見開く。


『ね? 伝わったでしょ?』


 画面の中で、ゴロウが拍手している。


『人はね、安心した時に一番成長するんです。「ここは安全だ」「失敗しても大丈夫だ」という「心理的安全性」があって初めて、挑戦できるんです』


「……心理的、安全性……」


 ガドは、自分の手と、活き活きと剣を振る部下を交互に見た。

恐怖で支配していた時よりも、今のほうがずっと、部下の動きが良い。


「……俺は……ただの『駄々っ子』だったのか。……自分の不安を、部下に撒き散らしていただけだった……」


 ガドはその場に膝をつき、深く頭を下げた。


「……すまなかった。……これから言葉の使い方を勉強し直す」


その日の夕方。

訓練場では、奇妙な光景が見られた。


「コラ! 剣の手入れをサボっちゃメッ! だぞ!」


「ぷっ……はい、教官!」


 ガド教官が、ゴロウの教え(幼児への語りかけ)が抜けきらず、時折キャラ崩壊を起こしていた。

部下たちは苦笑いしつつも、以前のような怯えはなく、むしろ親しみを込めて教官に接している。


 ヨシコは魔王ゼノンと共に、その様子を眺めていた。


「……言葉一つで、こうも変わるものか」


「せや。言葉は刃物や。使い方間違えたら、こころ殺してしまう」


 ヨシコは遠くを見つめた。


「息子の上司もな、優秀な人やったらしいわ。でも、口が悪かった。『期待してるから』言うて、毎日あの子を罵倒してたんや」


『お前の代わりなんていくらでもいる』

『給料泥棒』

その言葉の積み重ねが、息子の心を少しずつ削り、最後には壊してしまった。


「……叱ることと、怒ることは違う。相手を思うなら、相手に届く言葉を選ばなアカン」


 魔王は静かに頷いた。


「なるほど……アイ・メッセージか。私も実践してみよう」


 魔王はヨシコに向き直り、真剣な顔を作った。


「ヨシコよ。……お茶が入っていないと、私はとても悲しい。喉が乾いて、心が枯れてしまいそうだ……」


 魔王は「どうだ、完璧なアイ・メッセージだろう?」と言わんばかりのドヤ顔を見せた。

ヨシコは冷ややかに一瞥した。


「自分で淹れんかい!!」


「ぐはっ!?」


 ヨシコのハリセン(いつのまに用意したのか)が炸裂し、魔王が宙を舞う。


「それはただのワガママや! 『伝え方』以前に、自分のことは自分でせぇ!」


「そ、そこからかぁぁ……!」


 魔王城に、穏やかな(?)笑い声が響く。

体も、胃袋も、そして心も。

魔王軍は今、本当の意味で「強い組織」に生まれ変わりつつあった。


 さて、内部改革はほぼ完了した。

となると、次にやってくるのは――「外部からの監査」だ。

魔王軍の変貌を聞きつけた、最強の監査役(長男・イチロウ)がついに動き出す。


(続く)

怒りの裏には「心配」がある。

伝え方を変えるだけで、世界は優しくなるんですね。


さて、魔王軍がホワイト化したところで…… ついに「真の敵」が動き出します。

最強の弁護士お兄ちゃん、再登場です!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ