67.【下巻/サイド・パンタシア】白雪姫ト暗イ森
るああ。さあ、復讐劇の幕が上がるよ――……
美しく愚かなお姫様は、自らの運命をその手で引き裂いてしまう。それは幻想的と言えなくもない物語だ。むかーしむかし、あるところに――……
雪のように白く、血のように赤い、●●●者のお姫様がおりました――……
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咎を数えて七日を巡り、手繰り数えて八日を暮れる。
落ちる明か星、小人の家は、七つ数えてひと巡り。
さて、白雪姫は森の奥へ奥へ歩いていると、やがて日も暮れ、薄暗い森はますます真っ暗に沈んでいきました。
けれども姫は、ちっとも怖くはありませんでした。
白雪姫は森に住むという小人やお化けの話なんて、ちっとも信じておりませんでしたし、もしそんなものが本当にいたとしても、白雪姫の顔を見ればあっちが逃げ出すか、さもなくば仲間と思うかのどちらかだろうと、鼻で笑っておりました。
姫が心配しているのは、狼だのに出くわすことの方でした。
森の動物達ならば、食べ物の見た目に贅沢は言いますまい。そこで白雪姫は、よじ登れそうな木の上か、潜り込めそうな洞で夜を明かそうと、探しながら歩いておりました。
白雪姫は幸運でした。いいえ……果たしてそれは本当に、幸運だったのでしょうか? とうとう日が沈み、森が夜に沈む頃、姫はいつの間にやら別の“世界”へと迷い込んでいたのです。
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さて、森を彷徨ううちに、白雪姫はお腹が空いてきました。けれども手籠の中にもう食べ物はありませんでしたし、姫は木苺のひとつも見つけられませんでした。
白雪姫が困っていると、しばらくして、切り株に一人のお爺さんが座っているのに出会いました。お爺さんは白髪頭の小人で、地面まで届いた長い髭をしておりました。小人のお爺さんは白雪姫に、
「どうしたんだい?」
と訊ねました。そこで白雪姫は言いました。
「ああ、お爺さん。私ったら、なんて可哀そうな娘なのかしら!」
「お城を追い出され、森に迷い込んで、お腹が空いているというのに、ひとかけのパンもないのだから」
それを聞いたお爺さん、姫に三つの鉢を差し出しました。鉢は金と銀と銅で出来ていて、金の鉢には蜂蜜、銀の鉢には葡萄酒、銅の鉢は山羊の乳で満たされておりました。お爺さんは、
「好きなものを、好きなだけ」
と言いました。
そこで白雪姫は、金の鉢から蜂蜜を食べ、銀の鉢から葡萄酒を飲みました。それはこれまで食べたことがないほど美味しくて、どれだけ食べて飲んでも減りませんでした。姫は大いに食べて飲みましたが、銅の鉢の山羊の乳には口をつけませんでした。
そうして白雪姫がすっかりお腹いっぱいになって、親切な小人にお礼を言うと、お爺さんが笑って言うことには、
「気をつけてお生きなさい。それから、わしの兄弟に会ったら、よろしく言っておいておくれ」
それで白雪姫はお爺さんに別れを告げて、また森の中を歩いていきました。
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しばらく行くと、白雪姫は自分はいったいどこに行けばいいのだろう、と思いました。姫はすっかり道に迷っていたのです。
白雪姫が困っていると、また、切り株に小人のお爺さんが座っているのに出会いました。お爺さんは、鉢のお爺さんと頭のてっぺんから爪先までそっくりで、地面まで届いた長い髭をしておりました。お爺さんは、わしの兄さんに会いなさったね、と言って
「どこへ行くんだい?」
と訊ねました。そこで白雪姫は言いました。
「ああ、お爺さん。私ったら、なんて可哀そうな娘なのかしら!」
「お城を追い出され、森に迷い込んで、心細いというのに、どこへ行けばいいのかも判らないのだから」
それを聞いたお爺さん、姫を別れ道に連れて行きました。右の道は金で敷いてあり、左の道は煉瓦で敷いてありました。それから金の道にはライオンが寝ており、煉瓦の道には子羊がおりました。お爺さんは、
「好きな道を、好きな方へ」
と言いました。
そこで白雪姫は、石くれよりも黄金が、羊よりも獅子がお姫様には相応しいと考えて、別れ道を右に行くことに決めました。
そうして白雪姫がすっかり元気になって、親切な小人にお礼を言うと、お爺さんが笑って言うことには、
「気をつけてお生きなさい。それから、わしの兄弟に会ったら、よろしく言っておいておくれ」
それで白雪姫はお爺さんに別れを告げて、金とライオンの道を歩いていきました。レーヴェは尾を立てて、姫の案内を務めました。
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またしばらく行くと、白雪姫は馬を捨てて来たことを悔やみました。姫は足が疲れて歩けなくなっていたのです。
白雪姫が困っていると、またも、切り株に小人のお爺さんが座っているのに出会いました。お爺さんは、二人のお爺さんと頭のてっぺんから爪先までそっくりで、やっぱり地面まで届いた長い髭をしておりました。お爺さんは、わしの兄さん達に会いなさったね、と言って
「どうして歩いているんだい?」
と訊ねました。そこで白雪姫は言いました。
「ああ、お爺さん。私ったら、なんて可哀そうな娘なのかしら!」
「お城を追い出され、森に迷い込んで、足が棒のようだというのに、暗い森を行かなくてはならないのだから」
それを聞いたお爺さん、馬とロバを牽いてきました。馬は金の鞍をつけた見事な白馬で、木の鞍をつけた気の良さそうなロバは灰色をしておりました。白馬は立派な銀の馬車を牽き、ロバはみすぼらしい荷車を牽いていました。お爺さんは、
「好きな車で、望むように」
と言いました。
そこで白雪姫は、お姫様とあろう者がこんな立派な馬を捨てておいて、ロバの荷車なんかに潜り込んだりしたら、私はたいした間抜けってことになるわ、と考えて、白馬の馬車に乗りました。
そうして白雪姫は乗り物に乗って、親切な小人にお礼を言うと、お爺さんが笑って姫の手にパン切れを押しつけて言うことには、
「わしはお前さんが気に入ったから、ひとつ良いことを教えよう。馬車に乗っていくと、一軒の家に着くだろう。この家の前には怖ろしい狼がいるが、そのパン切れを口に放り込めば、たちまち大人しくなる」
「狼を大人しくさせたら、お前さんは家の主が帰って来るのを待っていればいい。主達がお前を気に入れば、きっと良くしてくれるだろうよ」
「さあ、気をつけてお生きなさい!」
それで白雪姫はお爺さんに別れを告げようとしましたが、挨拶が終わらないうちに小人が馬の尻をひっぱたいたので、馬車は風のように白雪姫を運び去りました。
切り株の上には、もう小人の姿はありませんでした。
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やがて、馬車は一軒の家の前に停まりました。
白雪姫が馬車を降りると、小人のお爺さんが言った通り怖ろしい狼がおりましたが、パン切れを口に放り込んでやると犬のように大人しくなるのも、お爺さんの言った通りでした。そこで白雪姫は大きな石を拾ってくると、狼を打ち殺し、家の中に入りました。
さて、家の中に入った白雪姫でしたが、主達はどうやら留守で、そこで姫は主人たちの帰りを待つことにしました。
そうしていると、白雪姫はお腹が空いたので、食堂に行きました。食堂には二つの食卓がありました。
ひとつは金の食卓で、絹のクロスが掛けられ、銀のお皿が並び、贅沢な御馳走が湯気を立てていました。テーブルには七人分の食事が用意されておりました。もうひとつは木のテーブルで、粗末な麻布が掛けられ、木のお皿が並び、固い黒パンと山羊の乳がありました。こちらも七人分ありました。
白雪姫は誰が見たって、お姫様が食べるのは銀の皿からに決まっていると考えて、金の食卓につきました。それで白雪姫は六つのお皿からひと口ずつ食べ、七人目の食事からは葡萄酒をひと口飲んで、杯に殺した騎士の指輪を入れておきました。
白雪姫はお腹が一杯になると、今度は少し休もうと、寝所を探しました。寝所には具合の違う二つのベッドが並んでいました。
ひとつは豪華で、ふかふかの絹の夜具が掛けてありました。これが七人分、きちんとしつらえられておりました。もうひとつは固い粗末なベッドで、夜具は干し草でした。これも七つ並んでおりました。
白雪姫は馬や牛でもあるまいに、干し草に潜り込んで寝たりしたら、私はいい笑い者だわ、と絹の夜具に包まって眠ってしまいました。