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66.【上巻】白雪姫ト忠実ナ騎士

挿絵(By みてみん)

【まっくろくらいの白雪姫・上巻(6/6)】

 馬車は城門を潜り、城下を抜け、どんどん行ったとさ。

 森へと入って行ったとさ。そして出てこなかったとさ。



 森も深く、日の光も(かげ)り――……


 人の住むところを遠く離れて、馬車の中では白雪姫の向かいに、王の騎士(カヴァリオロ)が座して、二人ともひと言も口を開かず、御者(アウリガ)のする掛け声(ハイ・ヨー)、馬の(ひづめ)と車輪の回る音(ゴトゴト)だけがしておりました。

 騎士は、これから遂げねばならない“王の命令”を思い、もう気もそぞろ心ここにあらずと、しきりに腕を組み変えたり、腰の剣(グラーヴォ)を気にしたりしていました。白雪姫はただ窓の外を眺め、沈黙を守っておりました。



 さて、やがて重圧に耐えきれず、もう命令を片してしまおうと、騎士は馬を停めるよう御者に合図しようとしました。すると窓の外に目をやり、(くつろ)いだ様子のまま、白雪姫が静かに言いました。

「父に、命じられておいでなのでしょう……?」

騎士は驚いて、思わず腰の剣に手を掛けましたが、姫はそっと四本指を騎士の手に重ね制しました。騎士は狼狽(ろうばい)のあまり顔が青褪(あおざ)めるほどでしたが、それは●●●(カジモド)の手に触れたが故ではありませんでした。


 騎士の(おそ)れは、白雪姫の振る舞いに、●●●の制約(ぎこちなさ)(そこ)なわれてなお、(まご)うことなき気品と優雅(プリンツェスィン)を見たが故でした。

 自分を見るやぶ(にら)みの目に、騎士をして圧する威厳が宿っておりました。騎士は初めて、白雪姫が真実に王女であることを知りました。その●●●の姿(カジモド)の内には、王女たる高貴が隠されていたのです。



 驚き、恥じ入り、息もできない騎士に、白雪姫は微笑みを(たまわ)りました。

「ええ、そうです。私は父に(うと)まれていることも存じておりませば、あなたへの命令(めい)も悟っておりますし、覚悟も致しております。ただ……もし騎士様に、この父にも死を望まれる●●●者(カジモド)を哀れに思う心がおありなら、どうかひとつだけ、この私の願いを聞いてくださいませんか?」

これを聞いた忠実の騎士(カヴァリオロ)は情けを殺し、

「なりません。私にとって陛下の命は絶対でございますれば、これに背くことは叶わず、心苦しくも、姫様をお見逃しする訳には参りません」

唇を白く結んで言いました。


 すると白雪姫は、口に手を当てて笑いました。

「まさか。覚悟は出来たと申しましたでしょう? 私とて、この()きことばかり多きお芝居(コメディア)は、そろそろ幕にすべきと存じます。命乞いも、(うら)み言も致しますまい。私の願いというのは、その……」

そう言って白雪姫が見せた恥じらう仕草は、白雪姫が●●●者(カジモド)でなければ、そこにいたであろう年頃の少女(フィーユ)を思わせ、騎士はまたたじろぎました。

「私は、このような●●●(カジモド)の身であれば、今日のように野に遊びに出るなど、生まれて初めてのことなのです。私は、騎士様、楽しいのですよ。(たと)えあなたが、私の死の天使(トート)なのだとしても。ですから、もう少しだけ――……」


 「このまま馬を走らせ、どこか花の咲くところで、私とパンを食べ、葡萄酒(ヴァン)を飲んでくださるのなら、私はその後、自ら喉を突きましょう。あなたは何か証(・・・)となるものを、父に届ければ良いでしょう」


 白雪姫は言葉を切り、少し考えて、

「そう、この手(マーノ)が良いでしょう。これなら誰の目にも、私のものと知れましょう」

騎士の手に重ねた四本指(クアル)を左の六本指(セース)で撫でました。騎士は白雪姫の言葉を聞き、感じ入り、幸薄い姫君(プリンツェスィン)に残された僅かな時間に、もし望まれるなら、この●●●者(カジモド)の恋人にさえなろうと心に決めました。



 そうしてカヴァリオロは、主君(ロワ)にするより(うやうや)しく白雪姫に(こうべ)を垂れ、その四本指(マーノ)にキスをしました。




 ***********************************


 馬車(カレーシュ)は深い森を抜け緑の草原を駆け、やがて花の咲き誇る野へと至りました。


 騎士が御者(アウリガ)に事情を語ると、この男も情けの心を持ち、ぜひそのささやかな会食に招いてほしい、と言いました。そこで騎士と御者(ぎょしゃ)は白雪姫に手を差し伸べて馬車から降ろし、野原で最も美しく花の咲くところを彼らの食卓に選びました。

 白雪姫は敷物を広げ、銀の皿を並べ、パンと肉と果物を取り分けて、そうして、食事の支度(したく)がすっかり整えられました。



 騎士は腕組みをして、白雪姫が支度(したく)をするのを見ておりました。


 騎士は迷っておりました。誰もがこの姫君の姿から目を背け、言葉から耳を(ふさ)ぎ、この姫君の前から立ち去って、そして誰も知ろうとはしなかった。


 ああ、神よ、何ということか。この姫君は美しい(・・・)


 ●●●者(カジモド)の体に閉じ込めた、気品と威厳、王女の資格、“美しさ”を持っているというのに、誰もそれを見ようとはしなかったのだ。この私の忠誠(ロアテッテ)は、いったい誰に果たすべきなのか。

「……最後の晩餐(ウテマ・チィナ)、と()れるには、少し日が高うございますね」

白雪姫が気丈に笑うと、騎士の心はますます(くも)りました。


 騎士は姫から手渡された林檎(レインガゥ)をひと口(かじ)ると、心を決めました。

 我が忠誠(ロアテッテ)は、我が心(クオレ)に果たそう――……


 この哀れな姫君のお命、お救いしよう。


 このまま白雪姫を逃れさせ、そうだ、森の猪(アプコ)でも捕らえ、その肝を姫のものとして持ち帰ろう。むろん、アプコの肝臓(はらわた)は人のものとは違おうが、幸い姫はこの通りの●●●者(カジモド)。騎士たる自分が確かと申せば、陛下とて疑いはしないだろう。


 そう決めると、騎士はすっかり心が晴れました。



 そこで騎士はふと、白雪姫がパンにも、葡萄酒にも果物にも、少しも食事に口をつけていないことに気づきました。

「どうされました、姫様。お召し上がりにならないのですか」

騎士が訊ねると、白雪姫は、

「ええ、欲しくないのです。だって――」

悪戯(いたずら)をした子どものように、楽しそうに笑いました。

「食べてしまったら、この手に塗った(ポワソ)が、自分の口にも入るではありませんか」




 ***********************************


 騎士はあっと叫んで、立ち上がろうとしましたが時既に遅く、体が(しび)れて指の一本も動かせなくなっておりました。

 騎士が野の花の上に崩れ落ちると、隣には御者(ぎょしゃ)も倒れ伏し、上からは白雪姫が殊勝(しゅしょう)げな仮面を捨て、嘲笑(あざわら)っておりました。まるで死んだカオリンチュを見るような目つきの、手には、先ほど自ら喉を突くと(ちか)った短剣(ルクトー)が握られておりました。


 騎士は(はか)られたと知り、(うめ)きながら叫びました。

「私を(あざむ)かれたか! 私は姫の願いを聞き届けたというのに」

それを聞いて白雪姫は唇を(ゆが)めると、靴の爪先で騎士の(あご)を持ち上げ、その顔に(つば)を吐き掛けました。

(トッポ)とて(カッツェ)に追われれば(デンテ)を剥きましょう。鹿(セルボ)とて(アルコ)を引かれれば、(コルノ)を振りましょう。(あざむ)いた? 愚かな!」


 「あなた方は●●●者(カジモド)ばかなもの(トプシー)だと思っていましょうが、●●●者(カジモド)とて、己の身くらいは守れるのですよ。私は私を守るためなら、(いつわ)りも申しましょう、毒も食わせましょう。私を助けてくれる者は、私しかいないのですから――」



 騎士は白雪姫の目に、主君が実の娘を殺せと命じた時、その目に燃えていた非情な炎を見ました。騎士は恐ろしくなり、わあわあと(わめ)きました。

「私はあなたと過ごし、あなたを好きになっておりましたのに! あなたをお逃がしして、お命をお救いしようと思っておりましたのに!」

騎士の言葉を聞いた白雪姫の目から、赤い火(ルータ・フォ)が消えました。そこにあるのは、氷より冷たい青い翳り(カホル・オヴラ)でした。それは長い長い冬(イヴェール)に閉ざされ、どんな言葉にも溶かせない、()てついた心でした。



 「信じない。私は誰も信じない――……」



 白雪姫はまずカヴァリオロの喉を、それからアウリガの喉を短剣を突きました。




 ***********************************


 こうして騎士と御者(ぎょしゃ)を殺してしまった白雪姫でしたが、これでもうお城へは戻れません。そこで賢いお姫様は騎士の亡骸(なきがら)を探り、(ふところ)から金貨(オウロ)の詰まった袋を見つけました。それは騎士が、姫を始末する褒美(ほうび)に王様から与えられたものでした。

「私を殺す褒美(ほうび)に貰った金貨(オウロ)なら、私が貰ってもいいだろう」

白雪姫はそう考え、金貨の袋を手籠(てかご)にしまいました。

 次に御者(ぎょしゃ)の懐を探ると、銀貨(アルジェ)の袋が出てきました。白雪姫はこれも同じように、籠にいれました。


 それから姫は、騎士の指から金の指輪を抜き、腰の剣を取り、御者(ぎょしゃ)の指の安物の指輪も抜くと、最後に二人の服も()いでしまい、ひと(まと)めにして(カヴァル)()わえ付けました。そうして馬を馬車から外し、すっかり裸になった二つの躯(モルトー)をその背に乗せて、口を()いて花咲く野を後にして、薄暗い森の中に入って行きました。


 さて、白雪姫は森の中をどんどん行って、途中で深い谷を見つけました。そこで白雪姫は馬から籠と二つの(むくろ)を下ろし、大きな石を拾ってきて、騎士と御者(ぎょしゃ)の顔をさんざん打ち据えてから、谷底に投げ落としました。


 そして白雪姫は手籠を持ち、口を()くのも飽いたので馬はそこに残して、どんどん歩いていきました。どんどん歩いていくブラネージュの四本と六本指は……



 真っ白な雪のようブラン・スース・ネージュであり、血塗られて真っ赤(ルータ・スース・サン)でありました――……




 ***********************************


 雪のように(ブラン・スー)白いお姫様(ス・ネージュ)白雪姫(ブラネージュ)の物語――……るああ。続く、だ。


 なーふ。ここまでが“上巻”のお話(ラコンテ)だ。そして最初に言ったように、このお話(ラコンテ)には続き……“下巻”が二つある。


 言い換えりゃ、“結末(エンデ)”が二つ、ってことだな。


 なーふ。読んでの通り、悪趣味な話だ。どーしたところで、(ろく)な終わり方はしねーよ。まあ、しいて言えば――



 ひとつは、それなりに現実的(レアレテ)な結末を迎えると言える。

 もうひとつの終わり方は、幻想的(パンタシア)だと言えなくもない。



 るああ。いずれにせよ、結末(エンデ)を選ぶのはお前さんだ。なぁに、お前さんは所詮(しょせん)舞台下の観客(ストットーレ)さ。無責任に面白そうな方を選べばいい。どちらも選ばない、というのも選択だし、そもそも続きを読まないって選択もある。お前は物語(ラコンテ)のト書きに(しば)られてる訳じゃねえ、それなりの自由があるだろう?



 さあ、心は決まったかい? だったら、(ページ)を開くといい――

 るああ。さあ、復讐劇(ベンデッタ)が始まるよ――



 むかーしむかし(アルタ・パサド・)、あるところに(アルタ・ルオーゴ)――……

                              挿絵(By みてみん)

             ~“まっくらくらいの白雪姫”、二冊の下巻に続く~

さて、物語はこの先二つの結末へ分岐します。片や運命を切り開く【現実(レアレテ)】、片や運命を切り裂く【幻想(パンタシア)】……交互に訪れ同時進行する二つの物語、どうか迷子になりませんように――……


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

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