13.閉店――「またのご来店をお待ちしております」
私は……頭をごつんとぶつけたような気がしました。理解っていたつもりなのに、理解っていなかったんだ……って。ケンさんも同じ思いがしたようです。
黒頭巾さんは横に身を乗り出すと、
「このオッサンだって、異世界で働いて、メシ食って、たまに酒飲んで。一生懸命頑張ってるって訳よ。なあ、オッサン?」
「んん~?」
二つ隣の席のダライさんの背中をぱんぱん叩きます。
これにはケンさんの方が声を潜めて、
「いいんですかい、その……異世界云々は耳に入っちまっても?」
「なーふ、問題ねえさ。酔っぱらってるし。聞こえてても……」
少女がにっこりすると、ダライさんも釣られてにっこり。少女は前を向くと――
「どーせ、覚えちゃいねえから」
その笑顔に何かこう……不穏なモノを見た気がしたのは、私の思い過ごし?
私は……彼女に何を言うべきだったのでしょう?
けれどもその時、私の口から出た言葉は、
「あの……週に一日で、そんなに影響があるものなんですか……?」
そんな、本ッ当にもお、呆れるくらいどーでもいい質問だったのです。
***********************************
黒頭巾さんも悪い意味で虚を突かれたのだと思います。大きな目を二度三度瞬きして、手をきゅうと丸めて額に当てると、
「うーぷす。オネーサンさあ、表の通り歩いたことあるぅ?」
上目遣いに私を見つめて、そう言うのです。
「ここ前の通りさー、やってねー店が多いと思わねえ?」
そう言えば。
定食屋ちかの……こちらでの場所の両隣、お向かい。表の通りの両側はちらほらと、生え変わりの頃の前歯のように、あっち抜けこっち抜け空き家がある。
「まさか」
それって、ちかのせいでお店が潰れて……?!
「あれ、でも待てよ……」
私の記憶が確かなら、どこもウチがお客を入れ始める前から、空いていたような。
少女は私の怪訝な顔を見て、後ろ頭に指を突っ込んでわしわししました。
「なーふ。まあ、週イチなら、言うほどの影響はねーんだよ……」
「……週イチだったら、なー」
私とケンさんは顔を見合わせました。
酔いどれさん達を見ると、きょとんとして答えが返ってきます。
「あれ、ティーカちゃん、知らなかったかい? 定食屋ちかが流行っているからかねえ、このところ週一日だけの、珍しい料理を出すってスタイルの店が、ちょこちょこできているんだよ」
「そ、それってどういう……?」
するとダライさんに変わり、ザインさんが顎を撫で撫で答えます。
「んん? 隣はラメンって具沢山のスープの店だな。やってるのは商人の曜日だったよな?」
「俺は塩味が一番だと思うねぇ」
とツベエさん。
「馬鹿、ミーソだろ。えーと、左っ側が開けているのは司祭の曜日だな。スチだっけか、米に生の魚を乗っけて食わせるんだ。信じられるかよ? だがもっと信じられないことに、そいつがまた滅法旨いんだよ。それから向かいは貴族の曜日で……えーと、ええと、何だ。オコノミヤックとかいうパンみてえなパイみてえな」
「お好み……やっく、でかるちゃー……」
元の世界の、例のアニメ好きの常連さんに教えてもらったんですけど、超びっくり、って意味なんですって。
本当、超びっくり。
昇龍軒さんも寅寿司さんも鉄板焼き大ちゃんさんも、異世界来てたのか?!
タイトル変更。“異世界日替わり定食”改め、“異世界日替わり商店街”。
呆気に取られる私とケンさんを肴にジュースを舐めて、
「ひひひ。まあ、そういうこった」
いかにも悪い顔で笑いました。
「あの……っ!」
自分でも何を言おうとしたか判りませんが、急き込んだ私に、
「るああ。よいよい、理解ってくれたならさ」
少女は隣の席から畳んだマントを取り上げ――
そして――……
***********************************
とん、椅子から5歳くらいの、痩せた小さな女の子が飛び降りました。
「ごっそさん。るああ、チキン、すげえ旨かったぜー」
ふわり、纏う。黒頭巾が銀色の髪を包む。
腰の曲がったお婆さんが、狭いカウンター席の後ろを擦り抜けていく。
「こっち側に店出すこと自体にゃ問題はねー。ちぃとばかり、分別持ってくれさえすりゃあな。まあ、おっちゃんなら、もう安易に虚栄心や懐を満たす手段にはしねーだろう」
「……肝に銘じます」
ケンさんがぺこりと頭を下げます。
レジの前の受け皿に、笑みを浮かべたご婦人が、銀貨を3枚、それから金貨1枚を落としました。
「るああ。ま、こんなもんだろ。お騒がせしたということで、そっちの酔いどれ達の今日の払いはアタシが持つよ」
「あのっ、待ってください!」
呪縛がようやく解けて、気づけば私はその人の背中に叫んでいました。
「あなたは、どなたなのです――……?」
その人の存在は、私の目にはまた揺らいで、誰なのか――何なのか?
「るああ。アタシはルシウ。ルシウ・コトレット」
「カルーシア地区異世界管理局出張所の者さ――……」
そう言うと、その人はカラカラと定食屋ちかの入り口を開けました。
異世界、管理局……その言葉の意味は、私には理解りません。ただ、たぶん理解ってはいけないこと。触れてはいけないもの。深く関わってはいけないモノ。コトレットさんは、たぶんそういう人なのです。
だから私がその人に言えたことは、たったひとつだったのです。
「コトレットさん、またのご来店をお待ちしていますっ!」
その人が振り返りました。きゅうと丸めた拳で、頬っぺたを撫でて。
真っ赤な瞳、こんがり明るい揚げ物色の肌。フードから零れる、淡い白銀色の前髪。愛らしい猫のような風貌は、年の頃ならたぶん中学生くらい。
コトレットさんは、にかっと白い歯を見せて笑うと――
夜の闇に溶けて消えたのでした――……
***********************************
その後――……
拝啓――漁師の曜日のお店、定食屋ちかは、おかげ様で何とかやってます。
あれから商店主のダライさんにご協力頂き、ちかのメニューは適正価格に全面改訂。カルーシアでは高価になり過ぎる香辛料などは極力控え、また食材をこちら側でも仕入れることで、利益還元・地域振興・地産地消……どうにかルシウさんのご忠告に沿えたかと、ひとまず胸を撫で下ろしている次第です。
まあ……結果的には価格はちょっぴり値上げになっちゃたし、お料理も正直もうひと味足りない感じなんですが、みなさんの変わらぬご愛顧に本当に助けて頂いております。
ある日など――……
「なーあ、ケンさんよぉい」
早くもジョッキを3杯も聞し召されたザインさん。
「この前の、鶏肉の料理あったろ? ほら、あの可愛らしい嬢ちゃんの時の。あれもっかい食いたいね、メニューには載せねぇのかい?」
「申し訳ありませんね、ザインさん」
「実はありゃあ、仕入れの筋からお試しにと譲られた香辛料でね、折角だから常連さんに食って頂こうと作ったもんでしたが、いかんせん採算が合いませんや」
「いやあ、だろうねえ」
と奈良漬けで熱燗が進むのはダライさん。
「ザイン君、あれは店でちゃんと頼むと銀貨の5……いやいや、少なくとも7枚は取られるひと皿だよ」
「うげっ、本当ですかい、旦那?」
「ああ。一度口に入っただけでも儲けもの、あの少女はさしずめ幸運の女神といったところかな? ははは……」
今宵も笑いの絶えない異世界定食屋、本当にありがたいことです。
そうそう、私達の側の商店街のお話なんですけど。
蓋を開ければ商店街中の飲食店が、日替わりランチならぬ日替わり営業しておりまして、驚くやら呆れるやら。
何軒かにはやはり、“銀色の髪のどなたか”がいらしたようで、それぞれが異世界での自分達の在り方を見つめ直して、いい結果になったのだと思います。
商店街組合も、異世界商店街組合(非公式)と名を改めましたし。会長の喫茶サンマルコのマスターが「これからは会長改め、ギルドマスター(非公式)と呼んで欲しい」などと言い出しまして。
いよいよ地域及び異世界活性化に一丸となって、と張り切っている次第です。
ここだけのお話……商店街のおじさん達、結構カルーシアの夜の街に繰り出してて、飲み歩いているみたいで。この前なんかうちのお父さんが、外に飲みに行ってうっかり真夜中過ぎて帰って来れなくなっちゃって、心配してたら、ちゃっかりと商人の曜日に昇龍軒さんから帰ってくるという……
オヤジめ……異世界の法則を熟知しておる……
ともあれ、定食屋ちかの不思議な異世界営業は、まだまだ始まったばかりのようです。お近くにお運びの際には、どうぞお気軽にお立ち寄りください。
がっつりリーズナブルな定食と――
どっぷりリーズナブルな一杯でお待ち申しております。敬具。
追伸――……
実はちかには、通常お出ししない裏メニューがございまして……兵隊の曜日の晩に、骨付きチキンを禁断のスパイスに漬け込んでいるのです……ふっふっふ……
と、いう訳ですので、またいつかお会いできる日を楽しみにしております。
ルシウ・コトレット様へ。若桜知佳より。
~“異世界日替わり定食”・完~
***********************************
【おまけ】知佳ちゃんの異世界語講座:曜日の言い方
月曜日、司祭の曜日。敬虔な気持ちで一週間の始まりを迎えます。
火曜日、兵隊の曜日。今週も始まったばかり、元気よく行進です。
水曜日、漁師の曜日。三日目は腰を据えよ、古い言い慣わしだとか。
木曜日、木樵の曜日。週の折り返し、堅実にひと斧ずつ、ですね。
金曜日、商人の曜日。支払いや勘定の日です。お金が動きます。
土曜日、鍛冶屋の曜日。残り一日、叩かれる鉄のように我慢です。
日曜日、貴族の曜日。安息日。今日ばかりはどなたも貴族様気分です。




