12.営業中――[お代わりはいかがですか]
さて、つんと素知らぬ顔をしながら、まだ食べ残しの骨を指でつついている黒頭巾ちゃんに、私は新しいおしぼりを差し出します。
「お料理はお気に召して頂けましたか?」
「るああっ」
イタズラしているところを見つかったように、少女は慌てて指を引っ込め、上目遣いでおしぼりを受け取ります。
「うぷす、ありがとう……」
「その……こんな旨い料理は初めて、食べた……」
「この料理、たくさん胡椒を使ってるなー。その外にも、何種類も香辛料が入っているみたいだ。もしかして、これ、すごく高価な料理なんじゃないのか?」
心配そうな声に、私は思わず微笑みました。
「いいえ、そうですねー……銅貨3枚、くらいかな?」
新作メニューなので、勝手に適当に値段を付けてしまいます。
王国の貨幣には、金貨と銀貨と銅貨、その下に陶製の硬貨があります。だいたい銅貨が私達の世界の100円くらい、銀貨、金貨とひと桁ずつ上がる感じかな。
まだ他にも王室発行貨や、国外の通貨もある程度そのまま流通しちゃうので、実際のレートはかなり複雑なんですけど。
で、居酒屋ちかのメニューは、だいたいが銅貨2・3枚。
王都の相場よりもかなりお安めにしているのは、できる限りたくさんのお客様にたくさんのお料理を召し上がって頂きたいのと、銅貨を集めて銀貨→金貨に両替して、私達の世界に持ち帰って換金すれば、十分以上に採算が合っちゃうから。
それと……お釣り用のトークンを用意するのも、結構手間なんですよね。
黒頭巾ちゃんは料理の値段を聞くと、
「るああ。ずいぶんと安くしてんだねー……」
安心するかと思いきや、何だか浮かない顔で俯いてしまいました。
それからしばらく考えて、
「おっちゃん」
厨房に向かって呼び掛けます……“おっちゃん”って歳でもないんだけどな。それとも、中学生くらいの女の子には、ケンさん、もう“おっちゃん”なのかしら?
わ、私はまだ“お姉さん”よね……よね?
呼ばれたケンさんは気にならないようで、にっこり笑ってカウンターから身を乗り出します。
少女はその笑顔に、
「るああ。あのさ、すげー可愛い奴隷の女の子をさあ、飼いたいとかって思ったこと、ねえ?」
そう訊いたものですから。
店内のお客さん達が、揃ってエールを吹き出したのです。
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しばし店内は、噎せた咳の大合唱となりました。
比較的お見苦しい場面ですので、詳しい描写は差し控えたいと思います。
しばらくお待ちください――……
さすがのケンさんも、少女の可憐な唇から零れ出たとは思えない……思いたくない、あんまりな台詞に耳を疑ったようです。
「えーと……お嬢ちゃん、何だって?」
「うーぷす。だからさ、可愛い女の子の奴隷をペットにしたくはねーかって、訊いたんだよ」
ああ、聞くに堪えない。
黒頭巾ちゃんはきゅうと手を右手を丸めて、猫のように頬っぺたを擦る。
「なーふ。別にエロい話じゃねーんだよ」
「例えば、物乞い……」
「或いは、孤児……」
「雪の降るの夜の物売り、継母に苛められる娘……まあ、そういう貧しくて可哀そーな女の子がここにいたとしろよ」
「そういう子にさ、見たことねーよーな旨いモン食わしてさ、キレーな服着せてやってさ、そしたらおっちゃんのこと、神様みたいに思うじゃん?」
「そういうのってどーよって訊いてんの」
私には少女の言うことの意味が、よく理解りません。
けれどもケンさんの目が、少女が話すにつれ、少しずつ泳ぎ始めたことには気づいていました。少女はケンさんが無言と見ると、口をへの字に曲げて、両方の丸めた拳で頬っぺたをぐにぐにと揉んで、
「うーぷす、喩えが刺さらなかったかな……」
「じゃあさ、ネアンデルタール人にライター点けて見せる……理解りにくいか」
「うん、やっぱり食べ物の話がいいな。そーだな……戦争で負けた国のガキに、車の上からガムやチョコレートを撒く愉しみっつーか……」
「るああ。異世界人に、ケイジャン・チキンを食わせる、とか?」
……――だんッ!
カウンターの内側で、たぶん俎板を叩いた音がして、私は思わず身を竦めました。お客さん達も、ぎくり、息を飲みます。
今この場で平然とした顔をしているのは、赤い目の少女ただ一人でした。
「うーららぁ。今度はいーい喩えだったかねぇ?」
険しい顔で睨みつけるケンさんになお、
「アタシが何を言いてーのか、理解るよなあ?」
少女は薄ら笑いをもって応じるのです。
と、にこっと笑うと、黒頭巾ちゃんはチキンの骨を取り、ケンさんに向かって指揮棒のように振りました。
「なーふ。こんな小さな女の子にそんな怖い顔しねーの。折角スゲー旨いモン食わしてもらって、こっちゃご機嫌なんだからさー、そうだ、お礼とお詫びを兼ねて、ひとつ面白え話を聞かせてやるよ」
厳しい表情の“大人の男”、涼しい顔の“小さな女の子”。
「るああ。昔あるところに、食堂をやってる夫婦がいたって話よ。それで旦那の方が先に逝くんだが、これが思いがけず大金を遺した。それは妻が残りの人生を、悠々自適に暮らしていけるって金額だったと思いねえ」
「…………」
「それで奥さんどうしたかってーと、食堂続けたんだな。ただしメニューをボランティアみてーに安くしてな。もう儲け考えなくていーんだから。安くて旨いってんで、貧乏な学生なんか、大喜びで店に通う。ところが、だ――」
「こんな素敵な店に、文句を言い出す奴がいた」
そこで少女は、ぐりんと仰け反るように振り向きました。
「るああ。クイズだ、オネーサン。文句言った奴ァ誰だと思う?」
私は、咄嗟には答えられませんでした。いきなりだったのが半分、少女の動きに魂消たのが半分で。
けれど、ケンさんは小さく呻きました。
少女はまた、ぐるん、向き直ります。
「正解だ、おっちゃん。周りで店やってる連中だよ」
そう言われて“大人の男”が俯くと、私にはそっちが子どもで、“小さな女の子”の方が叱っている大人のように見えました。
「そりゃあ、客は安けりゃ安い方が喜ぶさ。けど、周りの店も食うためにやってんだ。金持ちに道楽で原価割れみてーなメシ出されちゃ、商売あがったりだろーさ」
ケンさんは見つめていた手元から、青い顔を揚げると、声を絞り出しました。
「……この店の周りの店も……?」
「まーな」
少女がそこでふっと微笑むと、しゅるっと縮んだのではありませんが、元の“カワイコちゃん”に戻ったような気がしました。
そして彼女は不意に――
「るああ。ま、悪気があったんじゃねーのは理解ってるさ、笹島健介」
ケンさんの本名を呼んだのです。驚いて固まった私達に、
「なーふ。しかし少々思慮が足りなかったな。あんまり考えなしに、“異世界”からモノを持ち込んじゃあいけない」
少女はことも無げに、さらりと、そう口にしました。
「当然、元の“世界”に持ち帰るのもだ。モノが本来“その世界”でどれだけの価値を持つのか、それって結構大事なことなんだぜ? 中世や近世で香辛料がどれだけ高価なものだったか、ちょっと考えりゃあ判ることだろう」
少女の口調が、少し咎めるような響きを帯びたその瞬間――
背格好は変わらないはずなのに、不意に彼女の影が私達よりも大きく見えました。鮮やかな赤い瞳が、吸い込まれるような深みへと色を変えて……
ぎくりとした私が慌てて目を瞬くと、少女は既に元のあどけない姿に戻っている。今のは気のせい? それとも……?
「いいかい、健介、知佳。この世界はおとぎの国じゃない。ここもお前達の世界と、同じで別の、 “現実”なんだよ」




