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11.営業中――「ご注文をどうぞ」

挿絵(By みてみん)

【“異世界日替わり定食”(2/4話)】

 綺麗な人、喋り方ヘン。


 私は呆けたような頭で、そんなことを考えていました。その声を聞いても、私の目にはその人の姿は揺らぎ、どうしても頭の中で像を結ばないのです。

 私がおかしいことに気づいたか、厨房のケンさんが顔を上げて、

「おう、お嬢ちゃんこんな時間に一人かい?」

黒頭巾さんにそう声を掛けました。


 その途端――……


 私の前には、愛らしい猫のような顔立ちの黒頭巾ちゃん(・・・)が立っていたのです。



 歳の頃なら中学生くらい? 赤い釣り目、赤銅色(しゃくどう)の頬、銀色の髪をした少女は、私の肩くらいの背丈で、

Oops(うーぷす)

謎の呟きを漏らすと、自分の体を確かめるように腰を(ひね)り、

「なるほど、こう見えた(・・・・・)か」

何だか不思議なことを呟いて、ケンさんと酔客達の視線に納得顔をして、私ににやーりとした笑みを見せました。


 「Raa(るああ)。あのさー、オネーサン。時々、男ってみんなロリコンなんじゃねーかって思うこと、なァい?」



 呆気に取られる私の横をすり抜け、カウンターの椅子を引く。

「邪魔するよ」

ちょこんと腰を下ろし、脱いだ黒頭巾を軽く畳んでいる少女の横顔に、私はなぜか彼女が生まれてから、いずれ()ちるまでの全ての時間が、重なって見えているような奇妙な思いがしていました。




 ***********************************


 少しぼんやりしていると、少女がにっと白い歯を見せて笑ったので、私は慌ててお冷とおしぼりを運びます。

 お客様は湯気の立ったおしぼりを受け取り、しばしお手玉してから、広げて顔を埋めてふうとため息をつかれます。

「うーぷす。手拭いを温めてるのか。冷える(こういう)晩にはありがてー気遣いだな」

それからお冷のグラスを怪訝(けげん)そうに見つめて、

「……? はて、(アッカ)は頼んでねーが……」

「あ、ウチではお水はサービスなんですよ」

笑顔でお答えすると、少女は目を丸くしてグラスを覗き込みました。

Narf(なーふ)……こんなに上等の水が無料(タダ)、か……」

そう呟くと――


 心なしか少し、複雑な表情をされたように見えました。



 そんな私の思いをよそに、お客様は立てる式のお品書きを手に取られます。

「うーぷす。キリ……アアヒ……バドアイ? ……すごいな、これ全部麦酒(エール)なんだろー? エールだけでこんな種類置いてるのかー」

「品揃えが自慢のひとつでね」

ケンさんがにやりとすると、

嬢ちゃん(チッカ)! “ナマチュー”がお勧めだ、俺が一杯奢るぜ!」

ザインさんの胴間声が飛んで、二人の酔人(ヨッパライ)がどっと笑った。


 もう、このオジサマ達ったら。


 ケンさんも苦笑しながら酔漢と黒頭巾ちゃんに、

「困りますよ、ザインさん。お嬢ちゃんには、申し訳ないが生中は、そうだな……後5年くらいしたら、また飲みに来てくれるかい」

こう言うも、彼女は上の空で、

「よいよい、飲む気なら、飲めるなりのアレ(・・・・・・・)で来ているから」

また独り言のような、何やら意味深なことを呟きながら、お品書きを裏返し、フードメニューに赤い目を近づける。

「るああ。いーっぱいあるなあー。何だよ、これ……何が美味しいんだよ……」


 「串……ってお前、また串だけで何種類あんだよ……軟骨唐揚げ? 骨食うのかよ……とん平焼き……もう、何を焼くかすら判んねーよ……」



 ぶつぶつ一品ごとに突っ込みつつ、ひと頻りメニューを裏向けて表向けて、天井に(かざ)して、ついに少女は音を上げました。

「なーふ……おっちゃん、何が一番旨いんだ……?」

私とケンさんは顔を見合わせる。

 そういうことなら、定食屋ちか新メニュー試作品、昨日から仕込んでた、お(あつら)え向きの逸品がある、それは……っ! 


 鶏肉のスパイス焼き(ケイジャン・チキン)。これくらいの歳の子が、嫌いなはずはない。



 ***********************************


 まずは鶏肉を用意します。


 旨みと見た目の楽しさに、今日は骨付きの手羽元にしてみました。


 蜂蜜を揉み込み、塩、コショウ、ニンニクにショウガ、更にクミン・パプリカ・コリアンダー・オレガノ、グローブ・タイム・シナモン、そして決め手のチリパウダーをしっかり馴染ませる。ちょっと味付け濃いかな、くらいでいいですよ。


 スカボローパセリ・セージ・ローズ・フェアーマリー・アンド・タイムでも聞きながら、一晩じっくり寝かせまして。 

 はいっ、寝かせたものがこちらになります。


 後は200℃のオーブンで、焼き色が付くまでと……の前に! ダメ押しで粒コショウをミルで振り掛けて、オーブンにイン! 



 そして約10分後――……




 ***********************************


 「る……るああ……」


 お客さん達はもちろん、作ってる側のケンさんや私の脳髄にも突き刺さるような、スパイシーな匂いが店内に充満しました。

 グレープフルーツジュースをちびちび飲んでいた少女の前に置かれた更には、レタスが添えられた、皮カリッカリ、彼女の肌にも負けない黄金(こがね)色のケイジャン・チキンが三本。

「うぅーぷす……何だよ、これ……」

その胃袋を直撃する暴力的なまでの香りに、ダライさんが身を乗り出し、ザインさんもツベエさんも席を立って首を伸ばしています。



 「何だね、その滅法(めっぽう)いい匂い(オドル)料理(コシーナ)は?」

 「テンチョー、そりゃあ鶏肉(ガルニャ)なのかい?」



 さて、話の腰を折るようですけど、この”世界“、カルーシアの人達と私達は言葉も通じるし、お互いの文字もなぜか読めてしまいます。

 それはこちらの人達が日本語を話してくれる、のではなくて、全く別の言葉を話しているのだけど、不思議なことに意味が理解できる、という感じなんです。


 私達の言葉が、こちらの人にどう伝わっているかは、判りませんけど……


 ただカルーシアの言葉は、私が聞いた限り、全くの未知の言語という訳ではなくて、どうも私達の世界の外国語、英語にドイツ語にイタリア語に……何カ国語もが入り混じった言葉であるように聞こえるのです。

 いえ、その、もちろん私は何カ国語も理解る訳(ばいりんがる)ではなくて、ただお仕事柄、料理とか食材なんかは単語レベルで知っているものがある、というだけのことなんですけど……


 いずれにせよ、この不思議な“世界”(カルーシア)の不思議はどんどん深まるばかりなのです。




 ***********************************


 閑話休題――……



 少女は恐る恐る、骨付きチキンに手を伸ばします。

「熱っ」

驚いて手を引っ込め、ぺたぺた叩き、意を決して手に取る。一挙手一投足を、周囲が固唾(かたず)(よだれ)を飲み込んで見守る。

「るああ……」


 かりり、じゅわわ。


 少女の真っ白な歯が、少し焦がした鶏皮に突き立った瞬間、鼻腔を貫く香辛料(スパイス)、溢れ出る肉汁。慌てて唇で受けるも、

「るああ……あああ……」

間に合うはずもなく指と顎を伝う。


 目がとろんとした少女の胃袋に、瞬く間に消える一本目、続く二本目。

 誰もが見ているだけで、涎が止まらない。


 (う……旨そう……! それに……)

 (か、可愛い……しかも、何かちょっとエロい……)



 食べる方も見る方をも幸せにする、ひと皿が終わりました。


 少女はチキンを骨だけにしてなお、名残り惜しそうに軟骨周りの僅かな肉を(かじ)ったり、しゃぶったりしていましたが、ふと自分のしていることに気づき、鶏ガラを放り出すと、今更に取り澄ました顔で指と口元をおしぼりで拭います。


 堪らないのは周りのお客様達。

「おい、ティーカちゃん! 今のくれ、今の! 二つ!」

「こちらにもひと皿頂こう! それと、これにはナマチューが合いそうだ」

「かしこまりましたー」

大騒ぎになってしまいます。もちろん、ケンさんもこうなることを見越し、既に第二弾のチキンはオーブンの中で準備中。


 こうして、ちえの店内は「滅法いい匂い(オドル)」と、常連さん達の(にぎ)わいに包まれ……包まれ……ぐぅ~……



 ま……(まかな)いが待ち遠しいんですけど……




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