時雨
「あんたに何がわかるのよ!!
確かに生きていることは嬉しかったわ?
でも、もう走れないのよ!
わた、私は…私は…っ
もう、風の中を、走ることができないのよ…っ」
風を切るように走ることが大好きだった。
まるで、体をすり抜けるように…あの感覚を、もう、味わえないなんて…
「…私にとっては、地獄でしかないわ…っ」
私の心の内にあるどす黒い感情が、吐き出された。
時雨は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で私を見ていた。
そして…
『…たかが走れなくなったことが其方には苦痛なのか?』
「あんた今聞いてた?
そうだって言ってるの。
私はずっと走ってきたの。
自由がないのと同じよ。こんなの。」
『ふ、くっくっく…
やはり其方は面白い。』
「はぁ?」
『感情を露わにしている方が、我には分かりやすくて楽なのじゃ。
感情や考えがわかれば、我もどう動けばいいかわかるのでの。』
…なんなんだこいつは。
目の前でニコニコと笑うこの男に私は恐怖心を抱いた。
この男は、どこか他の人とは違う。
この存在は、なんだ?
「貴方は、なに?」
私の問いかけに、時雨はニヤリ、ニヒルな笑みを浮かべる。
そして、もう一度自己紹介を始めた。
『我は時雨。
其方を死の淵より助け出した者。
そして…
妖怪頭の一角、大妖九尾の妖狐じゃ。』
時雨の周りを炎が取り囲み、次に彼の姿が見えた時
彼の頭からは獣の耳が生え
背後には金色の艶やかな尾が9本姿を現していた。
もちろん私は言うまでもなく…
『…おや?
気絶しておるのか?』
白目をむいて意識を手放していた。