第1話 達成率999%
崩れた城の影が、煙で濁った空に黒く突き立っている。
目の前には、大魔道士が——かつてこの世界で最も強い力を持っていた一人の男が、膝をついている。
左腕を失い、腹に風穴を開けて、赤い炎に包まれて焼かれていく。
その向かいには、少女が立っていた。
涙も、嗚咽もなく。
男を焼く炎を見つめるその瞳は、血のように赤く染まっている。
——どうして、こうなった。
まとまらない頭の中で、その言葉だけが、何度も、何度も繰り返される。
全部、知っていたはずだった。人々の運命も、この世界の物語も。
知り尽くして、攻略できたはずだったのに。
999%。
あの達成率が画面に浮かんだ夜から、何かが、決定的に狂い始めていたのだ。
*
「やっと……終わった……」
山田 律、都内のIT企業でディレクターとして働く、二十八歳。
十年の歳月と、貴重な週末のほとんどを捧げてきたゲームの画面を、リツは見つめていた。
ゲームタイトルは『Dark Lore Chronicle』。
通称「ダークロ」。
メインストーリーをクリアすることで達成率は100%に達し、そこから隠し要素や伏線を回収し尽くすと、最大1,000%まで到達できる。
異常なやり込み度を誇る、オープンワールド・ダークファンタジーRPGだ。
そして、画面に表示された達成率は——「999%」。
視界がかすみ、心臓の鼓動が、耳障りなほど大きく聞こえる。
平日は深夜まで働き、週末はモニターにかじりつく。
そんな生活を続けていたが、特にここ数日は徹夜でラストスパートをかけていたせいで、体力は限界を超え、頭の中は泥に沈んだように重くなっていた。
(残すは、最終エピソードだけ……さすがに、一旦寝るか……)
達成感と疲労で、立ち上がるのも億劫だ。
(この達成率までやった人、他にいるのかな。SNSにでも上げたら、取材が来たりして……)
疲れきった頭が勝手にどうでもいいことを思い浮かべるので、ふとすると、ぼうっとしている自分に気づく、ということを何度も繰り返している。
脳が自主的にクールダウンしていくのに身を任せていたが、そのうち、ぼうっとし続けることにも疲れが来て、このままソファで寝てしまおうと決心がついた。
——その時だった。
急に、ピコン、とディスプレイからシステム音が発せられた。
脳をわずかに刺激する。
◆――――――――――――◆
【 新規ストーリーを検知しました 】
『The Last Thread』
◆――――――――――――◆
「おぉ……最終ストーリーはこういう感じで始まるのか」
突然の通知に驚きはあったが、クールダウンが終わったばかりの頭の中はゆっくりと凪いでいる。
だが、そんなこちらの事情はお構いなく、通知が切り替わった。
◆――――――――――――◆
参加しますか?
100……99……98……
◆――――――――――――◆
「……え。なに。このタイミングで、勝手に始まんの」
疲労のピークも超えたタイミングで、突然始まったカウントダウンには、不快感しか覚えない。
もちろん、参加しないという選択肢はないのだが。
もう今日は休ませてくれ、と本能が叫んでいるが、ゲームシステムの身勝手さに文句を言っても仕方がない。
ウィンドウからの問いかけに応えるため、無気力だった身体が「仕方ねえ」と反応を始めた。
体勢を立て直して「はい」のボタンを押し込むと、矢継ぎ早に次のウィンドウが割り込んでくる。
◆――――――――――――◆
【 ロード中…… 】
◆――――――――――――◆
ピコン、とシステム音が再度鳴り、通知が切り替わっていく。
◆――――――――――――◆
【 ロードが完了しました 】
◆――――――――――――◆
◆――――――――――――◆
【 持っているスキルから3つ選んでください 】
100……99……98……
◆――――――――――――◆
またしても理不尽なカウントダウンが始まる。
「待て、待て待て待て」
身勝手すぎるウィンドウによって、濁っていた頭が強制的に再起動させられていく。
(なんだこれ……何のためにスキルを選ぶんだ?
最終のボス戦なら、状態異常無効や特級魔法みたいな、戦闘特化が鉄板だけど……このゲームが、そんな安易なストーリー展開するか?)
(それとも、よくある「初期状態から再スタート」系か……? 最後の最後でそれをやるか?
いや、このゲームならあり得るか……だとしたら『経験値◯倍』みたいな成長系がいいな……)
瞬時に可能性を並べていく。
十年で鍛え抜かれたゲーム脳である。
猛烈な勢いで思考実験を続けようと、スキルの並ぶリストをスクロールし始めて——手が止まった。
「は? なんだよこれ。ソートぐちゃぐちゃじゃねえか……!」
愚痴になった声がこぼれる。
膨大なスキルが並んでいるのに、カテゴリ分けも何もない。
疲労と焦りで指先を震わせながら、ひたすらスクロールを繰り返し、仮説でしかない今後の展開と、法則性のないリストの間を、思考に反復横跳びさせる。
《 30……29……28…… 》
「だめだ、時間がない。とりあえず魔法……いや、MPが尽きるかもしれないから、武術がいいか。
……あっ、いや、先にこれだ」
目についたものでひとつ目を決める。
安堵する間もなく、次を探す。
《 20……19……18…… 》
「武術なら絶対竜人化だな……。あとは、分析系かな……どこだ……あった」
《 13……12……11…… 》
「竜人化どこだよ!!! だめだ、見つかんねえ!」
《 10……9……8…… 》
「くっそ! あっ『回復魔法(特級)』も捨てがたい……いや、攻撃できないと詰むか……
ってか魔法も特級を選べば、初期魔法から使えるのか……?
ああもう時間がない、見えてる中で一番強いやつにするしか……?」
そう言いながら、指はまだスクロールを止められない。
《 5……4……3……2…… 》
「——だめだ、これで!!」
悩みが収まりきらないまま、押せたか押せていないか、ギリギリのタイミングで通知が切り替わった。
◆――――――――――――◆
それでは、メインストーリー
『The Last Thread』
を開始します。
◆――――――――――――◆
そして、その表示とともに、強烈な光が視界を奪った。
「え、ちょっ、待って——」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第1部は50話くらいまでを予定しており、そこまでに諸々回収していきます。
毎日更新していくつもりです。
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