北の魔法使い①
あれからどうなったのか俺はまだ知らない。ロッタに訊いてみても何も聞いていないそうだ。
しかし昨夜は食事の仕度中からずっとケルナは上機嫌だった。朝も鼻歌混じりに朝食を仕度して片付けまで今にも踊り出しそうなほど上機嫌だった。
だがどうやら上手く事は運んだようだ。少なくともケルナの様子を見る限りはそう思える。
そのおかげもあってかケルナの魔法の鍛錬は上手くいってるようだ。今もその鍛錬は街の外れで続いている。
俺は少し槍に慣れておこうと土塁の下で朝からずっと素振りをしている。
土塁では見張りが騒いでいる、向かいの斜面に敵が陣を構え始めたのだそうだ。ちょいと興味本位で覗いて見れば確かに櫓や天幕を設置しているのが見えた。やつらの予告の期日は明日、恐らく夜明けと共に攻めてくるのだろう。
そこへユハが通りがかった。
「旦那、槍の具合はどうですかい?」
「よう、旦那はよしてくれ、タケゾウでいい」
「そうですかい? じゃあ……タケゾーさん」
「うむ、槍はいい感じだ。久しぶりだが手によく馴染む」
俺は槍のことだけ答えてケルナのことについては訊かなかった。この決戦を前にユハの顔は緩んでいる、それが答えだろう。
「もしも手直しが必要ならすぐに言ってくださいよ」
「おう、ありがとう」
俺が礼を言うとユハは手を振ってどこかへ行ってしまった、まだまだ忙しいのだろう。
それからしばらく俺は槍の素振りを続けていたのだが土塁の辺りが騒がしい。見張りの者たちが向こうの斜面を指差して叫んでいる。敵に何か動きがあったのだろうか。
土塁へと来てみると向こうの斜面を埋め尽くすほどの木人形の軍勢がひしめき合っていた。
「おおう、こりゃあすげえな」
思わず声が出てしまった。
すぐに自警団の団長が駆けつけてきた。
「作業のある者は持ち場に戻れ! 見張りを一班追加! 伝令も追加! 集会所に各部長を招集! 急げ!」
団長は速やかに指示を出し敵の軍勢を見つめた。
しばらくすると手の空いた者達が続々と集まってくる。魔法使いたちが集まる頃にはロッタとケルナもやってきた。
「ようロッタ、ケルナはどうなんだ?」
ロッタは鼻息荒く笑って見せる。
「上々じゃ、上々」
「ほう、そりゃあ楽しみだ」
ケルナを見ると敵の軍勢を見て青ざめていた。
「どうしたケルナ、顔色が悪いぞ?」
「……え? でも、あの数……ええっ?」
「どうした……ケルナでも怖じ気づくのか?」
「そ……そんなことありません! 魔法だって使えるようになったんですからっ!」
ケルナは両手の拳をぎゅっと結んで力説する。
「なんと、それはおめでとうございますケルナ、風術魔法ですか?」
横で聞いていたワサロブラーシェが尋ねる。
「はい、風の魔法です。まだ調節が難しいですけど行使は出来るようなりました」
「この短い間によくそこまで……やはり教える方が良かったのでしょうか」
デュネセイスが言うとロッタはにやりと笑った。
「はい、ローテアウゼン先生のおかげです」
「まあ、色々あったがのう……」
ロッタはそう言うと大きな溜息を吐いた。ケルナは頬を染めて俯いた。
ロッタは敵の軍勢の中で何かに気が付いたようだ。
「あの櫓の上……向こうの魔法使いどものようじゃの……」
皆が一斉に櫓を凝視する。俺も見てみるが遠すぎて人影が何とか確認出来る程度でそれが魔法使いなのか木人形なのかまでは判別出来ない、何という目の良さか、否もしかすると魔法か?
見ればこちらの魔法使いたちには見えているようだ。
ロッタは何やら考えるように顎に拳を当てている。
「……ふむ、ワサロブラーシェよ、儂とやつらに挨拶をしに行かんか?」
「…………ええっ! あ、あああああ挨拶っ……ですかっ?」
「そうじゃ」
「どっ……どうやって……?」
ロッタは黙って足下と櫓を指差した。
「……ええええええっ?」
一緒に飛んで行こうとでも言っているのだろうか?
突然に見張りが叫んだ。
「あれを見ろっ!」
木人形どもが空に向かって弓を射っている。威嚇でもしているのか?
今度は火柱が上がる、すると空中で炎は何かに弾かれた。
「なんじゃ? 誰か挨拶に行ったのか?」
ロッタがワサロブラーシェに尋ねる。
「いえ、全員ここに居りますが」
「ではあれは誰じゃ?」
敵の軍勢の真上、どうやら魔法使いが飛んでいるようだった。何度か火柱が上がるもそれらをかわしながらこちらへと飛んでくる。
その魔法使いは猛烈な速さでこちらへすっ飛んできた。ちょうど俺たちのいるすぐ上まで来ると魔法使いはふわふわと下りてきた。
「久しいぶりーワサロブラーシェ! ここはいつ来ても賑やかね!」
ワサロブラーシェはぽかんと見上げていたがその声を聞いて驚いた。
「スケベ? スケベなの?」
魔法使いは降り立つとワサロブラーシェに抱きついた。
「そうだ、スケベ・ニールゲンだ」
「どうしたの? 突然に?」
「突然て……近いうちに行くと手紙を出しただろう?」
「四ヶ月も前じゃない!」
「ほう……そんなになるか?」
「もう、ほんとに気まぐれなんだから」
「はははは、しかしあいつらは何なんだ? 挨拶しようとしたらいきなり矢を射ってきたぞ? しかもなんだあの炎術使いは……まったく」
「ツヴァイク魔導団よ」
「あいつらか……性懲りもなくまだこんなことをやってるのか……やれやれ」
「でも良かった、あなたが来てくれたなら助かる」
「いつもこんなだな……ラバトローヴェ、デュネセイス君たちも元気そうだね……ところでこちらの方は?」




